深緑の迷宮 6

 深緑の迷宮に足を踏み入れて早々、俺が〝蔦蜘蛛〟と勝手に命名した雑魚に絡まれてしまったが、本来の目的を忘れてはならない。

 俺たちの目的は、何度も言うけどクラブエッジとグランドタートルなのだ! そいつらを狩るまでは、町に帰るなど夢のまた夢なのである。


 何故って、そりゃあまだ何も収穫がないからに決まってるじゃないか。

 蔦蜘蛛は素材も何も残さず塵になっちゃうし、落ちてる王国騎士団の遺品を回収しても、王家の紋章入りの物品なんて売り物になりゃしねえ。

 このままじゃ赤字になっちゃうんだよ!


「とりあえず水辺に向かえばいいんだよな? どっちかわかる?」

「ええ、まぁ。入口から右手方向に進むと割とすぐに沼があって、そこにクラブエッジが生息してるはずなんですけどー……」


 おやおや、どうしたカンナさん。目が虚ろですよ。


「こうも綺麗に周囲が更地になっちゃったら、右も左もありゃしませんね」


 あー、そうね。蔦蜘蛛が周囲の植物を操るようなうざったい真似をしたから、〝世界創造デミウルゴス〟で範囲一キロ圏内はすべて枯らしちゃったもんね。かなり見渡しが良くなってる。


「ってことは……」


 周囲をキョロキョロ見渡してみると……お、発見。

 俺がやったことは半径一キロ圏内の植物を枯らしただけなので、それ以外はなんの変化もないはずだ。地形はそのままだし、沼も以前のまま。水質だって変化なしのはずだ。

 なのに──。


「クラブエッジらしい怪獣、いる?」


 沼の方を見てみても、それらしい影は見当たらない。


「というか、生物そのものがいない……?」


 なんか妙だと思ってたんだ。

 周囲の植物を枯らして見通しが良くなったっていうのに、迷宮に生息しているはずの怪獣やら野生動物やら、そういう類いのものが何一つ見当たらないんだもの。

 こういう景色の場所を、俺は知っている。


 魔大陸って言うんだよ。


 あそこも草木が一本も生えておらず、荒涼としていて、生き物の影さえ見えないんだ。

 人族の町や草原、森の中などを見た後に魔大陸と同じような景色を見ると、なんというか〝死の大地〟って感じがするなぁ。

 俺の故郷、どんだけ過酷だったんだよ……。


「……はは~ん、なるほど……」


 どうしたもんかと俺が悩んでいれば、カンナには何かわかったらしい。〝世界図鑑アカシックレコード〟で調べたのかな?


「なんかわかった?」

「ええ。世間で〝災禍〟と呼ばれてるものの正体について」

「あ、そっち?」


 俺はてっきり、怪獣が一匹もいない理由を調べてたんだと思ってた。


「もちろん、怪物が一匹もいない理由にも繋がりますよ」


 そう前置きして、カンナが語った〝災禍〟の正体。

 それは──。


「迷宮の子供?」


 ──なんとも荒唐無稽な話だった。


「ええっとですね、〝世界図鑑〟によりますと、迷宮──すなわちパンデモニウムは、数百年から千年に一度くらいの割合で、どうやら子供を産むらしいんです。単為生殖って言って、単独で子供を産む生物らしいんですよ」

「ふむふむ」

「そうして誕生したパンデモニウムの子供──〝災禍〟は、親元を離れて別の場所で迷宮になります。その迷宮になる過程が、大損害と呼ばれるものです。言うなれば、迷宮になる過程での地均しですね」

「ほうほう」

「……あの、ちゃんと理解できてます?」

「ん? ああ、うん。もちろん!」


 いやホントに。

 ちゃんと理解してますよ?

 だからそんな、疑わしそうな目で俺を見るのはやめなさい。


「じゃあ、もう結論だけ言いますけど……迷宮に生息している怪獣は、すべて〝災禍〟のエサなんです」

「エサ?」

「そうです。パンデモニウムが我が子のため、数百年にわたって集め続けた食料……それがこの地にいる怪獣なんです。私たち冒険者は、そんな〝災禍〟のエサを横からもらってたってわけです」

「……ちょっと待てよ。じゃあ、この深緑の迷宮に〝災禍〟が出現した──っていうことは?」

「そうです。めぼしい怪物は、ことごとく〝災禍〟に喰われちゃってるでしょうね」


 なんとまぁ……迷宮ってのは、そういう仕組みになってたのか!

