願いと借金と初めての仕事 2

「アルさんが実際に悪さをするような人じゃないとしても、魔族を相手にどうしてそこまで信用するようになったのよ?」


 そりゃあ、私には世界図鑑アカシックレコードがありますからね。知りたいと思う対象のことなら、リコリスの解析アナライズなんて比べものにならないほど深く細かく知ることができるんですもの。


 でも、アルさんが特殊すぎる世界創造デミウルゴスを公表しないように指示したように、私自身も世界図鑑については秘密にしてある。冒険者登録するときも、無回答で押し通した。


「あのね、リコリス。私から言えることは、とってもシンプルなの。『アルさんを怒らせるな』。ただこれだけ。そうすれば、万が一のことなんて起こらない。それどころか、ギルドの歴史に名を残すような活躍を見せてくれるかもよ?」

「……………………はぁ」


 私の言葉に何を思ったのか、リコリスはしばらく黙って睨んできたけど、我慢してにらみ返していたら根負けしてくれたみたい。諦めたようなため息を吐いて俯いた。


「わかりました、彼については……まだ全幅の信頼を寄せることは難しいけれど、あなたに免じて、その登録内容で通しましょう。いいわね?」

「いいも悪いも、そうしてよ」

「わかりました。では、ギルド長にはそのように私から話を通しておくわ。それでもあなたや彼を呼び出すことになるかもしれないので、そのときは素直に応じてちょうだい」

「まぁ、そのくらいはしょうがないわね。わかったわ」

「それじゃその登録書類、返して。後は処理しておくから」

「はいはい」


 やれやれ……これでホントに、アルさんの冒険者登録に関するあれこれは終わりってことでよさそうね。

 予想以上に面倒だったわ……。


「それじゃカンナ、これからはあなたがパーティリーダーとして彼と一緒に頑張ってちょうだい。彼一人での依頼受領は、規定通り認めませんから」

「はいは……はぁ!? え、何それ?」


 パーティリーダー?

 私が?

 しかも、一緒に頑張れってことは……アルさんの仕事も私が受けて一緒にこなすってこと?

 なんでそうなるの!?


「ちょっと、勝手に決めないでよ! 私は別に、アルさんとパーティを組んだわけじゃないんですけど!?」

「ん」


 私が抗議の声を上げれば、リコリスはアルさんの冒険者登録用紙を掲げて〝その他特記事項〟の箇所を叩いた。

〝冒険者カンナとパートナー契約締結〟と書いてあるけど……って!


「ぱっ、パートナー契約でしょ!? パーティ契約じゃないわよ!?」


 通常、ここに書かれる〝パートナー契約〟とは、ごひいきにしているお店の名前を書くことが多い。いわゆる鍛冶師や道具屋、商会など、冒険者が仕事をする上で必要な道具を調達する店舗名あるいは店主名を書くわけよ。

 そんなもん、好きなとこで買えばいいじゃん──って思うかもしれないけど、それなりに腕が上がってくれば生産系の知り合いが増えてくるのも、わかるでしょ?


 そういう横の繋がりを、特記事項として記しておくの。

 なんでそんなことをするのかと言えば、いわゆる広告収入になるからなのよ。

 たとえば、複数の冒険者が特定のお店の名前を挙げていれば、新人冒険者にギルド側から「同業者はこういうお店を使ってますよ」と紹介しやすくなる。


 また、ギルドは多く名前が挙がってるお店に対して「うちの冒険者がお世話になってます」的なアプローチをしておくことで、その店を訪れる冒険者にサービスするようにお願いしたりする。

 もちろん、お店側だってギルドから新規顧客になるかもしれない新人冒険者が紹介されるわけだから、十分な見返りがあるわけだしね。

 上手いこと持ちつ持たれつの関係を築いてるなぁって思うわ。


「特記事項には、固定パーティのメンバー名も書くでしょ? ああ、あなたは単独冒険者だから知らないんだっけ?」

「いや、知ってるけど……」


 冒険者間のパーティ編成は、基本的に固定だ。同じ依頼に対して複数人を募集している依頼でも、見ず知らずの他人が同時に申し込むのはギルド側で禁止している。不要なトラブルを避けるための措置ね。

