願いと借金と初めての仕事 3
思ったよりもリコリスとの話し合いに時間が掛かっちゃった。
冒険者ギルドの待ち合わせ場所に残してきたアルさんは、ちゃんと静かにしてくれていたかな──と、夢見た私がバカでした。
騒ぎになってる……。
それも、私が予想していた騒ぎよりも、斜め上を行く大騒ぎになっていた。
「アル! アル! アル!」
「アル! アル! アル!」
「アル! アル! アル!」
「アル! アル! アル!」
種族を問わず、性別を問わず、強面から綺麗どころまで、一人も洩らすことなく、その場にいる冒険者たちが拳を振り上げ、アルさんの名前でシュプレヒコールを起こしてた。
そして当のアルさんはというと、一段高い椅子か何かの上に乗って冒険者たちの声援に両手を挙げて応えてる。
しかも、魔族ということがバレないようにしていたはずのフードも外し、素顔を晒しているのだ。
なんでみんな、怯えたり逃げたりしないで、それどころか崇めて賞賛するような真似してんの?
私がいない間に、いったい何があった……?
って、呆然としてる場合じゃなかった!
「ちょっ、ちょっとアルさん!? なんですかこれ、何やってんですか!」
「おお、カンナ! 戻ってきたか」
人垣をかき分けて、なんとかアルさんのところまでたどり着けば、当のアルさんはご満悦といった表情で私を出迎えた。
「皆の者、我が朋友が戻った! これにて我はこの場を去るが、嘆くことはない! 我は必ずや戻ってくると約束しよう!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アルさんのセリフに、何故か熱狂する冒険者たち。
ごめんなさい、私にはまったくついていけません。
「では、さらばだ!」
アルさんがギルドの出口に向かって歩み出せば、ぶわっ! と取り囲んでいた人垣が割れる。まるでモーゼみたい。
アルさんは、そうしてできた道を雄々しく歩いていった。私も、訳がわからないながらもヘコヘコと背中を丸めてついていく。
「アル! アル! アル!」
「我らが英雄!」
「アル! アル! アル!」
「比類なき強者!」
「アル! アル! アル!」
「戦の神に愛された男!」
「アル! アル! アル!」
そうする間も、冒険者たちからアルさんを讃えるようなシュプレヒコールが巻き起こった。その合間に、なんだかアルさんのことを指してるとは思えない賞賛のセリフが差し込まれているのが、より一層不安を煽ってくる。
その声は、冒険者ギルドが見えなくなるまで耳に届いていた。
何あれ怖いんですけど……?
「いやあ、なかなか気のいい奴らばかりだな」
私の割とガチな怯えとは裏腹に、再びフードをかぶりなおしたアルさんは妙にご満悦だった。
「あの……あんまり聞きたくないんですけど、聞かないわけにもいかなさそうなんで、だから聞きますけど……いったい何があったんです?」
「いやあ、最初はちょっと、イキった野郎に絡まれただけだったんだがな──」
話を聞けば、きっかけはよくある新人いびりみたい。ちょっと実力が付いてきた三流冒険者が絡んできたので、アルさんは大人の対応で軽くあしらったようだ。
まぁ、その大人の対応というのがどういうものか──なんて聞くのは、野暮ってものなんでしょうね……。
ともかく、アルさんとしては穏便な方法で対応したつもりだったのに、何故かその後も次々と冒険者たちから勝負を挑まれ、最終的には挑んだ冒険者を一人残らず戦意喪失させたら──私が戻ってきた時の状況になってしまったということらしい。
「うーん……?」
なんだろう、話を聞く限りではあんな騒ぎになりそうな要素なんてどこにもないんだけど……なんか引っかかる。
「ちなみに、挑んできた冒険者ってどんな連中だったんです?」
「どんな……って、あんま印象にないな。全員、似たり寄ったりで。強いて言えば……白銀の全身鎧を着込んだ獣人の戦士が率いていたパーティが、他よりちょっとだけマシだったかな?」
「それだぁっ!」
このケテルの町の冒険者ギルドで、白銀の全身鎧を着込んだ獣人の戦士が率いるパーティと言えば、〝白狼の牙〟っていうトップチームに違いない。
主に討伐系の依頼を引き受ける戦闘特化のパーティで、実力で言えばこの町の──ひいては全国の冒険者ギルド内でも十指に入る精鋭チームと言われている。
しかも! 単に腕っ節が強いだけでなく人としても優れているようで、王国騎士団から盛んに勧誘を受けているって話を聞いたことがある。
だが、「王国の剣が届かぬ民のために、僕らは戦います!」的なキラキラ理由で騎士団への加入を辞退し、冒険者を続けているらしい。
そんな人たちのパーティが、アルさんに挑んだ……?
