そして、ドワーフの国へ
「こ、こいつは……っ!」
喫茶店を出て、アンバーの店に向かうと、さっそくカンナが件のガイアタートルの甲羅についての相談──商談かな? ともかく、そういうことを始めた。
この件に関して、俺は口出ししない方がいいんだろうなぁ。
なんせこの状況は、カンナが〝
ある意味、俺が『ヤベェな』と危惧した運命の神への第一歩とも言える。だって、自分に都合がいい状況に事を運ぶために未来を選択してるやん?
できることならカンナにそういう真似はさせたくなかったんだが……まぁ、仕方ないよね。どれもこれも、ガイアタートルの甲羅が売れないのが悪いんだよ。
そう……俺は悪くない!
まぁ、あれっすよ。
人間、自分の利益になることなら、後々ヤベェことになるとわかっていても、ヤベェ選択ってのを選ぶものじゃないっすか。
「お、おいオメェ……こりゃ、まさか……ほ、本物か? 本物のガイアタートルの甲羅じゃねぇのか!? いったいどこで手に入れやがった!」
「いやいや~。それがですね、アンバーさんからの指名依頼を受けてクラブエッジの甲殻を採取しに行きましたらね、そこで! 偶然にも! ホントたまたま! 水の底に沈んでた光る石を拾ってみたら、これがびっくりガイアタートルの甲羅だったわけなのよ!」
えーっと……これもちゃんと、選んだ未来に至る行程の一つなんだよな? そういう態度を取るのが正解なのか?
俺からしてみれば、むちゃくちゃ胡散臭いだけなんだが……ほらぁ、アンバーもなんか疑わしそうな目で睨んでるぞ。 ホントに大丈夫なのか?
……って、カンナの様子をチラ見したら、なんか引きつった笑顔を浮かべてやがる。
こいつ、演技力ゼロだな……。
「でね!」
どうやら強引に押し切るらしい。
「素材屋のおっちゃんのとこにも鑑定してもらったら、やっぱりガイアタートルの甲羅なのは間違いないわけよ! 私としては、これを売って借金を返済したいわけだけど……アンバーさん、買う?」
「そりゃあ、オメェ……こりゃ五百万ゼナーって話じゃねえだろうよ。むしろこっちが五百万ゼナーを渡したって文句はねぇ」
五百万ゼナーの借金がチャラ、プラス五百万の支払いで、計一千万ゼナー。
金貨十枚ってことだ。
「あっはっは」
その評価に、カンナはちっとも笑ってない声で笑い声を上げた。
「アンバーさん、私が調べたとこによると、ガイアタートルの甲羅はそんな安くないです。少なくとも白金貨十枚──百億ゼナーからのスタートですよ。桁が違うじゃないですか」
その評価はすでに俺とカンナの間で最初っから出ている金額だし、おそらくアンバーにもわかっているんだろう。ぐむむっ、と唸るような顔つきになった。
「でもねー、私としてもねー、アンバーさんにはお世話になってますし、譲ってあげたい気持ちもあったんですよ」
「お、おいオメェ、それじゃ──」
「でーもー」
カンナの奴、狙ったようなタイミングでアンバーの言葉を遮りやがった。
「私がねー、気球の試作機を壊しちゃったときにねー、アンバーさんは敢えて私に厳しくしたじゃないですかぁ。だから私もぉ、尊敬するアンバーさんに倣って厳しくいこうかと思いますぅ」
「ぐっ、むむぅ……!」
「情けは人のためならずって言葉、知ってます? 人に情けを掛けると、それが巡り巡って自分に返ってくるって意味なんですけどね。昔の人はいいこと言いますねー」
く、黒い……。
なにやらお腹が真っ黒な魔女がおる……。
どんな狙いがあるのか知らないが、カンナめ、ガツガツにアンバーを煽ってるようにしか見えん。
本当にこれでいいのか、おまえ?