 そもそも、よっぽどの緊急事態──怪獣が複数で町に襲いかかってきた、とか──でもなければ、赤の他人を組むことなんてあり得ない。非効率以前に、仲間割れの可能性が極めて高くなるからだ。

 だって、冒険者って個人主義者ばっかりなんだもん。

 だからパーティを組んでる人は、特記事項に〝○○とパーティ契約締結〟と書いておくことを推奨しているのだ。


「でもほらそこ! パーティじゃなくてパートナーでしょ!? 違うじゃん!」

「三人以上ならパーティ契約って書くけど、あなたたちは二人でしょ? 二人だったら、パーティっていうよりパートナーって感じじゃない」

「いや、そうだけど! そうだけど、それとこれとは違くない!?」

「違くありません。冒険者ギルド副長が言うのだから間違いありません」


 こ……この二百歳超えの老獪エルフめ……! やっぱりこういう腹芸を仕込んでいたわねぇっ!


「職権乱用だ! 横暴だ!」

「だまらっしゃい! この書類で登録するって言ったでしょう? 中身を見て、それで了承したのはあなたなんですからね」


 ぐ……っ! それで、本来は非公開の登録用紙を私にあっさり見せたってわけね……!

 なんという策士!

 策士リコリス!

 ちっとも笑えないわ!


「というか、これくらいは受け入れてちょうだい。冒険者ギルドの副長というよりも、友人としてのお願いよ」


 私が「ぐぬぬっ!」と唸っていれば、リコリスが優しい声でそんな諭すようなことを言ってきた。


「あなたがアルさんを連れてきたんだから、ちゃんと面倒みなさい」


 ちょっと待って!? なんで私、拾ってきた野良猫をほったらかしにして親に怒られる子供みたいなことを言われなくちゃならないの?


「たぶん……彼と上手く付き合えるのはあなたしかいないと思うのよ。それとも、あなたでさえ彼とパーティを組むのは嫌なの?」

「うぬー……」


 そりゃあ、出会った直後なら被せ気味に「嫌っ!」って言ってたかもだけど、塩と胡椒を降っただけのオーク肉を「美味い」と言って嬉しそうに食べてる姿を見た後だとさあ……アルさんが人族の社会の中での地位を築くまで、付き合ってもいいかなって思っちゃったのよね。


「わかったわよ……しばらくの間は、一緒に仕事すればいいんでしょ。でも! 一生は嫌だからね!? あと! 暇なときはリコリス、あなたも付き合いなさいよ!」

「はいはい、わかりました」


 はぁ~……なんだかリコリスに、いいように弄ばれた気分。私だって、いいように扱われたらいい気分はしないわ。

 さっさと帰って、美味しいものでも食べにいこ。


「あ、そうだカンナ」


 話が終わったので帰ろうとしたら、ふと思い出したようにリコリスが声を掛けてきた。


「これ以上は譲歩しないからね!」

「違うわよ。あなたに伝言があったのを思い出したの」

「……伝言?」


 私に? 誰から? えー……冒険者ギルドの副長に伝言するような、親しい冒険者仲間なんて思い当たらないんだけど?


「ええとね……『帰ってきたら店に顔を出せ』って、鍛冶師のアンバーさんが」

「うげ……」


 鍛冶師のアンバーさん、か……。

 そっかー……そうよねぇ。無事にケテルの町に戻ってこられたんだから、アンバーさんのとこにも顔を出さないとマズイわよねぇ……。

 えーっ、やだー。


「じゃ、ちゃんと伝えたから。逃げちゃダメよ」


 私が渋い顔をしていたからか、リコリスが楽しそうに釘を刺してきた。

 おにょれ、老獪なおっぱいエルフめ……!

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