ふむ……つまり、こういうことかな?
最初はアルさんの話にあるように、イキった三流冒険者を軽くぶっ飛ばしたことが発端だったんでしょう。
けど、三流冒険者は身の丈以上のプライドを持ってるのが世の常なので、それで引き際を見誤り、仲間を集ってアルさんに襲いかかったんでしょうね。
そこに白狼の牙も居合わせていて、仲裁しようとしたのか、はたまたアルさんの懇切丁寧な説得を止めようとしたのか、結局一緒くたにされてあしらわれてしまった──と。
そりゃあ単身で精鋭パーティを含む冒険者たちを圧倒しちゃったら、強さに憧れる連中からは尊敬の念を集めるわ。
そういうところは、なんとなく魔族の強弱関係に似てるわね……。
もともと魔族の王だったアルさんのカリスマは、そりゃあ力に憧れる連中を容易く魅了しちゃうのかもしれない。
なんというタチの悪さかしら!
「なんでアルさんは大人しくしてられないんですかねー……」
「おいおい、ちょっと待てよ。なんで俺が悪く言われてんの!?」
「別に悪くはないですけど、話を聞く限りでは、アルさんが説得した相手の中に、この町一番の実力者が含まれてたっぽいですよ。それが後々のトラブルにならないことを、私は祈るばかりです、ええ……」
「おい、やめろ。そんなフラグを立てるようなことを言うのは」
「別に私だってフラグを立てたつもりはないですよ」
……ないですからね?
いやホントに!
「……あれ? そういえば、魔族特有の髪を晒していても怯えられたり身バレしたりしてませんでしたね? そこも何かやったんですか?」
「それな」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、ドヤ顔のアルさん。
「最初はちょっとざわついたんだが、そのとき俺は発想を逆転させたんだよ」
「ほほう?」
「この髪の色こそ染めている──ってことにしたわけだ。なんかあいつら、強さに憧れがあるっぽいから『魔族の強さにあやかっているのだ!』って言ったら『おおっ!』って感心された」
「………………」
冒険者って、バカばっかりなの……?
今後、魔族っぽい髪型や化粧とかすることが、冒険者の間で流行ったりしないわよね?
私、嫌だからね? アルさんの二つ名が『冒険者のカリスマファッションリーダー』とかになるのは。
恥ずかしくって、一緒にいられない!
「それよりカンナ、これで俺も晴れて冒険者だろ? とりあえず依頼を受けて、さっさと金を稼ぎたいんだけど」
「そうですね──って、アルさん。ごくごく自然に、私と依頼と一緒に依頼を受けようとしてます?」
「えっ? 俺一人で受けていいの?」
おや? アルさんったら、最初から私と一緒に仕事をするつもりだったのね。
それなら、この機会にリコリスから言われたことをアルさんにも伝えておきましょう。
「そのことなんですけど、当分はアルさん主導で依頼を受けることができません。上から、そういうお達しがありました」
「え、そうなの? まぁ、別にいいけど」
「いいんですか?」
「別に冒険者の仕事なんてどれも似たり寄ったりだろ? そもそも、俺はおまえの仕事を手伝うって約束してるし」
なんと律儀な人でしょう。
ちょっと私、感心しちゃったわ。
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