幕間 世界会議

 神創世界セフィーラには、大別して三つの種族がいる。

 人族、亜人族、そして魔族だ。


 人族は秀でた力や技術こそ持たないものの、何事もそつなくこなす平均的な能力を持ち、団結力が高く、繁殖力にも優れており、セフィーラではもっとも数が多い種族である。


 亜人族は総称である。一点突破した能力に優れ、優れた技術を有した長命種だが、その分、繁殖能力が低く、耳長族、岩窟族、獣人族、樹木族、鬼人族などに細分化し、それぞれ独立した文化を持つようになって横の繋がりが弱い。


 そして魔族は、世界の〝嫌われ者〟だ。優れた戦闘力を持ち、長命ではあるが、同族間でも結びつきが弱く、協調性は皆無。破壊と略奪を基本理念として行動するため、人族だろうと亜人族であろうと友好関係を築くことは不可能だった。


 そんな魔族が存在するからなのか、人族と亜人族との間には友好的な関係が築かれており、人や文化の交流も盛んに行われている。

 世界会議と呼ばれる各種族の代表が集まり、会談を行うのもその一環だ。

 通常は年に一度、人族の国エンデの首都マルクトで、春の息吹が感じられる時期に行われる。

 しかし、同じ年に二回目が開会されるのは、極めて重大な案件が持ち上がった時だ。

 過去の例で見れば、人族がエルフの魔法技術を借りて異世界から勇者たちを召喚することに成功した時。

 その勇者が力を付け、魔族の王との決戦に挑む時期を定めた時。

 そして──今回。


「各氏族の王たちよ、よくぞ集まってくれた」


 緊急の世界会議開催を呼びかけた人族の王、マルシュタット・エピ・フォトンガーデンが円卓に並ぶ各氏族の代表たちに感謝の声を上げた。


「前置きはいらねぇよ」


 マルシュタットを前に慇懃な口調で声を上げたのは、額から三本の角を生やした鬼人族の王ラカン・ヴォーデンだ。

 鬼人族は本質的には魔族に一番近い亜人族だ。

 力を誇り、頑強で、強い。

 だが、魔族ほど悪辣ではない。粗野なところもあるがそれは岩窟族──ドワーフと同程度であり、協調性もあって社会を築く団結力もある。

 それは、この世界会議に代表者が出席していることからもわかるだろう。


「わざわざ緊急で俺ら氏族長を集めるほどだ。よっぽどのことが起きたんだろ?」

「〝災禍〟の発生が確認された」


 マルシュタットがそう告げた瞬間、静まりかえっていた議場がざわめきだした。

 誰もが驚き、疑い、戸惑い、慌てている。


「それは間違いのないことなのか?」


 各氏族を代表するように声を上げたのは岩窟族の王、ビクスバイト・ハーゼンだった。


「間違いない」


 そしてビクスバイトの問いにハッキリと答えたのは、マルシュタットではなく耳長族の王、レヴィアン・アースター・ケト・スランドゥイルであった。


「探知の魔術を用いて我が確認した。此度も迷宮の深部より這い出たものに相違ない」

「マジかよ……」


 レヴィアンの断言に、己の力を誇りとする鬼人族の王ラカンが絶望的な声を洩らした。

 それほどまでに〝災禍〟の発生は人類にとって脅威の存在だった。


〝災禍〟とは、文字通り世界に大きな損害と不幸をもたらす異常存在である。

 発生頻度こそ数百年に一度、あるかないかという程度だ。

 そして発生期間も、長ければ数年にわたることもあれば、一日と保たずに消えてしまうこともある。

 しかし、どちらの場合であっても、ひとたび出現すれば魔族の脅威とは比べものにならない大損害を残していく。一日で消える場合であっても、エルフが扱う最高位の攻撃魔法を遙かに凌駕する破壊の爪痕を残して去って行く。


