願いと借金と初めての仕事 1
すったもんだはあったけど、アルさんの冒険者登録が無事に終わってよかったよかった……とは、なりませんでした。
アルさんとリコリスの模擬戦が終わった後、これ以上の悪目立ちは避けるためにもギルドからさっさと退散しようと思っていたけれど、なんのつもりか私の方がリコリスに呼び止められてしまいましたとさ。
まったく、なんということでしょう。
このおっぱいエルフ、私だけを呼びつけるということは、裏を返せばアルさんを一人にするってわけだ。
それがどれだけ危ういことか、ちゃんとわかってるのかしらね。エルフは見た目が若くても長命種だから、もしかしてボケちゃってる?
おばあちゃん、ご飯はさっき食べたでしょ。
「カンナ、あなた何か失礼なこと考えてない?」
おっといけない。不本意な呼び出しを受けたものだから、思わず梅干しを口に含んだような顔になってたわ。
ええ、ええ。どんなに乗り気じゃなくても、自分が所属するギルドの副長から直々に呼び出しを受けたら応じますとも。
だって私、大人だもん。
「失礼なことなんてそんな。単に、おっぱい大きいと肩こりもひどいのかなぁって、よくある話の真偽を考えていただけよ」
「肩こりよりも、足下が見えない方がキツイわね」
「………………」
くっ、さすがリコリス。そこいらのエルフならセクハラ発言の一つで耳の先まで真っ赤になるのに、余裕の笑みで受け流してみせたわ。
さすが、荒くれ者たちが集う冒険者ギルドの副長だけのことはある。私の挑発を軽やかにスルーするどころか、巨乳あるあるを使って「あなたにはわからないでしょうけどね、うふふ」と、言外に煽り返してきやがりましてよ。
おーけーわかった、わかりました。
ここは素直に負けを認めましょう。
たとえおっぱいがちっちゃくたって、心の広さでは負けないもん。
……負けないもん。
「それよりも、あなたが連れてきた魔族の……ええと、アル・ヴァースさん? 彼について、あなたに言い渡しておくことがあるわ」
「アル・ヴァース? ちょっとごめん、彼の登録用紙を見せてもらえる?」
普通はそんな個人情報を、知り合いだからって簡単には見せたりはしない。せいぜい、肉親からの申告があった場合に本人の同意があって開示されるものなのよ。
けれどリコリスは、あっさりとアルさんの申込用紙を私に見せてくれた。
今は有り難いから何も言わないけど、なんであっさり見せたんだろう?
まぁいっか。
今は、聞き覚えのない名前の確認をしなくちゃ。
それでリコリスから渡された登録用紙に書かれてあったのは、本人からの自己申告によるアルさんのプロフィールだ。筆記はリコリスが行っている。人によっては文字が書けないからね、書ける書けないの確認を毎回するのも面倒だから、受付嬢が代筆してるってわけよ。
だから、ここに書かれてある内容はアルさんの申告をリコリスが書いたものになる。
リコリスが書いたってことは、真偽を見抜く〝
だってねぇ、新規冒険者の登録受付はリコリスの専属業務じゃないもの。他の受付嬢だっているわけだし、その人たちが全員、解析の能力を持ってるわけじゃない。
だから、ここに書かれてあるのは、基本的に本人の申告内容に沿ったものってことになる。たとえ嘘を吐いていたとしても、普通だったらスルーしておしまい。いちいち気にしてたら冒険者への登録者なんて激減するわ。多かれ少なかれ、冒険者になろうって人は脛に傷持つ身ですからね。
そんなわけで、アルさんの登録用紙にある各種記入項目への申告内容は、次のようになっていた。
名前:アル・ヴァース
性別:男
年齢:二百十八歳
種族:魔族
出身地:魔大陸
家族構成:──(無回答)
魔法適性:あり
希望する職業:戦士
得意武器:素手
得意分野:なんでも
実戦経験:あり
特殊能力:──(無回答)
その他特記事項:冒険者カンナとパートナー契約締結
なるほど、アルさんは冒険者用の名前としてアル・ヴァースにしたわけね。
そりゃ本名であるアルフォズル・ニルヴァースだとマズイか。どこから漏れて勇者とかの耳に入り、元魔王とバレるかもわかんないしね。
しっかし、それ以外の内容が……特に、自分の技能や能力に関するとこが適当すぎっていうかなんというか……うぅ~ん……。
「それ、ほとんどデタラメでしょう?」
私が渋い顔をしていたからなのか、リコリスがずばりと切り込んできた。
「性別とか種族とかは本当だろうけど、まず名前からして偽名みたいだし、希望職業が戦士なのに得意武器が素手って意味がわからない。せめて片手剣とでも言いなさいよ」
ですよねー。
私もおんなじこと思ってました。
まぁ、名前に関しては解析で嘘だとわかったんでしょうけど、リコリスが言うように、それ以外のとこも嘘っぱちでしょうね。何も考えてないのがよくわかる。
でも、それを私が認めるのは、なんか違う。
だからここで、下手に出たり卑屈になったりしちゃいけない。
「別にいいでしょ、デタラメでも」
私は強気の態度で言い返した。
何しろここは、冒険者ギルド。生き馬の目を抜く魔窟とさえ言われている。
そして相手は、齢二百年を超えるロリバ──こほん、妙齢のエルフにしてギルドの副長だ。
隙を見せたら、どんな不利益に繋がることを約束させられるのか、わかったもんじゃないわ。
「ひどい人になると、性別まで嘘って人もいるじゃない。そういうのでも問題にしないんだから、アルさんだけ問題視したり……しないわよね?」
うん、無理! 私に強きな態度で駆け引きするなんて真似はできませんでした! 最後の最後で不安になって、ついつい窺うような態度になっちゃった。
「問題視しない──と、思う?」
「うん、思う!」
せめてもの抵抗として、明るく元気に断言してみた。
「何しろ相手は魔族ですからね。やっぱり嘘を吐かれると気になるのよ」
「ちょっと! 私の返事を無視しないでくれる!? せめて否定なりなんなりのアクションが欲しいんですけど!」
「彼に関する正しい情報が少しでも欲しいの。彼が話さないなら、あなたからいろいろ教えてもらえない?」
「………………」
むぅ……リコリスったら、珍しくマジモードじゃない。こっちの軽口にちっとも付き合ってくれない。
「そんなに知りたかったら、直接本人に聞けばいいんじゃない?」
仕方ないから、私も真面目に答えることにした。
……真面目よ? これが真面目な答えなんだから。
「それで正直に話してくれる? 下手なこと聞いて、寝ている剣虎の尾を踏むような真似はしたくないのよ」
「私としては、リコリスがビビりすぎって感じ。いつも通り、普通に冗談を交えて会話すればいいのよ。ああでも、あの人に女の武器は使わない方がいいかも。なんとなく、そういうので機嫌を損ねそう。あと、賄賂とかもやめた方がいいかもね。そういう小細工は嫌いだと思うわよ?」
何しろ、あの人は持ってる能力が小細工が通じないものですから。
下手な小細工はアルさんだって取らないだろうし、相手がコソコソするのはうざったく思うかも。
おまけに元魔王で、裏切りや騙し合いが日常茶飯事だって聞く魔族の社会で生きてきたこともある。
私が思うに、魔族の信用を勝ち取るには素直さが一番なんじゃないかな? まぁ、それでも相手が?信用を欲しているなら?って前提が付くけどさ。
「私としては、あなたの無警戒っぷりが怖いわ」
そう考える私に、リコリスはダメだししてきた。なんでよ。
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