幼稚な大人

前回、長野県安曇野に行ってきたことを書いた。そこで、辟易とさせられたことが一つある。安曇野市では美術館を色々と巡ってみたのだけれも、どこの美術館へ行っても大きな声で私語を話して憚らない人たちがいたことだ。それもみんないい大人たちが、だ。

ああいう場所で、人目も気にせず自分たちのことだけしか考えれない人の多さに心底うんざりとした。

美術館という空間は、一人一人が静かに作品と向き合う場所であると思う。たとえ私語の内容が作品に関するものでも、できるだけ小さく「ひそひそ声」でなされるのがマナーであると思う。

私よりもだいぶ大人な人たちが、平気な顔で私語を撒き散らして歩いて行くのを見て、「この人たちは何を学んで来たのだろう」と思わずにはいられない。



ひと昔ふた昔前は、「キレる子ども」が話題になったことがあった。私の世代にとっては、「ゆとり世代」という括りを持って「最近の子どもは……」と揶揄された。

だが、どうだろう。

そういう子どもたちは一体誰の背中を見て育つのだろうか。そういう意識は、子どもたちを取り囲んでいる「大人の側」にはあまりない。

美術館で騒いでいた大人の一人は明らかに父親で、小学生くらいの子どもを連れていた。当然、子どもも大きな声で話しその辺りはとてもうるさかった。

私はそれを見て、今は大人の方が幼稚なんだなと思った。美術館でなくても、「静かにすべき場所でそのように振る舞えない」大人から、しかるべき場所でしかるべき態度を取れる子どもが産まれることは難しいだろう。

私はこういう幼稚な大人が一番嫌いだ。

体と態度だけは大きくて、精神的には極めて脆弱で自分の目から見える範囲しか意識できない。そして、それを恥ずかしいことだとも思わない。ことに美術館や博物館といった場所で騒ぎ散らかすことは、そこに展示されている美術品に対しても失礼だと思う。



ここで、ふと思うのは「大人」とはどんな存在なのだろうということだ。

成人の定義について考えるときに私はイマヌエル・カントの「啓蒙とはなにか」が最も明快であると思う。

簡単に言うと、成人の定義とは「自らの選択すべきことを自ら考え選択する人」そして、「自らの理性を使う勇気のある人」だ。

逆に言うと「自ら選択すべきことを、他人任せにしている人」や「自らの理性を使わないでいる人」は、未成人の状態にとどまっているといえる。

単に、20歳を越えたから成人というのではなくこれは内面が成熟しているかどうかが問題である。カントのいう成人の定義は、言葉では簡単そうでもそれを実行するのは難しい。他人任せの方が楽な選択もあるし、なるべく自分で考えない方が負担は少ない。

私は本当の意味で、成熟すること大人になることは生涯を通して行われることだと思う。単に通過儀礼をパスしたから、成れるわけではない。



美術館で騒ぐ「大人」はこうして考えると、大人ではないだろう。

こうした人たちに欠落しているものの一つは、「想像力」であると思う。自分の見える範囲、見たい範囲のものしか見えていない。だから、不適切な場所でも騒げてしまうのだ。

私はこんな「大人」にはなりたくないと思う。社会を貧しくしていくのは、想像力の欠如であると私は思う。そして、社会を殺伐とさせるのも想像力の欠如である。

想像力が足りていないのは、哀しいことに大人の側である。

何年か前に、絵本の結末が変えられることが話題になった。あるいは、保育園などの学芸会でメインの役が1人2人ではなく、10人も何人もいることが話題になったことがあった。グリム童話や昔話などの残酷な描写が削られること、学芸会で主役が何人もずらずらと出てくること。

これはみな大人の要求でなされたことだ。



自分の見える範囲、見たい範囲しか見ない大人。

それを「子ども」だと形容するのは、子どもたちに失礼なことだと思う。

自らの頭で考えるべきことを、考えない、考えられないこと。

これは誰にだって、永遠の課題だ。

まずは、自分の目からは外れた範囲にも世界が広がっていること、そこには必ず心を持った誰かがいることを、想像すること。それが大人への第一歩だろう。

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