深緑の迷宮 5
そういえば、俺たちも迷宮に入る前に、入口の中──迷宮の中から、丸太くらいの太さがある触手に襲いかかられたっけ。
もしかして、そいつの仕業……なのか?
「カンナ、人間を植物に変えちまうような怪獣っているのか?」
「そんなの、決まって──」
「あ、いい」
カンナに調べてもらおうと思ったけど、そうするまでもなかった。
前方の生け垣を突き破って、突如それは現れた。
大きさとしては熊くらいだろか。饅頭みたいな丸い体に細くて長い足が四本付いている。
強いて近い格好をした生物を上げるとすれば、蜘蛛だろうか。でも足が四本だし、明確にも蜘蛛とも言えない。
何より、その全身──つま先に至るまで蔦に包まれている。動物なのか植物なのか、よくわからん相手だ。
名前はわからんから、ひとまず蔦蜘蛛と名付けよう。
その蔦蜘蛛が生け垣を突き破って現れ、迫りながら全身を覆う蔦の一部を触手のように伸ばしてきた。
「アルさん、そいつ──ッ!」
「わかってる!」
せっかくの機会だ、アンバーが譲ってくれた蛇腹籠手を使ってみよう。
蔦蜘蛛が飛ばしてきた触手を、左腕に装着している蛇腹籠手で受けてみた。
ガギンッ! と、およそ相手が植物とは思えない金属質の音が響く。
だが、こちらは無傷。相手の触手は籠手の表面を滑って軌道が逸れた。
もちろん、体表面に常時展開している〝
なんでそんなことをするかって?
決まってるじゃないか。
「こいつ、あれだろ? 迷宮最初の雑魚敵ってヤツ。軽く始末するから、カンナはそこを動くなよ」
「はぁ!?」
なんだかカンナが変な声を上げた。
もしかして……こいつが〝災禍〟だったり?
いやいや、そんな馬鹿な。
確かに怪獣ではなくてバケモノの類いっぽいが、〝災禍〟って勇者が出張るほどの強敵なんだろ? そういうのって、普通は迷宮の奥深くにいるもんだよね?
まさか、入って早々に出くわすわけがない。
ってことは、こいつは……やっぱり雑魚でいいんだよな?
うん、雑魚に違いない。
きっと迷宮にしか出てこないような、初心者向けの雑魚敵なんだ!
……あれ? だとすると、王家直轄の騎士団はこの雑魚敵にやられたってことになるぞ。
うーん……あ、そうか!
やられたのは騎士団の本隊ではなく、斥候みたいな戦闘能力の低い連中の集まりだったんだ。それなら雑魚に後れを取るのも納得だ。
だよなー。本隊は勇者と一緒にやってくるだろうし。
それならカンナが変な声を上げたのは……そうか! 俺が迷宮入口の敵がどういうものか知ってることを、意外に思ったんだろう。
おいおい、確かに俺は迷宮とかダンジョンとか呼ばれる場所は知らなかったけど、話を聞いてからここに来るまでの二日間、まったく調べなかったわけじゃないんだぜ?
「迷宮の入口付近に現れる怪獣は、蛍石級のひとつ下のランクの方解石級冒険者でも倒せるって聞いたぞ」
「普通はそうなんですけど!」
っと、カンナとお喋りしてる場合じゃなかった。
蛇腹籠手に触手を弾かれた蔦蜘蛛は、そこで行動に躊躇いを生じさせるほどヤワじゃなかった。
勢いもそのままに──むしろ加速させて、突っ込んでこようとしてやがる。
体格差を見て、体当たりが有効とでも思ったか?
はっ、面白い!
「ッセイ!」
迫る蔦蜘蛛に、俺は右手の拳を合わせて放った。
ボヒュッ! と、なんだか拳を叩き付けた音とは違うような音を響かせて、なんと蔦蜘蛛の胴体に風穴を開けてしまった。
ひえ~っ、なんだこれ!? もしかして、これが蛇腹籠手の右手の力ってヤツ? 〝世界創造〟を使ってるならともかく、能力なしで風穴開けるってどういうことよ!?
相手が植物の体だからってパンチ一発でこの威力とは、物騒なことこの上ないな!
「ザッ! ザザッ、ザザザザザッ!」
ところがこの蔦蜘蛛、土手っ腹の風穴を開けられたにも関わらず、体全体を震わせて葉擦れのような音──もしかして鳴き声? を、がなり立てながら俺の腕を締め上げてきやがった。
……ってか、こいつ──ッ!
