願いと借金と初めての仕事 4
「それは……ありがとうございます。ただ、受けられる依頼のランクがちょっと問題ありまして」
「ランク?」
「あるんですよ、そういうのが。例えば、駆け出し冒険者が地竜の皮を採取する依頼なんて受けてっも確実に失敗するでしょ? そういう無謀な挑戦を避けるため、冒険者にはランクが設けられているんです。受けられる依頼も、そのランク内のものって決まってるんですよ」
ちなみに、そのランクっていうのは全部で十段階あって、一番下が滑石級で一番上が金剛級。ちなみに私は下から四番目の蛍石級になっている。
「なるほど、わからん」
「アルさーん? アルさーん。ほんのちょっとでいいから、考える素振りくらい見せてくださーい?」
「失敬な! ちゃんと考えてるぞ」
あっはは。
その冗談、おもしろーい。
「もっと具体的な例を出してくれ。例えば……そうだな。おまえの蛍石級ってのは、実際どのくらい稼げるんだ?」
「私の場合だと、定期的に仕事をすれば一人なら食べるのに困らない程度ですかね?」
元の世界を例に出せば、一人暮らしの新社会人の初任給くらい──ってとこかしらね。
「……それって〝一人なら〟だよな? 二人だと?」
「ふふ、いいとこに気づきましたね」
さすがはアルさん、チャリンチャリンの音には鋭いですこと。
「二人だと、飢えて死にますね!」
「………………」
おっとぉ、アルさんの笑顔が固まってるぞ! どうしたどうした!
「おまえとは、これっきりだ!」
「ちょっとーっ!」
なんでそっちが振るようなこと言ってんの!? それこそ私のセリフよ!
「もう仕方ないんですってば! さっき、なんで私だけリコリスに呼ばれたか教えてあげましょうか? アルさん一人で仕事は回せないって言われたからですよ!」
アルさんが冒険者ギルドのパーティ編成についてどこまで理解しているのかも怪しいので、改めて説明しておいた。
ただ、魔族で信用もいまいちだから一人で仕事を受けさせられない──というギルド側の言い分は黙っておいて、『どんなに実力があっても新人だから』って理由をでっち上げておいたけれど。
「──というわけで、今後は私が依頼を受けて、アルさんも一緒に行動することがギルド側からの指示でもあるんです。これはもう決定事項で、そうでなくちゃ仕事が受けられないんですからね!」
「俺が文句を言いたいのはそこじゃないんだよ!」
「……え? そうなんですか?」
私がちょっと意外に思っていると、アルさんは大きく頷いた。
「元からおまえと一緒に仕事するつもりだったんだから、一緒に依頼を受けろっていうギルドの言い分にも文句なんかねぇよ。けど、二人で仕事をして一人分の稼ぎにしかならないってのはおかしくね!?」
「仕方ないじゃないですか。だいたい蛍石級までは、どんな仕事だって一人でできるものばかりなんですから。ただ、ここから上のランクになると変わってきますよ。複数人で一つの依頼を受けても、みんながお腹いっぱいご飯を食べて、装備品や道具も十分に用意できるくらいの報酬がもらえますから」
その分、一人で解決するのが難しい仕事ばかりになってるけどね。
つまり、今の私が蛍石級なのは一人で活動しているからでもあるわけよ。
だいたいこのランクになれば、他の冒険者との縁も出来てきてパーティを組む仲間にも巡り会えるはずなんだけどさ。
あいにく私には、今までそういう縁に巡り会わなかったし……それになんとなく、自分の限界も見えてたの。
一人で生きていく分には、蛍石級で十分かなぁって。
でも今は、こうしてアルさんとパーティを組むことになってしまった。
しかも、私がパーティリーダーだ。
リーダーというからには、単に偉ぶっていればいいわけでない。パーティメンバーに十分な食事や寝床、装備を約束する責任も担う〝責任ある立場〟だ。
「いちおうアルさんは、今日、冒険者登録を済ませたばかりですから、本当は滑石級ってことになります。けど、私とパーティを組んだ以上、私と同等の実力がある冒険者と見られていますので、スタートから蛍石級になるわけですね」
逆に、アルさんが一人で依頼を受けるとしたら、一番下の滑石級の依頼しか受けられなかったというわけ。その場合、得られる報酬は子供のお小遣い程度ね。
つまりパーティを組めば、個々の冒険者ランクにバラツキがあっても上のランクにアップすることができる裏技もある。
まぁ、だからと言って個人の実力がいきなり上位ランクに匹敵する力に跳ね上がるわけでもないので、上級冒険者とパーティを組みメリットは、下級冒険者にはあまりない。
