売れない素材

 深緑の迷宮では、短い時間にいろんなことがあった。今までの人生を振り返って見ても、か~な~り濃ゆい時間を過ごしたように思う。

 何しろ、迷宮の入口では王国騎士団が持ち物を残して失踪してるし(それは〝災禍〟に植物に変えられての全滅だった)。

 迷宮の中に入ってすぐ〝災禍〟に襲われるし(あの蔦で作られた蜘蛛みたいなヤツ)。

 それをアルさんは「なんだこの雑魚?」みたいな軽い調子でぶっ飛ばすし(結局、最後まで〝災禍〟だと気づいてない)。

 挙げ句には、そんな〝災禍〟に迷宮内の怪獣たちはことごとく食べられちゃってたみたいだし。

 当初の目的通りには、何一つとしてちっとも進まなかった。


 でもね?

 世の中って、ホント上手く出来てると思うのよ。


 だって私たち、世界で三件しか発見例のないガイアタートルの甲羅を見つけることができたんですから。

 どうして、陸亀型怪獣のランドタートルから変異したガイアタートルの甲羅が、これまで誰にも発見されずに沼の底に沈んでいたのか──その理由は実に単純で、これまでは沼が藻や水草に覆われて、底までよく見えていなかったからなのよね。


 ガイアタートルも、〝災禍〟に喰われて倒されたわけじゃなく、すべって転んで沼に落っこち、息絶えたみたい。

 まぁ、亀って肺呼吸だからね。顔を水面に出せなかったら溺れて死ぬわ。

 おかげで、今の今まで誰にも発見されずに残っていたというわけ。怪獣がうろつく迷宮の中、視界も悪い沼に好き好んで飛び込む奴なんているわけないわ。

 私とアルさんは、こうして望外のお宝を手に入れて、意気揚々とケテルの町に戻ってきたってわけなのです。



■ □ ■



「迂闊だったわ……」


 ケテルの町のとある飲食店。ここは夜の酒盛りで賑わう街の飲み屋と違い、ちょっとした軽食とお茶が楽しめる喫茶店なのです。

 まだ昼過ぎなので外は明るく、午後のティータイムには少し早い時間ということもあって、店内には私とアルさんしかいなかった。


「冷静に考えれば、そうなんだよな……」


 私の対面に座るアルさんも、暗い表情で俯いている。

 深緑の迷宮でガイアタートルの甲羅を発見してから、時間は一日しか経ってない。

 なんでそんなに早くケテルの町に戻ってこられたのかというと、アルさんの転移を使って、一気にバビューン! と戻ってきたわけなのよ。


 前は嫌がってたのに、今回はどうしてそんな真似を? と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。

 いやぁ、まぁ、ガイアタートルの甲羅を手に入れて、私のテンションもちょっとおかしくなってたんでしょうね。

 もちろん表面上は「冷静に、冷静に」って取り繕っていたわよ。だから途中で、本来の依頼であるクラブエッジの甲殻も手に入れるのも忘れなかった。


 けどねー、やっぱりねー、無理ですって。

 だってあなた、一気に億万長者ですよ?

 これだから冒険者はやめられねぇっ! って、競馬で運良く万馬券を引き当てたギャンブル中毒者みたいな高揚感に、脳内麻薬もドバドバ出ちゃいますって。


 アルさんも、すでに場所がわかってるケテルの町に飛ぶだけだから、前みたいに私の記憶をどうこうってことは必要ないって言うし、「じゃ、いっかーっ!」ってオーケーしちゃうに決まってるじゃない。

 何より、白金貨数十枚に相当するお宝を持って、ちんたら歩き回りたくなかったっていうのもあるしね。


 そうして町に戻ってきた私たちは、まず真っ先に素材屋へ駆け込んだ。

 もちろん、ガイアタートルの甲羅を売るために。

 なんで冒険者ギルドに持ち込まなかったのかって?

 入手した場所に問題があったからですよ。


 そもそも、私たちが受けた依頼はクラブエッジの甲殻を一個手に入れること。町から往復するのに一日で済むような場所でも入手できる素材だ。

 それをわざわざ、片道二日もかかる深緑の迷宮に出向いた理由の説明が、ちょっと難しい。馬鹿正直に「借金返済のためにランク以上の敵をついでに狩ろうかと思って……」とでも言えば、怒られるに決まってる。


 そもそも、深緑の迷宮は〝災禍〟出現の影響で黄玉級以上の冒険者以外は立ち入り禁止になっていた。私たちがアンバーさんの指名依頼を受けて出発する前、リコリスが言ってた特殊任務がそれだったわけよ。

 その際、リコリスが言ってた「一部地域の依頼に差し止め命令が出て──」と言ってた場所が、深緑の迷宮だったわけ。


 まぁ、「深緑の迷宮に行っちゃダメ」と言わなかったのは彼女のミスだけど、クラブエッジの甲殻取りで片道二日もかかる場所に行くとは思わないだろうし、そのことを加味してもやっぱりこっちの分が悪い。


 アイテムバッグに入れていたら、履歴で結局バレる──って?