「なので、私はこれをしっかりお金に換金して、アンバーさんにちゃんと借金を返したいと思います。適性価格が価格ですから、大金持ちの貴族か商人か……あるいは王家に売ることになりそうなんですけど」
「お……オメェ、コノヤロウ! そんな極上のアダマンタイトを、金にしか目がいかねぇボンクラどもに売り渡そうってのか!?」
……ん? なんだかアンバーの言い分は、少しピントがずれてるような気がするぞ。
それだとまるで、せっかく貴重で高価なガイアタートルの甲羅を売りたくないみたいだ。
「ですよねー。アンバーさんは鍛冶師ですもんねぇ。一生に一度……いえ、人生を十回繰り返しても出会えるかどうかもわからないガイアタートルの甲羅、自分の手でいじってみたいと思うのが鍛冶師の業ってヤツですよねぇ」
「お、おう……わかってんじゃねぇかよ」
「でも私ぃ、鍛冶師じゃないんでー」
「テメェ、こん畜生め!」
「怒鳴ってもダメですー。これは私のものなのですぅ」
いや、半分は俺のもんだろ? 何勝手に独り占めしてんだよ。
「なので、これは売ります。売ってお金にします。それは決定事項なのです」
カンナはおちょくる態度を引っ込めて、キリッと表情を引き締めて断言した。
アンバーは顔を真っ赤にして憤っていたが、その態度に説得は無理と諦めたのか、「勝手にしろぃっ!」と怒鳴ってそっぽを向いてしまった。
おいおい、むくれちまったぞ。
ホントにこれで大丈夫なのか……?
「まぁまぁ、ちょっと待ってくださいよアンバーさん。まだ話は終わってませんよ?」
「るっせぃっ! こっちゃあオメェみてぇな性悪女と話すこたぁ何もねぇんだよ!」
「こっちはまだありますよ。私としては、アンバーさんに売り先を紹介してもらいたいなぁって思ってるんです」
「ケッ! 誰が──」
「まぁまぁ、最後まで私の話を聞いて下さいってば」
ポンポンとアンバーの肩を抱いて、カンナはこれまでの挑発的な口調から一転、落ち着かせるような優しい声に切り替えやがった。
「私としては、ちゃんと適正価格を払えることが大前提ですけど、優秀な鍛冶師であることも大事だと考えているんです」
「なぬ……!?」
「だって、考えてもみてください。ガイアタートルの甲羅は神話級の貴重品ですけど、それでも結局は素材です。優れた武器、防具、あるいは道具の材料にしてこそ価値があると思いません? 美術館や博物館で飾られていたって仕方ないんです」
「だ、だったらよぅ……」
「アンバーさんの腕は、確かに超が付くほど一流ですよ? なんせ勇者の武具を見事に仕上げてみせたんですから。でも、ガイアタートルの甲羅を買うだけのお金は……ないですよねぇ?」
「むぅ……」
「でも仮に……仮に、ですよ? ガイアタートルの甲羅を適正価格で買えるくらいお金を持っていて、博物館や美術館に飾るようなボンクラでもなく、尚かつアンバーさんが超一流の鍛冶師と知ってる人の手に渡れば……どうなると思います?」
「──ッ!」
アンバーが目を見開くが、俺も同じ気分だった。
なるほどねぇ……確かにガイアタートルの甲羅を素材として扱う金持ちだったら、その加工をアンバーに頼むかもしれない。
そうなれば、俺たちは大金を手に入れ、アンバーは貴重な素材を相手に存分に腕を振るうことができるってわけか。
でもそれは、アンバーにガイアタートルの甲羅を買えるだけの大金持ちに知り合いがいなけりゃ話にならないんだが……って、そうか。
この流れは〝世界図鑑〟で調べ上げた未来をなぞろうとしてるんだもんな。
つまりアンバーには、そんな大金持ちの知り合いがいるのか!
「し……知らん! 俺にゃあそんな知り合いなんぞに心当たりなんぞねぇっ!」
なんか全力で否定してんですけど!?
