冒険者ギルドへ 1
「おー、ここが人族の町、ケテルか」
カンナと出会った森の中から半日、俺はついに人族の町にたどり着くことができた。
予定よりも半日ほど早いが、そこにはちゃんと理由がある。
「途中で行商の馬車に拾ってもらえたのは、運が良かったですね」
カンナが言うように、幸いにも俺たちはケテルの町に向かう行商に遭遇したのだ。
まぁ、行商も商品や何やらを大量に積み込んでいて最初は渋ったもんだったが、礼として昨晩食べたオークの毛皮を譲るって言ったら、あっさり手の平返してくれたっけ。
「やっぱり、昨晩オークを仕留めておいて良かったな」
「ですねー。でも、全部あげちゃってよかったんですか?」
「ん?」
「町で売れば、お金になったのに」
「あー……金ねぇ」
魔族社会で生きてきた身としては、いまいち金の有り難みっつーか大事さがわからん。
いちおう、人族の社会の中では必要不可欠で大事なものってのは理解してるんだけど。
「お金は大事ですよ」
カンナに胸の内を正直に打ち明けると、そんなセリフが返ってきた。
「アルさんにもわかりやすく言えば……そうですね、人族にとってのお金とは、魔族で言うところの武力みたいなもんです。貨幣という武器の量で優劣を決めるんですよ」
「そうなん?」
「そうですよ。多くを持っていれば強くて、少ないと弱い。すべて失ったら首をくくるか奴隷に身を落とすわけですからね」
「ははーん。やり方は違えども、人族も魔族とは根本のとこで変わらないってわけか」
「まぁでも、お金を稼ぐ方法はいくらでもありますから。腕力に自信がなくても、上手く立ち回れば強くなれますし」
なるほどねぇ……。
つまり、今現在で無一文の俺は、人族の社会では最底辺の弱さってことになっちまうのか。行商にオークの毛皮をまるっと譲っちまったのは失敗だったか……。
うーん、こりゃちょっとは本気で金策に励んだ方がいいかもしれんな。
「まずは冒険者ギルドってとこに登録しに行くか」
「そのことなんですけど、アルさんはホントに冒険者でいいんですか?」
おや、なんだかカンナが妙なことを言い出したぞ。
「いやだって、おまえの手伝いをするって言っただろ? だったら同じ冒険者の方が都合もいい」
「それはそうなんですけど、アルさんには
「能力はなるべく使うなって言ったじゃん……」
「それは
「そういうもんか?」
カンナの判断基準はよくわからんが、そういう使い方に問題がないとしても、あんまりピンとこないなぁ。
それはたぶん、俺が魔族だからだろう。物作りは苦手なんだよな。
「まぁ、ここは初志貫徹でいこう。それに、人族の社会で魔族が選べる選択肢なんて多くないだろ?」
「あー……かもしれません」
そうだろうそうだろう、俺にだってちゃんとわかっているのさ。魔族が人族の社会で生活していくのが大変だってことは。
何しろ魔族は、他種族にしてみれば恐怖と破壊の別称みたいな存在だ。種族としていろいろやらかしてるもんだから、同じ魔族の俺が安全か危険かなんてわかりゃしない。
わかんないなら、これまで語り継がれている魔族の凶暴さを加味した上で討伐しとこうって思うだろう。
まぁ、だからといって俺が卑屈になる理由にはならないわけで、降りかかってくる火の粉は丁寧に払いのけさせていただきますけどね。
そういう意味でも、冒険者って立場は悪くないと思ってる。
カンナの話を聞く限りだと、冒険者の仕事は──
一、怪獣の討伐。
二、資源の採集。
三、護衛。
って感じのが主な仕事内容らしい。
うむ、実に魔族向きだ。
俺が人族の社会で生活していく上で、金を稼ぐにはやっぱり冒険者稼業が一番向いている気がする。
「それじゃ、冒険者ギルドに行きましょうか」
そういうわけで、俺はカンナの案内で冒険者ギルドにやってきた。
そこは周囲の建物よりも倍以上大きい建物だった。一階から二階部分は石造りで堅牢そうだが、三階から上は木造でできている。
「話は私が通しますから、アルさんは静かにしててくださいね。勝手に歩き回っちゃダメですよ? 全部、私に任せてください。上手くいきますから」
「わかってるよ」
なんだかカンナのセリフは、小さな子供を引率してるみたいだ。いくら俺だって、初めてのとこでフラフラ勝手に歩き回ったりしない。
とは言っても、見るものすべてが珍しく、キョロキョロしてしまうのは勘弁してほしい。
冒険者ギルドの入口を開けて中に入ると、そこは広いホールみたいになっていた。壁には依頼内容が張り出された掲示板があり、多くの冒険者がその内容を吟味している。
その冒険者も、純然な人族だけでなく、エルフやドワーフ、獣人も混じってる。ただ、やっぱり魔族らしき人影はない。
後は入口右手側には立ちテーブルが乱雑に並んでいて、どうやらそこは冒険者同士の待ち合わせ場所に使われているようだ。
となると正面に整然と並んでいるのが受付かな?
