深緑の迷宮 4
「状況を整理しよう」
なんだかカンナがハワワワってるし、ここはいったん冷静になるためにも、俺はそんな提案をしてみた。
すでにわかりきってることでも、あえて言葉にすることで冷静になれたり、あるいは状況を打破する画期的な考えが浮かんだりするものなんだよ。
「ええと、まず……この深緑の迷宮には〝災禍〟と呼ばれるバケモノがいるらしい」
「そ、そうみたいですね。私も今、〝
五日前……かなり最近だな。てか、俺が人族の領土に足を踏み入れた日じゃないか。
なんでそんな厄介なのが──って、まぁそれはいいや。
「で、その〝災禍〟を討伐しようと勇者や冒険者ギルド、その他の種族も動き出している──で、間違いないのか?」
確認するような俺の言葉に、カンナがうんうんと何度も頷く。
「それで、〝災禍〟と勇者はまぁ互角ぐらいって言ってたよな?」
「そうですね、そうらしいです」
それも〝世界図鑑〟から引っ張ってきた情報なので、カンナは〝らしい〟と自信なさげだが、それも信じて良い話だと思う。
「んで、俺らの目的はアンバーから依頼されたクラブエッジの甲殻と、カンナの借金が一気に返済できるグランドタートルの甲羅を手に入れること……」
「あの、その、クラブエッジの甲殻とグランドタートルの甲羅も、別に深緑の迷宮じゃなきゃ手に入らないわけじゃないですよ。それぞれ場所は違うんですけど……」
「ほほう、そうなのか」
情報を整理してみたおかげで、俺が知らなかった話も出てきたな。
よしよし、いい傾向だ。
「そういうことなら、俺たちが取るべき行動は一つだな」
「そうですね。早くここから──」
「早くここから甲殻と甲羅を取って帰ろうぜ」
「逃げ──エエェェェェッ!?」
あれ? 同じ情報を共有してるはずなのに、俺とカンナの結論に著しい隔たりがあるっぽいぞ?
「ナンデーッ!? アルさん、ナンデェェェっ!?」
「おいおい、なんでそんな獣人族の猫人みたいな喋り方になってるんだ?」
「なるわ! なるに決まってるでしょ! なんで〝災禍〟が出現した場所でのんびり採取しなきゃならないのよ!?」
「え? だって、他の場所だとクラブエッジとグランドタートルの生息地は別なんだろ?」
「判断基準そこか~っ!」
カンナはどういうわけか『参ったねこりゃ~』みたいな顔をしてるけどさ、他にどんな判断基準があると言うのかね?
「違うでしょ、アルさん! 違いますよ! 重要視するのはクラブエッジとグランドタートルの生息域じゃなくて、今っ! ここにっ! 〝災禍〟っていう災害級のバケモノが出現しているってことですよっ!」
あー、はいはい。わかってるわかってる。〝災禍〟ね。うん、この深緑の迷宮にね、いるよね。
大丈夫、俺ちゃんはちゃんとわかってる。
「ぱーっと行って、さーっと狩って、だーっと帰れば平気じゃね?」
「この人、絶対に川が増水したら田んぼの様子を見に行くタイプだ」
「大丈夫、大丈夫。意味はわからないけど大丈夫。何かあっても、俺が絶対におまえのこと守ってやるゼ!」
「なんだろう……なんだろうなぁ。一般的に、女子が男の人に言われたら胸がときめくセリフのベストテンに入ってるだろう言葉なのに、アルさんが同じこと言っても殺意しかわいてこないなぁ!」
ええいっ! ああだこうだと文句ばっかり言うのはやめていただきたい。
そもそも、いったいなんのために二日もかけてこんな場所までやってきたと思ってるんだ。予定とちょっと違うからって、すごすごと逃げ帰れるかってんだ。
「ほら、〝災禍〟が出てくる前にさっさと行くぞ」
「いーやーっ! 離してえぇぇぇぇっ!」
ジタバタと暴れるカンナを小脇に抱えて、俺は深緑の迷宮の〝迷宮〟らしい領域へとついに足を踏み入れた。
「……なるほど、まさに深緑の迷宮だな」
迷宮の入口と言われているアーチ状の穴をくぐった先は、どこに目を向けても緑に覆われたダンジョンだった。
足下は芝に覆われて柔らかく、壁は表面を平らに整えられた生け垣っぽい植物でできている。
上を見上げれば、背の高い木々に覆われて空が見えない。それだと日の光が届かずに暗いのかと言えば、生け垣自体がぼんやり光っているのでそういうわけでもなかった。
昔、魔族領で拾った人族の庭園様式が描かれた本に、生け垣で作った迷路とやらがあるらしいが、ここはその迷路の規模を大きくしたような場所だった。
「な……何よ、これ……?」
俺が迷宮の様子に感心していると、小脇に抱えたカンナが唖然とした声を漏らした。
「どうした?」
「以前にも私、深緑の迷宮に来たことがあるんですけど……入口からこんなに緑が深くはなかったんです。これじゃ中層域──ううん、深層域に近い雰囲気ですよ」
ほう……。
ということは、この一面の緑は深緑の迷宮本来の姿と違うってことかな?
「もしかして、これも〝災禍〟が出現した影響とか?」
「かもしれません……って、ちょっと降ろしてください!」
「わかったわかった、逃げるなよ」
ジタバタと暴れられて煩わしいので、俺はポイッとカンナを地面に降ろした。
いくらなんでも、迷宮の中に足を踏み入れたんだ。今さら逃げ出したりはしないだろう。
「それで、クラブエッジとグランドタートルはどの辺りにいるんだ?」
「どちらも水棲の怪獣なんで、川とか沼、泉みたいな水辺にいるはずです──って、ホントに行くんですか?」
「今さら後込みすんなよ。そうやって躊躇った分だけ危なくなるんじゃねぇの?」
「うぅ~……」
その一言で、ようやくカンナも覚悟を決めたらしい。渋々といった態度はそのままだが、ようやく前に進み出した。
「あたっ!」
そしてコケた。草が自然に絡まって足掛けの罠みたいになってたっぽい。
何やってんだこいつ……。
「おまえ、ホントに冒険者なの……?」
「だって、足下に何か──って、ひゃあっ!」
カンナは自分を転ばせた足下に目を向けると、またまた悲鳴を上げた。今度はいったいなんなんだ?
「こっ、こっ、これ……! 人、が……草……鎧の、中っ!」
「ん~?」
何やら舌が上手く回らないらしいカンナの要領を得ない話に、俺は自分の目で地面を確かめてみた。
ふむ……鎧が落ちてるな。しかも、その鎧の中からは蔦が生えてきている。
そしてその蔦は……なんだか絡み合っているけれど、そのせいなのか、人の形をしているようにも見える。
……おや? この鎧、樹木モチーフにした紋章が描かれてるな。
確か、人族の王家の紋章だっけ? それが付いてるってことは、つまり──。
「もしかしてこの鎧、入口のとこにあった野営具の持ち主か?」
「それだけじゃなくて! こ、この中身! 元々、人ですよ! 人が植物に変えられちゃってるんですっ!」
俺の推理に、カンナが声を荒らげて付け加えた。
ずいぶんハッキリと断言するが、それは状況から見てそう判断したのか、それとも〝世界図鑑〟で調べた結果なんだろうか? たぶん両方だな。
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