願いと借金と初めての仕事 5

「こンの阿呆娘がっ!」

「ンきゃんっ!」


 アンバーさんの鍛冶屋へ向かった私を待っていたのは、怒れるアンバーさんからの尻叩きという、乙女に対してあまりにもあんまりな折檻だった。

 とは言っても、ズボンを下ろされて直に叩かれたわけじゃないわよ。変な想像されても困るから先に言っちゃいますけど。

 丈夫な革で出来た冒険者用のレギンスの上から、平手でバチーン! とやられたわけ。

 本当だったらアンバーさん、私の頭にゲンコツを叩き落としたいところだったんでしょうけど、ちょっとこう、身長的なサイズの問題がありまして。


 だってアンバーさん、典型的なドワーフなんですもの。

 ヒゲもじゃでずんぐりむっくり、身長だって私の肩くらいまでだから……百三十センチくらい? で、バリバリの職人気質だったりする。

 だからまぁ、私にゲンコツを叩き込むにはこっちが屈まないと無理だから、叩きやすいお尻にしたんでしょうけど……だからって「んっもーっ、仕方ないなっ♡」とか言ったりしませんからね?


「ちょっ、やめてよ! いきなり乙女のお尻を叩くとか、完璧にセクハラだかんね!? 訴えるわよ!」

「何がじゃい! 訳わからんことヌかしおって! どんだけ俺に心配かけさせとるか、わかっとるんかワレェ!」

「ぐにゅぬぬぬ……っ!」


 そう言われると、返す言葉もございません──としか……。

 でもさあ! やっぱりさあ! 年頃の乙女に対してお尻叩きでお説教ってのは、やり過ぎだと思うんですけどね!


「お、なんだ。ずいぶん親しげだな? どういった関係なんだ?」


 そんな私とアンバーさんのやりとりを見ていたアルさんが、興味深げに聞いてきた。

 そう。

 私がアンバーさんのお説教──いえ、もはや折檻と言っちゃうけれど、お尻叩きに対して自分の非を理解しつつも抗議するのは、ここにアルさんもいるからだ。

 だってさあ、知り合いの前でお尻を叩かれて怒られるって恥ずかしくない? しかも、その知り合いはアルさん──異性なんですよ? 男性の前でお尻を叩かれる女子って、それだけでないわ。


 恥ずかしくって死にそう……。

 死にそうだから、その恥ずかしさを誤魔化すためにさっさと次の話題に──アルさんにアンバーさんを紹介することにした。


「ええっと、こちらは鍛冶師のアンバーさん。私が独立してこの町に来たとき、お世話をしてくれた……まぁ、なんというか親代わりみたいな人です」


 さらに言えば、アンバーさんとの縁は私が冒険者になる前──勇者一行のサポートをしていた頃からだったりする。


「……実は、勇者たちの武具を仕立てたのもアンバーさんなんです」

「ほう……」


 こっそりそのことを教えると、アルさんはかなり感心したような声を出した。

 つまり、知識はあっても技術がない私は、その技術的な面をアンバーさんにお願いしていたのだ。

 数多くいる職人の中で、どうしてアンバーさんに技術的なサポートを頼んだかと言うと、理由は簡単。世界図鑑アカシックレコードで『この世界で一番の技術者は誰かしら?』と調べたら、アンバーさんが出てきたってわけ。


 実際、アンバーさんの技術は凄いと思う。


 例えば、アルさんと出会うきっかけになった気球。あれを作ったのも、このアンバーさんなのだ。

 私が世界図鑑で引っ張り出してきた知識を拙い語彙で説明しただけで、実際に人が乗れて空に浮かぶ気球を作り上げちゃうことからも、この人の技術力の高さがわかってもらえると思う。


 ただ、私が勇者パーティのサポートをしていた頃は、まだアンバーさんと直接的なやりとりはしていなかったのよね。

 独り立ちを決意した際に思い出して訪ねたら、いろいろとお世話をしてくれてさ。今では、この世界での父親代わりみたいになっちゃってる。

 口うるさいけど、なんだかんだと人のいいおっちゃんなのよ。


「なんじゃい、小娘。オメェ、人にさんっざ心配かけさせといて、自分は男を連れ込むたぁ結構なご身分じゃねえか。カーッ、これだから若ぇもンは!」


 ああ、うん……ご覧のようにアンバーさんは、混じりっけなしの生粋ドワーフで、粗野で無骨で大雑把な性格をしている。

 私は慣れちゃったし、元から耐性もあったので気にならないけど、割と下品なこともサラッと言っちゃうから、そこは聞き流してあげてほしい。

 ……本当に悪い人じゃないのよ?