窓口は全部で七つあり、それぞれ対応する内容が違うらしい。その中でカンナに連れて行かれたのは、冒険者登録窓口だった。
「こんにちは、リコリス」
カンナは、登録窓口にいた茶髪の女性ギルド職員に気さくな態度で話しかけた。長い耳から察するに、どうやら種族は耳長族──エルフらしい。
「あら、カンナ。依頼受諾の窓口はこっちじゃないわよ」
「知ってるわよ。そうじゃなくて、今日はちょっと……この人の冒険者登録に来たの。それで……少し特殊な人っていうか、ワケアリっていうか……できれば個室でお願いできない?」
「え?」
いや、うん。俺でもわかる。カンナの申し出がかなり特殊だってことは。
おかげで受付嬢のリコリスさん、俺に奇異な目を向けてきた。そりゃあ、あんな紹介をされたら俺だって同じような目を向けるだろう。
なんだか落ち着かない視線だが、ここは甘んじて受け入れよう。フードも目深にかぶってるし、口元くらいで魔族とは気づかれないだろうから。
そう思っていたんだが──。
「──ッ! まっ、まぞ……っ!?」
「はいっ! はい、そこまで! それで十分! だからちょっと待って落ち着いて!」
受付嬢が顔色を変えた直後、カンナが間髪入れずに受付カウンターから身を乗り出して、逃げ出さないように腕を掴んだ。
「大丈夫、大丈夫だから! この人は……そう、私の下僕! 奴隷なの! 不躾で失礼な喧嘩を売る真似をしなければ無害だから!」
「おいこらちょっと待て」
なんだか今、カンナから不躾で失礼な喧嘩を売ってるような暴言が聞こえてきた気がするんだが?
「いだっ! いだだだっ! ちょっ、まっ! アルさん、頭ギチギチ絞めるのやめてえぇぇっ!」
「誰が誰の下僕で奴隷だって?」
「ちっ、ちが……! 違うの! 今のは方便! 表向きの言い訳ってヤツ! そういうことにでもしとかないと、みんな怖がっちゃうから!」
「だったら先に言っとけ」
「きゃーっ!」
なんだかカンナに任せておくと、俺の立場が家畜以下になっちまいそうだ。
なので交代。
カンナをポイッと横に放り投げて、俺が直接話を通そうと思う。
「そういうわけで、冒険者登録したいんだけど?」
「………………」
少しフードをあげて、リコリスの目を見ながら笑顔で申し出たわけだが、何故か青い顔をして長い耳を下げられた。目尻に涙を溜め込んでいるのは気のせい……ってわけじゃなさそうだな……。
なんというか、初めてカンナと会った時と同じ反応である。
何故だ……俺の笑顔はそんなに怖いんだろうか?
ちょっと傷つくぜェ……。
「だから! 私に任せてくださいって言ったじゃないですか! アルさんじゃダメなんです。自分の立場を理解してくださいよ!」
俺が軽くヘコんでいると、復活してきたカンナが噛みついてきた。
「なんだよ、立場って。おまえに任せておくと、俺の立場が下僕で奴隷になっちまうじゃねえか!」
「だからそれは方便だって言ってるでしょ! 表向きの理由なんだから、そのくらいは我慢してください!」
「それがダメだって気づけ、アホタレ! 俺に対する世間の認識を下げてどうすんだ!? むしろ上げてけよ!」
「世間の目なんて気にしたって意味ないでしょ! もともと最底辺なんですから、そこから挽回するなんて無理ですよ!」
「おっ、なんだコノヤロ! そういうおまえは世間の目を気にしないってか? だったらこうだ!」
「んぎゃーっ!?」
ぎゃんぎゃんうるさいカンナを山賊担ぎにしてやったぜ。
山賊担ぎってのはあれだ、重い荷物を肩に乗せる担ぎ方だ。砂袋とかでよくやるな。
これを人にやると、なんというか、だらーんとみっともない見た目になる気がする。特に女子の場合、お尻が視線の高さにまで上がるので、たぶん恥ずかしいと思う。
「ちょっ、やだ! 降ろしてください!」
「はっはっは。ほーれ、ほーれ」
「げっふ! おふっ!」
肩に乗せたまま跳ねさせてみたら、お腹を圧迫されるようで、着地のたびにカンナの口から変な声が出た。
はっはっは、愉快愉快。
「まったく恥ずかしい奴だな。俺だったら、もう表を出歩けないわ。ああ、でもおまえって世間の目は気にしないんだっけ? じゃあ、まぁ、いっか!」
「うわぁぁん! 良くない! 良くないですぅっ! 良くないから降ろしてくださぁい!」
むぅ……なんだかガン泣きされてしまった。
さすがに反省しただろうし、このくらいで勘弁してやろう。
「うぅ……。もう、お嫁に行けない……!」
「……ぷっ」
山賊担ぎからカンナを降ろすと、吹き出す笑い声が聞こえた。
「くく……あっははは! ちょっとカンナ、あなた何やってるのよ! ぷっくくく……!」
さっきまで怯えきっていた態度から一転、リコリス嬢はエルフらしからぬ笑い声を転がした。
「ちょっ、ちょっとリコリス! そんなに笑うことないでしょ!?」
気位の高いエルフに大爆笑されて、カンナは顔を真っ赤にさせている。
ほらみろ、真っ赤になるってことは世間の目を気にしてるってことじゃないか。本当に無関心で無頓着なら、どんなに笑われても気にならないだろ。
「あー……こんなに笑ったのは生まれて初めてかも」
ひとしきり笑って、リコリス嬢は表情を引き締めた。
「先ほどは失礼いたしました。当冒険者ギルドの副長を務めておりますリコリス・エーデルワイスと申します。ご用件は承りました。事情が事情ですので、カンナが申しましたように後は別室にてお話を伺えればと思います。よろしいですか?」
さっきの態度から一変、リコリス嬢は堂に入った態度で応対してみせた。
てか、ギルドの副長? 副長って言い方をするってことは、このギルドで二番目に偉い人ってことだろう?
そんな人が新人冒険者の受付嬢をしてるなんて、冒険者ギルドの職員はそれだけ人手不足ってことか?
なんだかいろいろ気になるが、まぁその手の話も今ここで聞くことじゃないだろう。
今は、カンナが騒いだおかげで無駄に注目を集めている。さっさと場所を移動した方がよさそうだ。
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