顔のある作者

ふと、「作者は自分に関する情報を公開すべきか」ということについて考えてみた。私は好きにすればいいんじゃないかなと思うタチなのだけれどそう思わない人もいるようだ。

作者というのは、純粋に作品で語るべきてあってそれ以外の余計なこと、例えば自分がどういう人間なのかというパーソナルなものに言及すべきでないらしい。私はそういう意見もあるよなぁとは思うものの、それも含めて何を選ぶのかは個人の自由であるとは思う。



「作者は自己開示をすべきか否か」というのは、一見分かりやすい問題だと思う。プロアマ問わず、「作者としての自分」を取り扱う上で多分ベーシックな部分に横たわっている踏み絵だからだ。

けれど作者自身の自己開示云々が問題となること自体が、現代チックというか、古くて新しい問題だと思う。ここで言う「新しさ」というのは、インターネットという空間においての「作者」という存在のある種の特異さに端を発する。ネットにおける自己というのは、それがどんな内容を持つものであれ、一種の「アバター」だと思うけれど、現代ではそれがかなり違う。それは限りなく「リアルな」自己の延長であり、それ以上な「本来の」自己という側面すら持つこともある。

さて、そうした部分を踏まえると「作者の自己開示」という問題はより差し迫ったものにもなってくる。



いくら本を読まなくなったとはいえ、「なにかを作る、生み出す」という存在は特別なものだ。それが実際のモノなのか、文章や動画や音楽といった創作物なのかは大した差ではない。「作者」という「自分」を、このネット空間の中もっと詳しく言うならば、ネット空間の中に存在している他者に向けてどのように開示するのか?

それは望ましいか望ましくないか、すべきか否かという次元で語るには酷なものですらあるかもしれない。作者というアイコンすらも、恐らくは形を変えた自己開示であり、作品と作者の関係はここでは逆転している。

真面目な昔ながらの作者たちは、ネット時代の作品をろくに書かず(書けず)、延々と自分語り、自作品語りに終始する作者たちを嫌うかもしれないが、根本的に前者と後者では違うのだ。それは文章を書く行為自体がもはや特別なことでなくなり、ネット発の小説が抵抗なく受け入れられる社会環境の変化もあるだろう。彼らを違えたのは、なによりも他者に対する意識の違いだ。そして、それはリアルな他者というよりも、ネット空間にいるアバター的他者への眼差しの違いである。

従来の作品のみで語ることを良しとする人々を「顔のない作者」と言うならば、作者という自己の内面を積極的に開示する人々は、「顔のある作者」ということになるだろう。その顔というのは、極めて人工的に作り込まれたものであるだろうがそれも程度の差でしかないと思う。

リアルな場における自己像の他者への開示や提示と、根本は変わらない。ただネット空間における開示はより自己内部の欲求に忠実になれるが故の特異性や目にした側の嫌悪感も増す傾向にある。



「作者は自己開示すべきでない、作品で語るべき」というのは、もっともなことだ。

文学へのあるべき向かい方という大きな問いに対する、一つの解答かもしれないがここには変わりゆく作者と作品の根本的な関係へのまなざしはない。固着した作者と作品と、自己開示という行為への「べき論」だ。

正論は往々にして、正論でしかない。それを言う人間はカタルシスを得られるだろうが、それだけだ。そこから先になにを考えられるのか、その前になにがあってそうなっているのか、という線がない。

「作者というアイコンすらも、恐らくは形を変えた自己開示であり、作品と作者の関係はここでは逆転している」ことは、たしかに社会の中にある文芸とそれを生み出す作者の堕落した姿かもしれない。私も多分、「開示すべきでない」とする人たちから見れば、十二分に色々と自己開示してしまっているだろう。それを程度が低いと言われればそれまでだ。それも一つの意見として受け入れるしかない。

万人が納得する表現はあり得ない。自己開示もまた同じだ。私も自己の表現に寛容になってほしければ、また別の誰かの表現に優しくならなければならない。こうした相互に認めるべきは認め、理解できない余地は貶すことなく残すということは難しい。特にネット空間における作者の在り方については、その主張がより先鋭的になっていく。

ネット言論を覆うのは共感とカタルシスだ。共感は受け入れられるシマに点在して広がり、カタルシスはそうしたシマを起点としてより過激になっていく。寛容さ、というのはこうした極端に色分けされた集団と働きの中ではかえって仇となり批判される。



作者という自己の開示はいかにあるべきか?

私は好きにすればいいと思う。誰もが、誰かの在り方を規定することはできない。文学へのあるべき向かい方というのも、無数にあるのではないか。そして、そうあって欲しい。

その方が、面白い。

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