深緑の迷宮 3

 そんなことを考えているうちに、周囲の景色が草原から背の高い木々が目立つようになってきた。


「……ん?」


 なんか今、変わったな。


「どうかしましたか?」


 俺が小さく声を漏らしたからか、カンナが声を掛けてきた。


「今そこで、何かが俺の領域に触れて消えたっぽいんだよな」

「あー、そっか。アルさんには世界創造デミウルゴスがありましたっけ。たぶん、その〝何かが触れた〟って場所が、深緑の迷宮の入口だったんだと思います」

「えっ、そうなの?」


 それはまた、なんというか……もの凄く奇妙だな。

 普通、どこかの場所に行っただけで俺の領域が反応することなんてないし、何より〝迷宮〟と名が付く割には、目の前に広がってる景色は普通の森──いや、林道って感じしかしない。


「どうやら迷宮ってのは、成長するらしいんです」


 なんだかカンナが妙なことを言い出した。


「えーっと、迷宮の正体がパンデモニウムって怪物だってことはお話しましたよね? 怪物──つまり生物ですから、そりゃ成長しますよね?」

「あー……つまり迷宮ってのは、日々拡大し続けてるってこと?」


 その通りと言わんばかりに、カンナは頷いた。


「地中に広がる迷宮なら地下へ向かって拡大していくんですが、ここは深緑の迷宮。鬱蒼と茂る木々が行く手を阻むダンジョンです。木々を生やして自分の領地を広げていくみたいですよ」

「それだったら、いずれは地上すべてが深緑の迷宮になっちまうんじゃねぇの?」

「外輪部は人間で言うところの爪や髪だと思ってください。放置してればどんどん伸びていきますけど、切っても痛みは感じないでしょう? 人間は生活の場を開拓する生き物ですから、深緑の迷宮が侵食しきる前に木々を伐採しちゃうんです。だから地下へ広がる迷宮とは違って、そこまで拡大はしません」


 なんともまぁ、上手くできてるもんだ。


「世間的に言われている深緑の迷宮は、もう少し先になります」


 カンナが言うように、足を前へ進めるごとに緑がどんどん深くなってきた。それに合わせて道も整備されたものから踏み固められただけのもの、そして獣道みたいに伸びた草木をかき分けただけのものに変わってきた。

 そして──。


「……あ、見えてきました」


 ──そこだけ、不自然に整地された広場みたいになっていた。

 広さとしては、なんだか闘技場の舞台くらいだろうか。周囲は鬱蒼とした木々に囲まれているのに、そこだけは地面の土が剥き出しになっている。

 そして、俺らが進んできた対面には、アーチのようにぽっかりと穴が空いている。


「あそこの穴が、深緑の迷宮の入口って言われてるとこです。この場所は迷宮に入る前の準備場ってとこですかね? 幾人もの先達たちがここで準備したり、あるいは拠点にしたりしていたせいで、草木が生えてこなくなったって言われてます。今は……誰もいないみたいですけど」


 周囲をキョロキョロ見渡すカンナが言うように、今は誰もいない。闘技場の舞台くらいの広さと言っても、そのくらいなら見渡せる。


「でも、なんか変じゃないか?」

「え?」

「野営の跡が、あちこちに残ってる」


 すでに燃えカスになっているが焚き火の跡にポットやコップ、置いたままで組み立ててもいない野営具もある。


「荷物を置いたまま、見張りも残さないってのは、冒険者にはよくあることなのか?」

「まさか」


 俺の疑問に、カンナは首を横に振って答えた。

 そうだよなぁ。

 冒険者にはアイテムバッグがあるはずなんだから、野営道具の類いもその中に収納しておけばいい。放置しておくなんて、ガラの悪い連中に持っていってくださいと言ってるようなもんだ。


「てことは、こりゃ荷物を置いて逃げ出すような事態が起きたのかね?」

「んー……ん?」


 何かに気づいたのか、カンナが放置されてた野営具の一つに駆け寄った。


「んんっ!?」

「どした?」


 後を追いかけて声を掛けると、カンナが調べていた野営具には樹木をモチーフにした紋章らしき刺繍が施されてあった。


「これ、人族の王家の紋章ですよ。……あっ! あっちの荷物にも描かれてる」


 王家の紋章? へぇ、そんなものがあるんだ。……俺が魔王だった頃には、そんなの作ってなかったな。

 うぅ~ん、作っときゃよかった。

 だって、格好いいじゃん?


「で、その紋章が描かれてるってことは、つまりこの野営具の持ち主は人族の王家にゆかりがある奴だったってことか?」


 俺の考えは正しかったらしく、カンナは頷いた。


「普通の冒険者は、王家の紋章入りの荷物なんて持っていません。たぶんこれは王家直轄の騎士団とか、そういう人たちの荷物なんじゃないでしょうか」


 騎士ねぇ……。

 なんとなく、カンナが言いたいことがわかってきたぞ。


「つまり、自分が仕える主君の家紋入りの道具を放置してるのはおかしいと、そう言いたいわけだな?」

「ええ、まぁ……」

「気にしたって仕方ないんじゃねぇの?」


 深刻そうな顔をしているカンナに、俺はそう言った。


「なんか理由があったのかもしれないし、そもそも俺らには関係ないし」

「そう言われちゃうとその通りなんですが……」


 カンナはそれでも難しい表情を浮かべたまま、さらに「うーん」と唸った。


「ちょっと調べてみます」

「調べるって、そんな面倒な……って、おまえの場合はすぐにわかるのか」


 世界図鑑アカシックレコードで一発だもんな。

 とは言え、物好きってことには変わりないけど……ん?


「……ぅえっ!? あっ、アルさん! ここ──」

「ああ、うん。俺にもわかった──おっと」

「うきゃっ!」


 カンナが悲鳴を上げる。

 そりゃあ世界図鑑を見てたらしいところから現実に視線を戻した直後、目の前にウネウネとうねる丸太くらいの太さがある触手が、迷宮の入口から猛スピードで迫ってくれば、そりゃあ驚くよな。

 もっとも、何かする前に俺の世界創造の領域内に入ったもんだから、ヤバそうだったんで消しといたけど。


「あー……つまり、あれか」


 今のはなんか、怪獣って感じがしなかった。怪獣以外のバケモノかなんかだろう。

 そしてこの場所には、騎士団の荷物が放置されたまま。

 おまけに……ええと、なんだっけ? 魔族以外の種族が集まって、勇者の力も借りて倒す災禍とか言うのが出現してたんだっけ?

 答えは考えるまでもないね。


「この迷宮に、その災禍ってのが出たわけか」


 なんだか面倒なとこに足を踏み入れちまったなぁ……。

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