作戦会議と今日のご飯 2
「……両方となると、深緑の迷宮になりますね。いわゆる〝ダンジョン〟です」
「ダンジョン?」
「あれ? 魔大陸にありませんでしたか? 怪獣が異常発生する特定地域のことです」
「……知らんなぁ」
そんな場所、あったかな? まぁ、魔族の場合は気の向くままに行きたい場所に行って、邪魔するヤツがいるなら手当たり次第に排除する──って方針だからな。
俺が知らないだけで魔大陸にもそういう場所があるのかもしれないけど、わざわざ〝迷宮〟だの〝ダンジョン〟などと区別するような名称は付けなさそうだ。
「世間だと知られてないことですが、実は迷宮って〝パンデモニウム〟とかいう怪物の腹の中らしいんです。神様とか悪魔とか、そういう高次元の存在のなり損ないが迷宮らしく、深部にある核を壊すと消滅するんだとか。全部、
「へぇ……」
なるほど。そういうことなら迷宮ってとこには……まぁ、いっか。俺には関係ないし。
「それより、ほら! 俺の計画どうよ? 文句ないだろ?」
「そうですね。意外なことに、私が思ってた以上にちゃんと考えてくれていて、目から鱗がボロボロ落ちました。後先考えないボケナスとか思ってすみません」
ボケナスって、おま……。
ま、まぁいいさ。そういう失礼な発言も、事と次第によっては許してやろう。
「そういうことなら、ちゃんと美味いもん食わせてくれるんだろうな?」
「わかりました。じゃあ、とっておきをごちそうしちゃいます」
そう言って台所に引っ込んだカンナは、それほど時間を置かず、小皿に野菜を盛り付けて戻ってきた。
「……もしかして、これだけとか言わないだろうな?」
「お通しっていうか、先出しです。本番前の前菜だと思って、つまんでてください」
なるほど、前菜か。
でもこれ、大根じゃね? ほぼ生の大根だよな? 大根をイチョウ切りしただけに見えるんだが……辛くて食えなくないか?
まぁ……カンナが出したものだし、食ってみるか。
「……んっ!?」
甘い……!
食感はシャキシャキで、確かに大根ではあるんだけど、辛みは一切なく、ほのかに甘い。
しかもその甘さは砂糖を舐めたような強い甘味ではなく、食感を邪魔せず楽しませるための優しい味だ。
あー……なんかこれ、後を引く美味さだな!
「おい、カンナ! この野菜、いったいなんだ!?」
「え~? 大根の浅漬け」
台所にいるカンナに声を掛けると、そんな返答があった。
大根の浅漬け?
じゃあ、やっぱり大根なのか。しかし辛みが強い大根が、よもやこれほど優しい味になるとは……!
「もう一皿くれ!」
「え? もう食べちゃったの?」
台所に小皿を持って行くと、調理していたカンナに驚かれた。竈の上の鍋に油を満たして……ほうほう、これはもしや揚げ物ですか。
「何作ってんだ?」
「できてからのお楽しみ……って言っても、聞きそうにないですね。サイレンバードの唐揚げですよ」
ほうほう、唐揚げとな。
サイレンバードと言えば、肉付きのいい鳥の怪獣だったな。雑食でなんでも食うヤツだけどそんなに強くない。丸々と太っていて動きが遅いので、わりかし簡単に仕留めることができる。
美味いかどうかは、よくわからん。ただ、食用にもなるのは間違いない。
なんとなく興味があって横で見ていると、カンナは慣れた手つきでサイレンバードの者肉を一口大にカットしていった。
それを黒いタレで満たしたボウルに入れて手で優しく揉み込み、小麦粉をまぶしてから油の中に投入。
「最初から高温で揚げるより、投入してからじっくり温度を上げた方が美味しく揚がるんですよ」
俺が横で見ているからか、カンナがそんな解説をしてくれる。
じゅわ、じゅわわわ、っと徐々に揚げ音が大きくなり、カラカラと音が軽くなってきたところで取り出した。
後は更に盛って、クリーム状のソースを添えて──。
「はい、できあがり。アルさんって、お箸使えます?」
「箸?」
「これ」
カンナは二本の棒を片手で器用に動かしてみせた。そういえば、唐揚げもそれで油から取り出してたっけ。
「使ったことないな」
「じゃあ、フォークにしときますか」
そう言ってカンナは食器棚から取り皿とフォークを取り出し、唐揚げを盛り付けた皿と一緒にトレイに乗せて、居間のテーブルに運んでいった。
その後を、俺もうきうきしながら着いて行く。
「じゃ、食べましょう。はい、アルさん。いただきます」
「ん、なに?」
「私の故郷で、食事前の……まぁ、お祈りみたいなもんです。諸説いろいろありますが、私としては食材になった命に対する感謝ですね」
「ほう、なるほど。じゃあ、いただきます」
カンナにならって〝お祈り〟を済ませ、俺はさっそくフォークを唐揚げに突き刺した。
それだけで、プシュッと中から脂が溢れてきた。
そのままパクッと一口。
「ふおぉぉぉ……っ!」
感嘆するしかできなかった。
美味い。マジ美味い。
外はカリッと、中はしっとり。熱々で舌が火傷しそうになるが、それでも肉脂はほんのり甘く、揉み込んだタレのしょっぱさが、今まで味わったことのない旨味になっている。
俺、人族の世界に来てホントよかった……!
