冒険者ギルドへ 3

「では最後に、簡単な模擬戦を行っていただきます」

「えっ!?」


 と、驚きの声を上げたのは俺じゃなくてカンナの方だった。


「ちょっ、ちょっとリコリス。模擬戦って何? アルさんを戦わせるつもり?」

「ええ、そうよ」

「普通、そこまでしないじゃない。軽い講習だけで──」

「ちょっとカンナ。ちょっとこっちにいらっしゃい」

「何よ」


 おやおや? なんですか、女同士の内緒話ですか?

 なんだか漏れ聞こえてくる会話だと、リコリス嬢が「実力を知らないと」とか「抑えるために」などと言ってるようで、それに対してカンナは「無意味」とか「無理」などと否定的なことばかり言ってるようだ。

 そんな平行線を辿ってるような二人の会話は、ついには決裂した──というか、カンナが妙にぷりぷり怒って終わりを告げた。


「アルさん! こうなったらもう、現実が見えてない頭の固いエルフに、触れちゃいけない深淵があることを思い知らせてください!」

「おまえ何言ってんの?」


 ちょっと待って、模擬戦の話だよね? 触れちゃいけない深淵ってなんだよ。


「それでは参りますよ。召喚サモン!」


 リコリス嬢の掛け声と共に地面が盛り上がり、俺の目の前に岩で出来た頑強そうな巨人が現れた。

 初めて見たが、これが召喚魔法ってヤツか。

 確か、各種属性の精霊に自分の魔力を分け与えて使役する魔法だったよな。行使するためには、それなりに大量の魔力が必要だったはずだ。

 その威力は術者の魔力量に比例するらしいから、目の前に現れた岩巨人の背丈は俺の倍以上あるから、相当なもんだと思う。


「すげえ。さすがギルドの副長だな」


 その肩書きは伊達じゃなかったと俺が感心していれば、岩巨人が両手を組んで振り下ろしてきた。

 あまりにも突然のことなので、避ける暇もない。振り下ろされた一撃は俺に直撃し、濛々とした砂塵を巻き上げた。


「ちょっ……アルさん!?」

「なんっ……ゲッホ、ゲッホ……なんだよ」


 砂塵の真っ只中にいるのに、いきなり呼ばないでほしい。返事をしようとして砂を吸い込み、ちょっとむせてしまった。


「え……?」


 と、驚きと戸惑いの声を上げたのはリコリス嬢だった。


「あ、あの……砂塵のゴーレムはどこに……?」

「え?」


 砂塵のゴーレム? ああ、召喚した岩巨人のことか。


「俺の領域に触れたから消えたんじゃないか?」

「領域……?」

「ああ、えっと……」


 いったい何があったのかといえば、すべて俺の能力、世界創造デミウルゴスの仕業だ。

 この能力、自分から距離が離れるほど出来ることは限られてくるし意識的に操る必要もあるんだけど、ほぼゼロ距離なら無条件で常時発動してるんだよね。

 特に、俺が怪我しそうな攻撃を受けると、逆に攻撃してきた方を跡形もなく消滅させちまうんだよな。意識していれば問答無用で消し去ったりはしないけど。


 ──ってことをね、説明するには世界創造の能力を話さなくちゃならないんだよ。

 でもカンナからは、あまりひけらかすなって感じの忠告も受けてるし、話したくないな。


「た、たぶん、制御がちょっと甘かったんじゃないかな? よくわかんないけど! それよりほら、模擬戦をするんだろ? 何を相手にすればいいのかな!」


 世界創造のことを誤魔化すために話題を本題に戻してみたけれど、何故かリコリス嬢は地面に膝を突いてうなだれて、ぷるぷると肩を震わせていた。


「ぷっくくく。アルさん、ナイスです。それ、ものすっごい煽り文句ですよ」

「いや別に、煽ってるつもりなんてないけど……」

「だって、今の砂塵のゴーレムが模擬戦相手だし、リコリスの必殺だったんですから」

「……え?」


 嘘だろ? あんなお人形が冒険者ギルド副長の必殺? しかも模擬戦の相手?

 おいおい……どんな戦い方を見せりゃ良かったんだよ……。


「さっきの砂塵のゴーレムですが、なんでもその昔、反乱した鬼人族の砦を単騎で壊滅させたそうですよ」

「へぇ」


 鬼人族ってあれだろ、頭に角を生やした種族だよな。確かに鬼人族一人で平均的な人族千人分の戦力らしく、一騎当千ならぬ〝一鬼当千〟とか例えられてるよな。

 でもまぁ、それだけだし。

 そいつらの砦くらいなら、魔族なら誰だって一人で落とせるんじゃないか?


「あ、はい。例えが悪かったですね……」


 何故、解脱しきったような目で俺を見るんだ。


「ねぇ、リコリス。これでわかったでしょ? 人にはね、理解できる範囲ってものがあるの。その範囲から大きく逸脱していれば、理解できないのも当然でしょ? 大丈夫、あなたは良くやったわ。ちゃんとわかってるから」


 俺が愕然としていると、カンナがうなだれているリコリス嬢に慈愛に満ちた聖母の如き眼差しを向けて慰めていた。


「優しくするなバカ! ちょっとカンナ、あなたなんてモノ連れてきたの!? どうするのよコレ!」

「モノ? コレ?」


 いったいなんのことを言ってるのかわからず口に出したら、リコリス嬢が「ヒッ」と短い悲鳴を上げて俺の目の前に土下座してきた。


「すみません、口が滑りました! 数々のご無礼、心よりお詫び申し上げます!」

「えぇ~……」


 おかしい……エルフってのは誇り高くて冷静沈着な種族じゃなかったっけ?

 それがなんで、出会った頃のカンナと同じことをしてるんだ……?


「とっ、とにかく冒険者登録の件、確かに賜りました! 会員証の発行その他の手続きに移らせていただきますので、後日改めてご連絡差し上げたいと思いますので、今日はこのままお帰りいただいて結構です!」

「お、おう……」


 なんだかよくわからんが……これで俺も、晴れて冒険者の仲間入り──ってことで、いいんだよな?


「よかったですね、アルさん。ほら、私に任せて正解だったでしょ?」

「……ホントにそうかぁ?」


 確かに冒険者ギルドに入会できたけど、カンナの功績ってわけじゃないと思う。

 むしろ、こいつのせいでいろいろ拗れた気がするんだが……まぁ、いっか。

 終わりよければすべてよしってことにしておこう、うん。

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