「おい……そういうのは『なし』だろ」
少しばかりイラッときて、俺は左手で蔦蜘蛛を力任せに吹き飛ばした。
「アルさん、そいつは動物を植物に変える侵食能力を持ってますよ!」
「そうっぽいな」
蔦蜘蛛を引き剥がした右腕をチラッと見れば、蛇腹籠手に覆われていない手首から肘にかけて緑色に変色してやがった。
どうやらこいつ、相手に取り憑くことで植物に変えちまう能力っぽいな。それでなりふり構わずの特攻だったってわけか。
「ったく、やり合うならてめえの身一つで掛かってこいってんだ」
「アルさん、その腕……!?」
「ああ。だから、こういうのは『なし』にしよう」
何やらカンナが青い顔をしているが、別にこのくらいどうってことない。ブンッ! と腕を振れば、はい元通りっと。
「こういう搦め手を使うのなら、こっちも〝世界創造〟を使わせてもらうけどさ」
俺の〝世界創造〟は一定区域の完全支配。あらゆる事象の有効・無効を指定し、如何なる物質でも実在・消失を指定できる。
蔦蜘蛛の〝触れた対象を植物にする〟っていう浸食能力と似ているが、はっきり言って俺の〝世界創造〟の方が強制力は遙かに上だ。
そういうわけで、蔦蜘蛛の浸食能力は俺が『なし』って言えば、俺の領域内にいる限り使えない。
侵されていた腕も、ご覧のように元通り。
「こっちもおまえの存在そのものを否定して強制的に消したりしねぇから、ほれ、死ぬ気で掛かってこい」
「ザザッ! ザッ! ザザザザザザッ!」
再び聞こえる葉擦れの音。
お、必死になって掛かってくるか? と思ったのだが──。
「チッ」
──蔦蜘蛛の野郎、自身は俺から離れ、周囲の生け垣やら芝生やらが急成長して俺とカンナを飲み込もうとしてきた。
あいつ、そこいらの植物を操ることもできるのか!
「きゃあっ!」
なんだかカンナの悲鳴が聞こえた。どうやら急速に成長していく植物に飲み込まれそうになってるらしい。
「やれやれ……だから搦め手はやめろっての」
領域拡大。半径……一キロでいいか。
「──『枯れろ』」
俺が指定した直後、ザアアァァァァッ、と砂で作った城が崩れるように、俺を中心として半径一キロ圏内の植物が、植物だけが塵になって崩れて消えた。
「いい加減、妙な小細工はやめて正面から掛かってこい……って」
蔦蜘蛛の野郎、周囲の植物が軒並み枯れて塵になった途端、躊躇なく撤退しようとしやがった。もの凄いスピードで、深緑の迷宮の奥へ逃げ込もうとしてやがる。
決断が早いって言えば聞こえはいいけどさぁ……このまま逃げられたら、こっちは消化不良になるんだけどな!
「はぁ~……もういいや。『戻れ』」
迷宮に入って初戦の相手に逃げられるってのも格好が付かないので、仕方なく〝世界創造〟を使って蔦蜘蛛を引き戻した。
こいつに知性があるのかわからんけど、逃げようと考えているのに体は俺の方に向かおうとする状況は、割と混乱すると思うぜ。
「よっこい……しょっ、と!」
逃走する勢いそのままに反転し、俺に向かってきた蔦蜘蛛に蛇腹籠手の右手をカウンターで叩き込んだ。
……お? なんか今、パキッて鳴ったぞ。
どうやら蔦蜘蛛の核か何かを叩き割ったらしい。真っ二つに引き裂かれた蔦蜘蛛は、地面に落下する前に灰になって消え去った。
「……てか、跡形もなく消えるのかよ! 売り物になりそうな素材とか、食べられる香草とか野菜すら残してくれねぇの?」
マジっすか……殴り損じゃないか。
金になるわけでもない。食えるわけでもない。唯一の取り柄は緑を増やすこと──か?
相手しただけ損した気分……いや、待てよ?
こっちは最初、〝世界創造〟を使うつもりはなかったのに、結果としては使わされちまったんだよな。
うーむ……そう考えると、思わぬ難敵だったのかもしれない。
さすがは、迷宮って呼ばれる場所に生息するだけのことはある……の、か?
「迷宮の敵ってのは最初から厄介だな。ホントにあれ、方解石級の冒険者に倒せるの?」
俺は〝世界創造〟があったから、蔦蜘蛛の侵食能力を無効化できたけど、他の奴はどうやって対処してるんだろ? もしかして、触られる前に倒しちまうとか?
うへー……だとしたら、人族の冒険者も侮れないわ。
「いや、あの……ええっと……」
「あ、それとも〝災禍〟が生み出した眷属的なバケモノだったり?」
ふむ……そう考えたら、〝世界創造〟を使わされた手強さにも納得できる。
「……もう、それでいいですよ……」
「やっぱり!」
だよなー。道理でちょいとばかり面倒な敵だと思った!
てことは、今後も今の蔦蜘蛛が次々と出てくることもあるのか?
「だったらカンナ、〝災禍〟とかいうバケモノの本体が出てくる前に、早いとこ水辺に行ってクラブエッジとグランドタートルをやってこようぜ」
「あー……はい。もう勝手にしてください……」
なんだかカンナは元気のない声を出してるけど、俺が〝世界創造〟を使っちまったことに呆れてるんだろうか?
だよなぁ……いくら〝災禍〟の眷属だからって、迷宮入口に出くわす敵に能力を使わされてるんだもんな。「守ってやるぜ!」とか大見得を切っといて、そりゃないだろって話だよ。
しかも俺、ヒヒイロカネの装備まで身につけてるんだぜ?
これじゃカンナが不安に思うのも無理はない。
「悪かったって。これから先は油断しないから、今度こそ安心してくれ!」
「ええ……それはもう……アルさんに任せておけば、迷宮最深部にあるらしいパンデモニウムの核だって取りにいけるでしょうね……」
「え? いやいや、そりゃ無理だろ」
期待されすぎても、ちょっと困る。
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