冒険者ギルドへ 2

 そういうわけで、俺はカンナとともに、リコリス嬢の案内で個室へと移動した。

 そこは、個室と言うにはあまりに広い無骨な部屋だった。地面は砂を踏み固めたような野ざらしで、壁はなんだか堅そうなレンガっぽいもので囲まれている。おまけに、駆けずり回れるほどの広さもあった。

 椅子やテーブルなどはなく、なんというか個室と言うよりも武芸の訓練場みたいな印象を覚える。


「本日、ギルド長は中央での総会に出席しているため、私が変わりにお話を聞かせていただきたく思います。さっそくで申し訳ございませんが、魔族の貴方がどうして人族の世界で冒険者になろうと考えたのですか?」

「……え? もしかしてこれ、面接?」


 よもや動機を聞かれるなんて思ってもみなかったので、俺は思わず隣のカンナに話しかけていた。


「アルさん、空気読んでください」


 いや、空気を読んだから聞いてみたんだけど。

 だってこれ、いろいろおかしくない?

 冒険者になるのに面接って必要なんだろうか? そもそも冒険者の仕事内容的に、なんというか他の職にあぶれた荒くれ者たちが最後に行き着く砦って印象だったんだが……。

 俺としては、手に職を持ってるなら、命を落とす危険な冒険者稼業より安全で安定した生産職の仕事をしてた方がよっぽどいいと思う。


 それでも冒険者になるのは、腕っ節にしか取り柄のない奴か一攫千金に望みを繋ぐ借金まみれの穀潰しか、あるいは自分を特別視しちゃって英雄にでもなれると勘違いしちゃってる夢見がちな奴だろう。


 そういう奴らが落ちる先にあるのが冒険者だと思ってたんだが……まさか面接までしてふるい落としに掛けられるとは思ってもみなかった。

 うーん……これは正直なことを言うよりも、面接官受けする答えの方がいいのかね?


「御社の主要業務である怪獣の駆除、資材の採取、要人警護の任務に、わたくしの経験を活かして皆様に貢献できると考えたからです!」

「………………」


 明るく元気で爽やかに答えたつもりなのに、リコリス嬢は黙したまま胡乱な目を──何故か──カンナに向けた。


「アルさん。ちょ~っと、アルさん? こっちに。いいからこっちに来てください。リコリス、ちょっとごめんなさいね。おほほほほ」


 リコリス嬢に愛想笑いを向けて、俺はカンナに腕を捕まれてグイグイ引っ張られた。なんだなんだ。


「アルさん! そんなヘッタクソな面接の応答みたいな態度を取らなくていいです! リコリスには下手な嘘なんて通じませんから!」

「え、そうなの?」

「彼女には解析アナライズがあるんです。相手の正体を見抜く能力です」


 ほほう……それでリコリス嬢は俺が目深にフードをかぶっていても魔族だって気づいたのか。


「……ってことは、俺が元魔王だって気づかれるんじゃね?」

「そこまでの能力じゃありません。嘘やごまかしが通じない程度です。ここで彼女が確認したいのは、本当になんで魔族が冒険者になろうとしているのか? っていうアルさんの本心なんですよ」

「やっぱ面接ってことじゃん」

「普通はないんですけどね……。でも、アルさんは魔族じゃないですか。魔族の悪評は今さら言うまでもないことですよね? そんな魔族がわざわざ人族の領土にやってきて、冒険者とはいえ普通に働くってのは、一概に信じられないものなんですよ」


 おおう。

 魔族の悪評は自覚してたけど、そこまでヒドイものだったのか。ここまでくると、同族として情けないやらみっともないやらで恥ずかしくなるな……。

 でもまぁ確かに、最初は親しげな態度で近づいて、隙を突いて寝首を掻く──なぁんてやり方も魔族の常套手段の一つだ。

 カンナの時にも思ったが、やはり信頼を得るのは難しいもんだね。


「そういうわけで、アルさんはリコリスの質問に正直に答えればいいですから。下手に取り繕ってもキモいだけで得はありませんよ」


 キモいて……なんだかカンナから向けられる態度が、日に日にひどくなってる気がするんですけど? ちょっとその辺りのこと、今度じっくり話し合いの場を設けるべきかもしれん。

 まぁ、今はこの面接を無事に乗り切ることが先決だな。


「ええと……俺が冒険者になろうと思ったのは、金を稼いで美味しいご飯を食べたいからだよ」


 相手にこっちの真偽が見抜かれるなら、態度を取り繕っても意味がなさそうなので、口調もいつも通りに戻してみた。


「ご飯……ですか?」


 正直に答えたのに、何故かリコリス嬢の表情は、ますます困惑の度合いを深めていった。


「え、ええっと……それなら、冒険者にならずとも人々を襲って金銭を奪い、それで食事をなさればよろしいのでは?」

「それな」


 はいはい、わかるわかる。

 それは確かにね、手っ取り早いと思うし魔族らしいやり方だと思いますよ?

 けどさ、それは短期的にはいいかもしれないけど、長期的に見ればどうだろう。

 食事ってのはさ、生きてる間、ずっと行うものだろ? そこいらの人族を襲って金を奪えば、お尋ね者になっちゃうじゃないか。

 お尋ね者になったら、四六時中追われる身になるってことだし、そうなると、美味しいご飯をゆっくり静かに食べられなくなると思うんだよね。


「人族の場合、襲った後が面倒だろ? 買い食いも酒場での飲み食いもできなくなりそうだし」

「だから、稼ぐために冒険者になりたい──と? 他の仕事ではダメなのですか?」

「そこはほら、カンナから聞いた冒険者稼業が俺の性に合ってるみたいだから。他の仕事っつっても、何か作ったり考えたりするのには向いてなくてね」

「……どうやら、嘘は吐いてないようですね……」


 お、さすがは〝解析〟の能力を持ってるだけはある。俺の話を素直に信じてくれた。


「つまり貴方は、人族に害を為すつもりはない──と?」

「そりゃ相手次第だなぁ」


 魔族の悪評はよくわかったし、俺が魔族ってことで突っかかってくる奴はいるかもしれない。

 けど、そんな相手の都合だけで一方的に殴られるのはゴメンだからな。襲われたら、然るべき対処はするつもりだ。


「まぁ、鏡みたいなもんだと思えよ。善意なら善意を、悪意なら悪意を返すまでさ」

「……そうですか」


 これで面接は終わりかな? リコリス嬢の様子が変わった。俺としては、聞かれたことに嘘偽りなく本音で返したつもりなんだけど……さて?


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