 その姿は、怪獣とは違って馬や牛、豚などの動物を連想させるような姿ではない。

 あるときは雷雲のような黒い煙、あるときは数十本の足を持つ異形の多足生物、最古の目撃例では人の姿をしていたという記述も残っている。

 ただ、どれもこれも尋常ならざらぬ力を持ち、通り過ぎた後には草一本残らない破壊の権化であることに違いはなかった。

 そこに意思──いや、自我と呼べるものさえあるのかどうかもわからない。

 故に、その様から自然災害のように例えられることとなった。


 それでも、〝災禍〟は生物であるのだろう。

 食われた、飲まれた、襲われた、という話は枚挙に暇がない。過去には〝災禍〟の食い掛けが発見されたこともある。

 兎にも角にも正体不明のバケモノだ。


「魔王が討伐されたばかりであるのに、次は〝災禍〟か……」


 氏族の誰かが、そんな嘆きを洩らした。

 魔族の王、アルフォズル・ニルヴァースが勇者シヲリの手によって倒されてから、まだ一年も経っていない。

 これから世界は安定して平和な時代になる──そう思った矢先の出来事だ。嘆く気持ちはわからなくもない。


「だからこそだ、諸君!」


 ざわめきから落胆、あるいは絶望の色が濃くなった議場に、マルシュタットが力強く呼びかけた。


「我らは勇者の力を借りたとはいえ、魔族という脅威に打ち勝つことができた。次に我らが克服すべきは〝災禍〟ではないか!? そして!」


 マルシュタットは、氏族長たちから異論や反論が出るのを遮るように言葉を続けた。


「我ら人族は、今ひとたび勇者シヲリの力を借り、〝災禍〟討伐をここに宣言する!」


 直後、議場の扉が勢いよく開かれた。

 緋色に輝く鎧で身を包み、魔王を滅ぼした聖剣を腰に、星が輝く夜空を流し込んだような美しい黒髪をなびかせて、勇者シヲリが議場へと足を踏み入れた。


「人族の王、マルシュタット・エピ・フォトンガーデン陛下より〝災禍〟討伐の任を拝命いたしましたシヲリ・ジングーです。この世の安寧を保つため、今一度この身を賭して、世に仇なす元凶を取り除いてみせましょう」


 気負いなく、悲壮な決意もなく、自分の役目を淡々と告げるその様は、美貌の化身とも言われるエルフをもってしても見惚れる気品と美しさがあった。

 その雄姿は伝説で歌い継がれる天上の戦乙女を彷彿とさせる。

 もちろん、その場にいる誰一人として〝災禍〟の恐ろしさ、絶望感を忘れてはいない。

 だが、シヲリを前にすれば「もしかしたら」と、「彼女ならば」と期待を抱かざるにはいられなかった。


「さりとて諸君、敵は〝災禍〟である」


 そこで釘を刺すのを忘れないのが、人族の王たる由縁だった。


「勇者シヲリの力は、魔王アルフォズル・ニルヴァースを討ち果たしたことで疑いようもない。だが、〝災禍〟が相手ともなれば絶対はない。だからこそ、私は氏族の王たちに頼みたい。力を貸してはくれないか──と」

「力を貸せ、だと?」


 疑問の声を上げるラカンに、マルシュタットは「そうだ」と頷いた。


「我が人族からは勇者シヲリの他に、冒険者ギルドからの協力を取り付けた。各氏族からも、ともに〝災禍〟へ挑む兵力、あるいは戦いに役立つ道具、技術、知恵──なんでもいいのだ。どうか力を貸してほしい」


 そして頭を下げる人族の王を前に、議会は静まりかえった。

 マルシュタットの行動に驚いたから──だけではない。

 迷っているのだ。

 兵力、道具、技術、知恵──確かにそれらを集結しなければ、〝災禍〟を相手にするのは無謀だろう。集結して、勇者シヲリもいて、ようやく五分と五分かもしれない。

 だが、〝出し惜しみをせずに〟ということは、その氏族にとって門外不出の秘伝や秘技、技術を人族に預けることでもある。

 そこに躊躇いがない氏族など、いようはずも──。


「……いいぜ。その話、乗った」


 ──いや、例外はあった。

 鬼人族だ。


「魔王を倒した勇者との共闘──これほど滾る話はねぇな。いいだろう、鬼人族一のモノノフを出してやる」

「我らも兵と、魔法技術を貸し与えよう」


 鬼人族に続き、耳長族の王レヴィアンも賛同の意を示した。

 特に力の強い氏族が名乗りを上げた以上、こうなれば他の氏族も後に続いてくる。

〝災禍〟の脅威や、氏族の秘伝を表に出す躊躇いよりも、『〝災禍〟を討伐した』という史上初の名誉から、自分だけが漏れ落ちてはならない。

 後の立場にも、大きく響く──そういう考えが上回ったのだ。


 それもまた、マルシュタットの狙いでもあった。


 何しろ人族は、異世界から召喚した勇者の力を借りたとはいえ、魔王討伐という快挙を成し遂げている。すでに十分な名誉と、各国に対する高い発言権を持っている。

 これ以上、名誉を集めたところで仕方がない。

 かといって、〝災禍〟を放置することもできない。

 本来なら勇者シヲリと、その仲間たちだけでもなんとかできるかもしれないが、こうして各国に名誉を分け与えることで、他国からの不要な羨望を減らそうというわけだ。


(あー……くだらない……)


 そんな状況に心底呆れ果てているのは、勇者シヲリであった。


(どうでもいいから、さっさとしてくれないかしら。早くカンナお姉ちゃんを探しに行きたいのに……)


 勇者シヲリ。

 本名を神宮シヲリ。

 彼女の願いはただ一つ。自分が魔王討伐の旅に出ている間に城を出ていった、従姉妹のカンナお姉ちゃんを探し出すことである。

 それが彼女の本心であり、この世界の安寧とか平和とかなどどうでもいいと思っている。

 それでも彼女が剣を振るう理由。

 それは、一緒に召喚されたカンナお姉ちゃんが、この世界で危険な目に遭わないようにするためだった。

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