 それで今現在、周囲に怪獣も何もかもいないってことなのね……。

 つまり、全部喰われちゃったんだな。


「じゃあ、ここにはもうクラブエッジもグランドタートルもいない?」

「もしかすると〝災禍〟からの難を逃れた個体がいるかもですが……それを捜すくらいなら、他所を当たった方が早いと思いますよ。特にクラブエッジなんて、町から一日で往復できちゃうような川辺にもいるわけですし」


 マジかよ……。

 いや、クラブエッジの生息地域のことではなくてね、もうここにめぼしい怪獣が一匹もいないってことが、俺にはショックだよ……。


「かんっぜんに無駄足じゃん、俺ら……」

「……ですね」


 どんだけツイてないんだよ。

 こんなやりきれなさを感じるのは、生まれて初めてかもしんない……。


「ぬうぅぅ……こうなったら、俺の〝世界創造〟でミスリルでも大量生産するか……!」

「だからアルさん、それはダメですってば」


 思いつきではあるのだが、ナイスなアイデアだと思うんだけどな。

 なのにカンナからは、ダメ出しを食らってしまった。

 そういえば、前に『むやみに使わない』って約束したっけ。他人に知られたら厄介なことになるから──とかなんとかって理由で。


「でもさ、今は他に誰も見てないし、緊急事態でもあるだろ? いいじゃん、少しくらい」

「ダメですってば。そんなポンポン創造しちゃったら、ミスリルの価値が下がっちゃいます。そうなれば経済も破綻しかねませんよ」

「つっても、おまえの借金の五百万ゼナー分だろ? 個人で見れば大金かもしれんけど、経済全体で見たら微々たるもんだって」

「それは……んー……ダメ。やっぱりダメです!」


 俺は知っている。カンナはそんな、品行方正な聖人みたいな人間ではないことを。


「おいおい、カンナさんよぉ。何をそんなイイ子ぶってんだヨォ。楽して大金ガッポガッポは万人のとっての夢だろぉ?」

「やめろー。悪魔の誘惑やめろー」

「……で、本音は?」

「一度インチキに手を染めちゃうと、そのままズルズル頼り切りになっちゃいそうで怖いんです!」

「インチキて……。俺の生まれ持った能力なんだけど?」

「私にしてみたら、金の卵を産む錬金術ですよ! 真面目に働かなくてもいいとなったら、私は確実に部屋に引きこもって、食っちゃ寝の堕落した人間になりますよ……」

「いいんじゃねぇの?」

「よかないですよ! そういう生活を送るんだったら、私は勇者の側から離れてません。頼ったり頼られたりしてもいいから、それでも自他ともに認める自立した立派な大人の女に、私はなりたいんです!」


 ふーむ、なるほどねぇ……。

 カンナの言いたいことは、わからなくもないな。

 ぶっちゃけ、俺だって〝世界創造〟を使えば冒険者なんぞやる必要もないし、美女を侍らせて白金貨風呂に浸かってウハウハ~……とかできなくはない。


 けど、それやっても、なんか張り合いがないんだよね。

 すでに二百年以上は生きてきて学んだ俺の人生訓としては、『人生には張り合いが必要だ!』ってことさ。

 惰性で生きていくのは辛いよ? マジで。以前の俺がそうだったもん。

 けど、今は違うね!

 今は『味わったことのない美味いもんを喰う』って人生目標があるし!

 なので、ここ最近は充実した日々を送ってますよ。

 ……でもね?

 理想と現実には、大きな隔たりがあるものなのだよ。


「じゃあ、今回はどうする? 赤字で終わることになっちまうが……それでもいいと?」

「それは……その、ええっと……えーっと……えー……んー……」


 ダメだこりゃ。

 カンナの奴、これと言った別案はないらしい。眉間に深く皺を刻んだまま、すっかり考え込んでしまった。

 このままだと、考えすぎて頭から煙りでも出てきそうだな。


「うー……ちょっと頭冷やしてきます……」


 そう言って、カンナは沼の方に歩いて行ってしまった。

 姐さん、背中が煤けていますぜ……。

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