「あ、マヨネーズを付けて食べると美味しいですよ」
言葉にならない感動で打ち震えていると、カンナがそんなことを教えてくれた。
「マヨネーズ?」
「そのクリームです。よく酸味の強い柑橘系の絞り汁を掛けるんですけどね、こっちの方が私の好みなので」
そういうことなら、試してみるしかない……!
カンナのお薦めに従って、次の唐揚げにはマヨネーズをたっぷり付けて口の中に……ふおぉぉぉっ! こ、これもまた美味いな!
熱々の唐揚げに冷えているマヨネーズを合わせることで熱々さ加減は損なわれるものの、肉の旨味がより濃厚に堪能することができる。
しかも、マヨネーズの酸味が利いた味わいが唐揚げの味をもさらに高めてくれる!
「美味い……マジ美味い。ホント美味い……」
いやね、もうね、なんつーかね? 語彙が少なくなっちゃってるけど、本当に美味いと思うものを食べたら誰だってこうなると思うんだよ。
今ならわかる。
魔族の飯ってマジでクソだな!
「いやあ……ホント俺、カンナと出会えて幸せだよ……」
「え、なんですか急に。恍惚とした表情で言われても、ちょっとドン引くくらい気持ち悪いんですけど」
「褒めてんだよ! 素直に受け取れよ!」
これじゃ褒め損だよ。
「このくらいは普通だと思いますけど……満足していただけたなら良かったです」
「え、なに? 人族の食事って、このレベルで普通なの?」
「外で食べても美味しいですよ。……あ、でも私の場合、使ってる調味料は故郷のものをこっちで再現してますから、この町の料理とは味の方向性が違いますね」
「ほう、そうなのか」
まぁ、美味いからなんでもいいや!
「……あ、そうだ。せっかく唐揚げなんだし……」
そう独りごちて席を立ったカンナは、台所からグラスと瓶を持って戻ってきた。
「アルさんも呑みます? 唐揚げに合いますよ」
「ん? おう」
よくわからんけど、唐揚げに合うなら頷いとこう。
「いやあ、子供の頃はわかりませんでしたけど、呑むようになってからわかるようになりました。この組み合わせは最高ですね。ささ、どうぞ」
カンナ手ずから注いでくれたのは、透明な……水?
確かに熱々の唐揚げを食べてると、口の中を冷ます水は欲しくなるけども。
「くぅ~っ! 美味しくできてる!」
カンナは自ら注いだ水を、なんだか染み入るように飲んでみせた。
ふむ……じゃあ、俺も!
「……あっ、そんな一気に──」
ぐいっと一気にあおった瞬間、喉がカッと焼けるように熱くなった。
途端に視界がぐにゃぐにゃ歪み、体もぽかぽかと暑くなる。
「ありゃ、にゃんらか……」
「アルさん? ちょっ、アルさん!?」
聞こえてくるカンナの声が、なんだか遠い。目も開けていられないほどまぶたが重い。
そして俺の意識は、抗うことの出来ない深い闇の中に落ちていった──。
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