深緑の迷宮 7

 しゃーない。しばらくほっとくか──と、思っていたのだが、沼の側で膝を抱えて丸くなっていたカンナは急に立ち上がり、なんか凄い勢いでこっちに走ってきた。


「あ、あ、あ、アルさーん! アルさぁん! アルすぅあぁぁぁぁん!」


 凄いのは勢いだけじゃなかった。

 なんか目も爛々と輝かせて、顔からいろんな液がダダ漏れである。

 さすがの俺でもマジ引くわ。


「おいカンナ、言っちゃなんだか乙女が異性に見せていい顔してなかったぞ、今」

「んなこたぁどうでもいいんです! それよりちょっと、ちょっと来てください!」


 そう言うと、カンナは俺の腕を掴んで沼までグイグイ引っ張っていった。

 なんだなんだ、どうしたどうした。


「見て下さい! 沼の中、底の部分!」

「ん~?」


 言われるままに沼に顔を近づけると、思ったよりも水質は綺麗だった。

 なんとなく、沼って言うと周囲も水面も水中にも草がボウボウで濁ってるってイメージなんだが、ここはそうでもない──って、そうか。俺が〝世界創造デミウルゴス〟で半径一キロ圏内の植物すべて枯らしちゃったから、範囲内だったこの沼周辺の水草も全滅しちまったわけか。

 そのせいなのか、沼の中は底までよく見えるようになっていた。


「ん……? 底でなんか光ってる……?」


 そんな沼底に、泥をかぶってなお光る石みたいなものがあった。大きさとしては……手の平サイズ、かな?

 もしかして、宝石の類いか?


「ガイアタートルの甲羅ですよ! ちゃんと〝世界図鑑アカシックレコード〟で確認しましたから、間違いありません!」

「ガイアタートル?」

「いいから、とにかく引き上げてください!」


 もの凄い剣幕である。

 鬼気迫るとは、まさにこのこと。


「引き上げろ──って、どうやって?」

「〝世界創造〟があるでしょ! 範囲指定して浮かせりゃいいじゃないですか!」

「えー、さっき〝世界創造〟に頼り切るのはどうとか言って──」

「いいから早くしろーっ!」

「わっ、わかったわかった!」


 首を絞める勢いで掴み掛かってきたカンナを引っ剥がし、仕方が無いので〝世界創造〟の領域を広げる。

 沼の水深は……二、三メートルくらいか? 念のため、領域範囲は五メートルにしておこう。


「『来い』」


 命じれば、沼底の光る石──ガイアタートルの甲羅が、ふわりと浮かんで水面にまで顔を出した。

 なるほど、確かに甲羅だな。よく見れば、亀甲模様になっている。直接光が当たると虹色に輝き、手で触ってみれば硬質な上にほのかな温もりが伝わってきた。

 まるで、まだ生きてるみたいだ。

 けど、甲羅の中身は空っぽだった──ってことは、これはガイアタートルとやらの死骸ってことだ。


「ふおぉぉぉぉぉぉっ! こんなん初めて見たあぁぁぁぁっ!」


 そんな死骸を手に、カンナが奇声を上げた。

 大興奮である。

 死骸を手に興奮する女子ってどうなの?


「何、そんな凄いの?」

「凄いなんてもんじゃないですよ! これはランドタートルって言う陸亀型怪獣の最弱種が、万年単位の成長を経て変異するガイアタートルの甲羅なんです!」

「万年単位ぃ?」


 嘘だろ? それって、迷宮が〝災禍〟を産み出すよりも長いスパンじゃないか。

 そんなもん、本当に存在するとは到底思えないんだけど……しかしカンナの目は本気だった。


「これまでの発見例は三件! そのうちの一件は、生存するガイアタートルとして発見されたんです。〝世界図鑑〟できっちり調べました。特筆すべきはその堅さで、倒すにはヒヒイロカネの剣を五本はダメにしたようですよ!」

「マジかよ、すげぇじゃん」


 俺自身、ヒヒイロカネの蛇腹籠手を持ってるからわかるが、その堅さはかなりのものだ。おまけに魔法みたいな非物理耐性も高いようで、あの蔦蜘蛛の侵食能力も弾くほどだ。

 そんな金属の剣を五本もダメにするなんて、ちょっと意味がわからない。


「そういう逸話もあって、ガイアタートルの甲羅は神話級の一品なんです! しかも、こんな手の平サイズなんて……これ一個で白金貨数十枚の価値はありますよ!」

「マジかよ!? すげぇじゃん!」


 ガイアタートルの堅さに対する驚きとまったく同じセリフだが、そこに込めた感情はさっきの比ではない。

 だってあなた、白金貨数十枚ですよ?

 金額にしたら……ええと……百億ゼナー以上!? カンナの借金なんてゴミみたいなもんですよ。

なるほどなぁ……カンナが顔中からいろんな液を撒き散らして迫ってきた理由も、よくわかったよ。

 だって俺ら、一気に億万長者になっちまったんだもん!


「アルさん……!」

「カンナ……!」


 俺とカンナはヒシッと抱き合って、この世紀の発見の喜びを分かち合った。

 これでもう、迷宮なんぞに用はない。あとはさっさと引き上げて、ついでにどっかでクラブエッジを一匹仕留めて帰るだけだ。

 そうすりゃ俺たちは億万長者。美味しいものを食べたいときに食べたい分だけ食べられる、夢のような生活のスタートである!


 ──が。


 しかし、俺たちの考えは甘かった。

 真の億万長者への道が遙かに遠い頂にあるということを、正しく理解していなかったのである……。

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