けど、カンナはアンバーの否定に慌てていない。そういう態度を取ることが、はじめからわかっていたみたいだ。
「知らないですか? 心当たりもない? うーん、そうですか……」
しょんぼり、と書き文字が見えるくらいわざとらしく肩を落とすカンナは、それじゃ仕方ないですねとばかりに俺の肩を叩いてきた。
「じゃあ、アンバーさん。私たちは私たちで、自力でドワーフの売り先を捜してみます。それまで借金の返済は待っててくださいね。あ、チャラでいいんでしたっけ? ま、それはともかく……それでは~」
「ちょっ、ちょっと待てぇい!」
カンナが素っ気ない態度で踵を返せば、アンバーはすがりつくような声を出して呼び止めた。
なんつーか、嫁に三行半を叩き付けられた旦那……いや、娘に愛想を尽かされた親父みたいだ。少なくとも、男としてああいう風にはなりたくないなぁと思わせる態度だった。
「あら、アンバーさん。まだ何か用事が?」
「お、オメェ……ホントに岩窟族の国に行くってぇのか?」
岩窟族って言うのが、ドワーフの正しい呼び方だ。蔑称ってわけじゃないが、ドワーフ本人は自分たちのことを〝岩窟族〟って言うような気がする。
そんな岩窟族も、人族のように国を持ってる。
国って言っても、人族ほど広い領土なわけじゃない。西のヘット山地を切り崩して作られた小さな国だ。国内の町も、城下町と近隣国との国境付近に二つか三つあるだけじゃなかったかな?
なんで俺がそんな詳しいのかというと、そのヘット山地を含むストリクネス山脈の向こう側に、魔族領が広がっているからなんだよ。
言うなれば、ドワーフの国は魔族の国の国境線……いや、人族や亜人種の防衛戦の一部を担ってることになるのかな。
「そりゃ、鍛冶師と言えばドワーフじゃないですか。ガイアタートルの甲羅がどんな武器あるいは防具、または道具になるとしても、それはやっぱりドワーフの鍛冶師の手によるものですよね。岩窟族の大貴族といえば……確か、二大派閥がありましたっけ? アウ家とアグ家だったような……ま、どちらが買い取ってくれるかは、実際に出向いてから決めますけど」
「アグ家はやめろ! あいつらはロクなもんじゃねぇっ!」
「えー? とは言っても、私にはどちらにもツテはありませんし」
「ぬぐぅ……っでぇい、くそっ! ちょっとそこで待ってろ!」
忌々しそうに言葉を吐き捨てると、アンバーは苛立たしそうに紙にペンを走らせ、乱雑に折りたたんでカンナに押しつけた。
「そいつを持ってアウ家に行け! あいつの方がまだマシだ!」
「……はぁい、了解です。お土産、期待して待っててくださいね」
アンバーから手紙を受け取ったカンナは、俺に「さ、行きましょ」と言って、俺の腕を引っ張った。
何がなにやら、さっぱりですわ。
■ □ ■
「実はですね、アンバーさんはドワーフ二大貴族の一つ、アウ家と所縁があるんですよ」
アンバーのところを後にして、いまいち状況が理解しきれていなかった俺がカンナに詳しく聞くと、そんな返答があった。
「他所の家庭のことなんであまり詳しく調べませんでしたが、〝世界図鑑〟で私たちが手に入れたガイアタートルの甲羅の行く末を見ると、アウ家に買い取ってもらうのが一番いいみたいなんですよ」
「一番いい──ってのは、俺らにとって、だよな?」
「そりゃそうですよ。まだまだ歴史の〝揺らぎ〟があるのでなんとも言えませんが、白金貨二十枚になるっぽいです」
「二十枚!?」
なんてこったい、倍になっちまったぜ!
つまり二百億ゼナーですよ!
「おおお……マジか。なんか実感わかないんだけど」
「そりゃ、まだお金そのものを手に入れてないですからね。でも! その未来に向かって、私たちは着実に前進してますよ!」
「おお……!」
いやあ、まいったなぁ。
人族の領地に降りたって、まだ一週間も経ってないのに一気に大金持ちじゃん。瞬く間に社会に馴染んじゃったよ、俺。
前にカンナが言ってたが、人族の社会は金が武力みたいなもんって話だったよな。
百億ゼナーもあれば、俺も人族の社会でかなりの強者ってことになるんじゃないの?
いやあ、魔族の社会でも強かった俺が、人族の社会に来ても瞬く間に強者への道を駆け上っちゃったわけか。
ふっ……自分の実力がたまに怖くなっちゃうなぁうぇっへっへっへ。
「そういうことなら、早くドワーフの国に行こうぜ!」
「もちろんですよ!」
こうして浮かれまくった俺たちは、取るものも取りあえず、欲望丸出しでドワーフの国に向かって出発した。
ただ、このとき少しは考慮しておいた方がよかったのかもしれない。
売り払ったガイアタートルの甲羅が、ドワーフの手によってどんな代物の素材として使われるのかということを──。
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