「何バカなこと言ってんの。アルさんは……ええっと、冒険者仲間よ。ちょっと縁があって、一緒にパーティ組むことになったの。アンバーさんのとこに行くって言ったら、興味持っちゃって付いてきただけよ」

「ほう!? いつまでもケツに殻の付いたヒヨッコだと思ってたが、ついにオメェさんもパーティを組むくらいになったか! がっはっは!」


 豪快な笑い声をひとしきり上げたアンバーさんは、耐火ミトンを外してアルさんに手を差し出した。


「こいつの保護者をやってるアンバー・オズワルドだ」

「アル・ヴァースと名乗ってる。アルと呼んでくれ」

「俺ぁアンバーで構わねぇよ。ふむ……オメェさん、カタギじゃねぇな?」

「出自については聞かないでもらいたいかな」

「冒険者になろうってヤツぁ多かれ少なかれワケアリだ。小娘が選んだ相手ってンなら問題ねぇだろ」


 なんだか気になる言い方だけど、がっちり握手を交わしたところを見ると、アンバーさんのアルさんに対する第一印象は悪くないみたい。

 これなら、話題はアルさんの方に移ってくれ──。


「それより……おう、小娘。オメェ、勝手に乗ってっちまった気球はどうした?」


 ──ませんでしたっ!


「それはー……そのぉー……」

「気球?」


 私がしどろもどろになって目を泳がせていると、事情を知らないアルさんが不思議そうに首を傾げた。


「あれです、ほら。アルさんと出会うきっかけになった、空飛ぶ乗り物でして……」

「へぇ、空を飛ぶ乗り物か。……あれ? でもおまえ、空から落っこちてきたよな? 空を飛ぶ乗り物になんて乗ってなかったじゃないか」

「わぁーわぁーわぁーっ!」


 ちょっとアルさん!? アンバーさんの前で、なんてことを暴露しちゃってくれちゃってるの!?


「空から落っこちてきた、だぁ……?」


 ヒィーッ!


「おう、小娘。オメェが落っこちたってこたぁ、気球はどうなった? えぇ?」

「そ、それは……そのぉ……ワイバーンに壊されちゃった。てへ♪」


 直後、バチーン! と強烈な張り手でお尻を叩かれた。


「んぎゃーっ!」

「こンの、ボンクラ娘が! だから勝手なことすンじゃねぇて言っただろうが!」

「だっ、だって完成したって言うから……!」

「完成は完成でも、試作機の完成だっつーンだよ! あそっから試験飛行を繰り返して問題点を洗い出すはずが、全部おじゃんじゃねぇか!」

「うぐぐ……っ!」


 ええ、ええ、わかってますよ。

 わかってますとも!

 先走った私が悪いってことは!

 だから素直に『ごめんなさい』って気持ちはあるんだけどさぁ! 頭ごなしに怒られると、人間どうしたって反抗心ってのが芽生えるものでしょう!?


「そんなの、もう一機作ればいいじゃない!」

「アホか! どんだけ金が掛かったと思ってンだ!」

「失敗も計算に入れて予算を組みなさいって、いつも言ってるでしょ!」

「この俺が失敗なんぞするか!」

「ワイバーンに襲われてるんですけど!? その対策が何もなされてなかったのは、失敗じゃないって言い張るつもり!?」

「それこそ〝洗い出すべき問題点〟ってヤツじゃねえか! それをオメェがパーにしちまったんだろ!」

「じゃあ、いいじゃん! ちゃんと試作飛行で問題点を洗い出したんだし!」

「それで実機を失ってりゃあ、失敗を加味して予算を組んでも足りなくなるわ!」

「ぐっ、むぅ……っ!」


 確かに……!

 確かに……そう、です……けど……っ!


「カンナ」


 返す言葉を失っていると、アルさんにポンッと肩を叩かれた。


「おまえが悪い」

「うわーーーーん!」


 アルさんにまでそう言われたら、もはや私には何も言えないじゃないのよぉっ!

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