 そんなことしませんよ。

 あんな希少なお宝、ギルドから支給されたアイテムバッグに入れるもんですか。

 ただでさえ伝説級、神話級の一品なのよ? 手に入れたことがギルドにバレようものなら、入手した経緯や場所を根掘り葉掘り聞かれた上に、寄付金までせびられちゃう。

 寄付金は、まぁ、金貨一枚──百万ゼナーくらいならあげちゃってもいいけど、入手場所を聞かれるのはマズい。

 幸いにもガイアタートルの甲羅は片手に乗るサイズだったので、自分用の小物入れにしまって隠し通したわ。


 でもねぇ……今にして思えば、やっぱりギルドに売った方がよかったかなって思うのよ。

 だって──。


「まさか素材屋でも買い取ってもらえないとはなぁ……」


 ──というわけよ。

 ガイアタートルの甲羅は、これまで三件しか発見されていない。私達で四件目だ。

 その価値は、私が〝世界図鑑アカシックレコード〟で調べた限りでも、最低白金貨十枚からのスタートになる。

 白金貨十枚というと、百億ゼナーよ。


 わかる? 百億。


 冷静に考えてみれば、町の素材屋如きが用意できる金額じゃないわ……。

 持ち込んだ素材屋さんはアンバーさんとも付き合いのあるお店で、私も懇意にしているお店。店主さんも信用のおける人だから、買い取り価格も誤魔化したりしない。

 けど、だからこそ言われたわ。「ごめんね、カンナちゃん。うちの店じゃ分割払いにしても一生掛かったって支払えないよ……」と。


 ですよねー。

 言われて、ようやく私もハッとしたわ。冷静になれた。

 こんな国宝級──いや、人類の共通財産とも言える代物、個人の店で買い取れるわけがない。商業ギルドでも、たぶん無理だ。

 となると、後はもう、人族か亜人族の国家に売り込むしかない──けど、そんなとこにツテなんてないわよ。


 ……いや、あるか。

 あるけど、それは勇者経由だからなぁ……。

 勇者経由となると、元魔王のアルさんとパーティを組んでる状況がマズい。

 もう、どうしようもない。


「どんなに貴重な代物でも、金にならなきゃゴミと一緒だよなー……」


 まったくもってアルさんの言う通りだ。

 百億ゼナーに匹敵するお宝を持っていても、現金で百億ゼナーを持っていなければ意味がない。

 こういうとこが、貨幣経済の欠点だと思うのよね!

 ……あ、はい。単なる八つ当たりなので気にしないでください。


「どうしたもんかしらねぇ~……」

「こういうときこそ、〝世界図鑑〟先生の出番じゃねぇの?」

「あのですね……〝世界図鑑〟は知識を与えてくれるだけで、希少素材の売買経路なんて教えて──」


 あ、いや、待てよ……?

 私の〝世界図鑑〟は、過去から現在、そして未来に至るまであらゆる事象の情報を与えてくれるもの。まぁ、未来の出来事に関しては〝揺らぎ〟の影響で一気に情報量が増えすぎて理解するのに時間が掛かるけど……でも、今回の場合に限ってはどうかしら?


 今、私たちの手元にあるガイアタートルの甲羅。その行く末がどうなるのか調べてみれば、売り先の選択肢が出てくるかもしれない。


 ええっと、どれどれ……ふむ、やっぱり未来の出来事には無数の選択肢があるわね。

 本来はかなり詳細に書かれてあるけれど、今は割愛。概要だけをまとめると、私たちが見つけたガイアタートルの甲羅は次のような選択肢を経て、後の世にも伝わってるみたい。

 もちろん伝わってない未来もあるようだけど、そっちは無視。

 せっかくの貴重な品、できれば後世にも残したいじゃない?


『捨てる』


 アホか。

 ちなみにこれ、私たちが捨てた後にどこぞのお貴族様に拾われて云々ってことらしい。


『王家へ献上』


 お金にしてください。

 いわゆる勇者経由での未来ね。名誉を賜ったけど、そんなもんじゃお腹は膨れないのよ。


『ギルドへ売却』


 だから、それはなしだってば。

 しかもこのルートだと、深緑の迷宮に行ったことがバレて、アルさんが倒しちゃった〝災禍〟絡みの厄介事が増えるっぽい。


『二束三文で投げ売り』


 それは最後の手段よねぇ……。

 ちなみに売り先は、最初に持ち込んだ素材屋から商業ギルド、さらにアングラな闇ルートまで多岐に渡ってて、情報を追いきれなかったわ。


『アンバーに相談』


 ……おや?

 なんだか身近な人の名前が出てきてるわね。

 これはいったい……ふむふむ。ほうほう……ほほー。なんとまぁ、アンバーさんにそんな繋がりがあったとは!


「アルさん、一つ上手くいきそうなガイアタートルの甲羅の行く末を見つけましたよ!」

「えっ? おまえもしかして、〝世界図鑑〟で未来の情報を追っかけたのか?」

「そうですけど……何をそんな渋い顔をしてるんですか?」


〝世界図感〟先生にお伺いを立てろって言ったのは、アルさんじゃないですか。


「何か気になることでも?」

「……まぁ、いいや。で? なんだって?」

「ああ、はい。なんでも、アンバーさんに相談するのがいいらしいです」

「アンバーに? それで上手くいくのか?」

「他の選択肢よりはマシな結果になりそうです。まぁ、相談した後の行動も上手く立ち回れば──ですけど」

「ふむ……他に選択肢がないなら、そうするしかないよな?」

「ですね」

「んじゃ、相談しに行こうぜ」


 というわけで、私たちはアンバーさんの所へ向かうのでした。

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