だって死ぬよ? 素人が、上級冒険者と一緒の仕事に挑んだとしても。
「そういうわけで、アルさん。まずは私たち、最低限文化的な生活が過ごせるだけの稼ぎを目指しましょう!」
「……まぁ、話はわかったけどさ」
一応の理解を示すアルさんだが、しかしその表情はまだ納得しきれていないっぽい。
「でもよ、蛍石級の依頼で得られる報酬が一人分の生活費だとしたら、他の奴らも飢えて死ぬんじゃね?」
「そこはアレですよ。一人でもできる仕事を二人でこなすわけですから、単純に労力は二分の一じゃないですか。例えば、十日かかる仕事も半分の五日で終わるってことになるでしょ?」
「……つまり、倍働けってことか……?」
「いぐざくとりぃ!」
「とんだ鬼畜企業だな!」
そうなのです。
冒険者稼業は、時にブラック企業も真っ青な労働環境なのです。伊達に『転落人生最後の職場』とか『命を切り売りする人生売買所』などと、影で噂されちゃいませんて。
まぁ、上手く立ち回ればそこまで劣悪なわけじゃないけどね。単に成功者と敗北者の落差が他所より大きいだけってことよ。
「ちなみに、ランクってのはどうやったら上がるんだ?」
「基本的に年に一度の査定で審査されます。前年の働きに応じてアップしたりダウンしたりですね」
「おいおい……一年も待ってらんねぇぞ?」
「あ、査定は全員一斉に──ですよ。確か、再来月には行われるはずですね。それまでにガンガン依頼を受けてこなしていけば、アップできるかもしれません」
「再来月か……」
それでもアルさん的にはご不満らしい。
「まぁ、こればっかりは我慢していただく他ないですね」
実は他にも〝特別昇給〟という制度があったりする。
ただそれは、ランク不相応の偉業を成し遂げたと認められる功績を残した場合にのみ、特例として査定の時期に関係なくランクアップできる制度なのよね。
その〝ランク不相応の偉業〟ってのが、確か三ランクくらい上の依頼内容と同程度の働きだったかしら?
蛍石級の三つ上というと石英級になるんだけど、それだと……討伐系ならコカトリスとかケルベロスとか、誰もが名前くらいなら知ってる怪獣を倒すことかしら?
うん、無理!
「やれやれ……意外と前途多難だなぁ。そういうことだったら、カンナ。やっぱりギルドに戻って、依頼を受けてこようぜ」
言うと思った。
けど、待ってほしい。
確かに冒険者ギルドはかなりのブラック企業だけど、私たちは──少なくとも私は、社畜に身を落としたりなんてしないっ!
「仰りたいことはわかりますけど、私たちは昨晩、森の中で野宿して今日の昼に町へ戻ってきたばかりですよ? しかもその後は真っ直ぐ冒険者ギルドに向かって、アルさんの冒険者登録の手続きを済ませたばかりじゃないですか」
「そうだけど……それで?」
それで? って……もしかしてアルさん、体力お化けなのかしら? 私はもうヘトヘトなんだけど。
まぁ、それを言ったって、私の体力が理由じゃこの人は「俺がなんとかするぜ!」とか言い出しそうね。
だから別の理由を挙げてみた。
「今からギルドに戻って仕事を受けても、達成できるのは数日後。おまけに、残っている依頼内容はこの時間まで放置されてる面倒なものばかりですよ。だったら今日は、焦らずに体を休めましょうよ。それで明日の朝一番でギルドに向かい、すぐに終わらせられる依頼を受けた方がいいですって」
「いや、でもな……」
「それにっ!」
それでもアルさんは駄々をこねそうだったので、私は語気を強めて割り込んだ。
「これから、ちょっと伺わなくちゃいけないとこがあるんです。だから今日は無理!」
「伺わなくちゃいけないとこ?」
「アンバーさんっていう、お世話になってる鍛冶師のところです」
「ほう、鍛冶師か。じゃあ、一緒に行こう」
「えっ、付いてくるんですか?」
よもや食いつかれるとは思わなかった。
「鍛冶師だろ? ものを作るとこって、ちょっと興味があるんだよね」
「なんとまぁ」
てっきり、食事以外には興味ないと思ってた。
まぁ、魔族の世界じゃ製造業なんてなかったでしょうし、好奇心がくすぐられるのも無理ないか。
「……じゃあ、一緒に行きます?」
「もちろん」
うーん、本音を言えば付いてきてほしくないんだけど、割と乗り気なアルさんを見ると断るに断れない……。
あ、でもアルさんが一緒なら、アンバーさんも少しは大人しくなってくれたりするのかな?
うん、それに期待しよう。
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