深緑の迷宮 2
ギルドで依頼を受けた俺たちは、携帯食や傷薬といった迷宮探索に必要な荷物をまとめると、貸し馬を借りてさっそく出発した。
どうやら人族の世界では長距離移動に貸し馬を使うのが一般的らしく、街道で二十キロ間隔くらいに貸し馬屋があるとのこと。そういう店は冒険者ギルドのように〝運行ギルド〟とやらが取りまとめているようで、陸路のみならず海路も管轄らしい。
旅人とかはそういう運行ギルドで馬を借り、先を急ぐなら乗り継いだりできる。いちおう、宿を借りたり旅の必需品とかも購入できる施設もあるみたいだ。
そういう話をカンナから聞いて、俺は「へー」って素直に感心してしまった。
さすが、他人との繋がりが種族の強味と言われてる人族だ。面白い方法を考えつくもんだよね。魔族からは絶対に出てこない発想だよ。
そんな運行ギルドの馬を借りた俺たちの目指す深緑の迷宮は、移動でだいたい二日はかかる距離らしい。
えーっと……馬を乗り継いで移動できる距離は、一日でだいたい八十キロ。
それが二日掛かるからケテルの町から百六十キロ離れた場所──と言いたいとこだが、町を出たのは昼頃だし迷宮まで馬を連れていくこともできないから途中で返すし、だいたい町から百二十キロほど離れた場所ってとこかね。
それでも、ちと遠い。
「それで、特殊任務の内容ってなんだったんだ?」
迷宮への移動がてら、俺が話す話題で選んだのはそのことだった。
だって、カンナが冒険者ギルドを出てからずっと浮かない顔をしているし。
それに、箝口令とか言って秘密にされると、やっぱ気になるじゃん?
「え? なんで私に聞くんですか」
「だっておまえ、
「えっ!?」
おやおやカンナさん、この俺が気づいてないとでも思っていらっさる?
「おまえさ、世界図鑑を使ってるとき、なんもないとこ見てるだろ。さっき、リコリス嬢と特殊任務の話をしてるときも同じような目をしてたから、調べてたんじゃねぇの?」
「う……鋭いですね……」
そうかな? これまでカンナが世界図鑑を『使ってる』と明らかにわかる場面を何度か見ていれば、誰だって気づきそうなものだと思うけど。
ああ、でもそれはカンナに世界図鑑っていう特殊能力があることを知らないとわからないことか。
となると、リコリス嬢はカンナが世界図鑑を持ってることを知らないのかな? 鋼玉級の冒険者でギルドの副長をやってる人が、カンナの癖に気づかないわけがない。
けど、指摘されなかった──ってことは、世界図鑑のことも秘密なのね。余計なことは言わないようにしておこう。
「どうやら、数百年ぶりに〝災禍〟が出現したらしくて」
「災禍?」
「知りません? なんか意思ある自然災害みたいな位置づけで、ひとたび出現すると世界に大きな損害と不幸をもたらすって言われてるんですよ」
「ははは。魔族に数百年前の歴史なんて残ってるわけねぇだろ」
利己主義で刹那主義な魔族だぞ。わざわざ魔族全体の歴史を残そうとする酔狂な奴はいないし、仮にいたとしても、後に続く奴がいなけりゃ時間の流れに埋もれるわ。
なので、当然のことながら数百年に一度現れるかどうかっていう災禍とやらを知ってるわけがない。
「歴史も残せないのに、なんでそんな自慢げなんですか……」
すっかり呆れられてるが、事実そうなんだから開き直るしかないじゃないか。
「ともかく、そういうヤバいのが出現したらしいから、魔族以外のみんなで力を合わせて倒すってことになってるらしいです。そこにはどうも、勇者も参加するみたいで……」
ふーん、あいつがねぇ……だったらまぁ、なんとかなるんじゃないですかね?
なのにカンナは、どこか浮かない顔をしている。
「なんだよ。もしかして、勇者がいてもヤバそうな相手なのか?」
「や、どうでしょう。世界図鑑にお伺いを立てたら、強さは互角らしいです。なんとかなるとは思うんですが、そんな戦場に行くリコリスは大丈夫なのかなぁって」
「ふむ……さすがに世界図鑑でも、将来の安否までは調べられないか」
「え? できますよ?」
「えっ?」
「ただ、未来の結果は情報量が膨大すぎて把握しづらいんですよ。なんでも、未来の出来事には〝揺らぎ〟ってのがあるらしく、例えばアルさんの将来を調べたりしたら、実現する確率が、高い順から何億項目にも分かれて表示されちゃうんです」
「マジかよ……」
「ええ、まあ。でも、そんなのをいちいち読んでられませんよ」
カンナはそう言って笑うが、いやいやそういうことではなくて。
それってつまり、カンナの世界図鑑には、良い未来、悪い未来に分岐していくポイントさえ調べられるってことだろ?
しかもそれが、自分だけじゃなくて他人の未来でも把握できる?
何それ反則じゃん……。
いちいち読んでられないって言うけど、読み切れないわけじゃないんだよな?
だったら、他人の行く末を世界図鑑で調べ、悪い方向に導くこともできなくはないってことだろ?
ひょえー……。
ちょっと洒落にならないので、カンナには黙っとこう。変に自覚を持たれると、俺でも手が付けられなくなりそうだ。
冗談で言ってないよ?
だってさ、俺がどんな行動を取ったとしても──それこそカンナに敵対したとしても、そうさせることが俺に都合が悪い未来を選ばせた結果かもしれないし。
誰にも見ることのできない未来の結果を事前に知ってる相手に、いったい誰が勝てるって言うんだよ……。世界の運命さえ自在に操る〝運命の神〟ってのに、喧嘩を売るようなものじゃないか。
「カンナ……頼むから俺の未来は調べないでくれよな」
「だからやりませんて、そんなこと」
できれば一生、そうしていただけると有り難い。
「まぁ、なんだ。リコリス嬢のことは心配しても仕方ないだろ。俺らにできることはないし、無事を祈ってやることくらいさ。それよりも、俺らは俺らの仕事を心配しようぜ」
「そう……ですね。うん。友だちの心配をしてる場合じゃないですもんね! なんせ借金がありますしっ!」
自覚を持たせないように世界図鑑の話題から話を逸らしてみれば、カンナは簡単に乗ってきた。
もしかすると、こいつには借金があった方がチョロいのかもしれない……。
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