願いと借金と初めての仕事 6
「……ごめんなさい」
とりあえず、思いつく限り言い返して、こっちの言い分もぶちまけて、それでもやっぱり自分が悪かったと思ったので、最後は素直に謝った。
「ったく……。まぁ、オメェが無事だっただけ、まだマシか。これに懲りたら、人様に心配掛けさせるような真似なんざすンじゃねえぞ」
「……はい……」
なんだかんだ言っていても、アンバーさんが一番気に掛けていたのが気球のことじゃなくて私の身の安全だったのは、その一言でよくわかる。
「それよりも、話を聞いてた感じだと気球から落っこちたバカ娘を、アンタが救ってくれたわけだな? ありがとよ」
そう言って、アルさんに頭を下げるアンバーさん。
ホントにもう、なんていうか……〝お父さん〟なんだから。
「いや、何。こっちもカンナには慣れない環境で世話をしてもらってるからな。持ちつ持たれつってヤツだから、気にしないでくれ」
「そうは言ってもな……ふむ、オメェさん、そういやコイツとパーティを組んだって言ってたな? 職種はなんだ?」
「あー……冒険者ギルドの欄には〝戦士〟って書いたな」
「戦士だぁ? その割にゃ獲物を持っちゃいねぇようだが?」
「素手で戦うのが得意なんだよ」
「素手だと? がっはっは! 戦士のクセに素手で戦うってぇのか!」
だよねぇ、アンバーさんでも笑っちゃうよね。どこの世界に素手で戦うのに戦士を名乗る奴がいるのかと。それならまだ、格闘家を名乗った方がよかったのに。
「だったら……ふむ、ちょっと待ってろ」
そう言って工房の奥に引っ込んだアンバーさんは、しばらくして左右で大きさの違う緋色の籠手を持って戻ってきた。
アンバーさんにはアルさんの髪の色が見えてないから偶然だとは思うけど、籠手が宿す緋色の輝きは、なんとなくアルさんの燃えるような髪の色と似ていた。
「こいつは
「武器? 防具じゃなくて?」
「左手用はそうさ。指先から肩まで覆ってるから盾代わりに使える。だが、手首までの右手用には打撃増強の魔術を組み込んであるってぇ寸法よ。本来は格闘家用にと考えていたんだが、本職どもにゃ攻撃を受けることが前提になってるせいで人気がなくてな。買い手がつかねぇんだわ。素手で戦うってんなら兄ちゃんにやるよ」
「えっ、いいのか?」
「うちのバカ娘を助けてもらった礼でもある。それにオメェ、コイツとパーティを組んだんだろ? これからも迷惑を掛けるだろうから、先にそいつでご機嫌を取っとこうって話よ。いいから貰っとけ」
「そういうことなら……有り難く」
所々、聞き捨てならないことを言われたけど……まぁ、いっか。どうやらアルさんも素直に受け取ってくれるみたいだし、何も言わないでおこう。
そもそも私、実はアンバーさんにアルさん用の武器をお願いしようと思ってたのよね。さすがに戦士で素手はないな──ってことで。
まぁアルさんのことだから、そんな武具がなくても人並み以上に戦えるでしょうけど、世間体ってのはやっぱり……ねぇ?
それにしても蛇腹籠手ねぇ。
どれどれ、どんな代物なのかしら? ちょっと
ふむふむ……材質にはヒヒイロカネを繊維状に加工したもので編み込み……って!
「ヒヒイロカネぇっ!?」
「なんでぇ小娘、でけぇ声上げやがって」
「だってそれ、ヒヒイロカネだけで作った籠手でしょ!? 神代クラスの武具じゃん!」
説明しよう!
ヒヒイロカネとは、とても貴重な金属なのであ~る!
この世界には四大金属と呼ばれる貴重な金属があって、それがミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、そしてヒヒイロカネのことなのだ。
で、ミスリルとアダマンタイトは天然物の鉱物なのよ。
ミスリルは純然たる魔法鉱物で、鉱山とかからたまに採れるもの。
アダマンタイトは、怪獣の外骨格──陸亀型怪獣の甲羅とか蟹型怪獣の殻とか──を鉱物利用したもののこと。こっちはどんな怪獣の外骨格なのかで値段が変わるわね。
ただ、どちらも貴重金属なので、お値段もお高いのです。
そしてオリハルコンは、ミスリルあるいはアダマンタイトに、普通の鉄鉱とかを混ぜた合金のことを指している。
これはホントにピンキリで、混ぜ合わせた鉱物の割合によって値段にも差が出る。安ければかなり安いけど、場合によっては純度百パーセントのミスリルやアダマンタイトよりも、グラム単価が高くなる場合もあるのです。
じゃあヒヒイロカネは? っていうと、それはミスリルとアダマンタイトを掛け合わせた合金になるわけですよ。
単品でもお高いミスリルとアダマンタイトの合金ですよ?
はっきり言って、一グラムでも売れば平均的な四人家族が五年くらい普通に生活できる値段になっちゃう。
アンバーさんがポンッとアルさんにプレゼントしちゃった蛇腹籠手とかいう装備品ともなれば……そうね、素材代金だけで、地方貴族の領地を丸ごと買える価値はありそう。
「そもそも! ヒヒイロカネで何か作るんだったらさぁ、もっと小分けにして短剣とかタリスマンとかにすればよかったじゃん!」
私が思うに、その蛇腹籠手とかいう装備品が売れなかったのは、単純に金額の問題だと思う。
いったいどこの世界に、領地を丸ごと買える値段の装備品に手を出そうとする奴がいるの!?
「バカ言えオメェ、こんないい素材をちまちま使って何が面白ぇってんだ? やるならこンくれぇしなきゃ意味ねぇだろ! いつぞやの勇者の武器みてぇにな」
はい、そうです。実は勇者たちの武器も、ヒヒイロカネを使って鍛造した武器だったりします。
提案したのは私です。
そして、それを完璧に仕上げたのはアンバーさんです。
つまりアルさんが譲られた蛇腹籠手は、勇者が魔王を討ち滅ぼした(実際には滅ぼしてないけど)伝説の武器って世間で言われている剣の、姉妹装備ってことになります。
そんなもん、当の魔王に渡すな!
「だいたいオメェ、これからこの兄ちゃんとパーティを組むんだろ? その兄ちゃんの装備くれぇまともでなけりゃ、お荷物にしかならねぇオメェの面倒なんざ見れねぇだろ」
くわーっ、ムカツク!
ムカツク言い方だけど、でもそれって裏を返せばアンバーさんなりに私も気遣ってくれてる優しさなのよね……。
それもわかっちゃったから、尚更ムカツクんだけどね!
「これで兄ちゃんの装備品の出費を考えねぇで済むんだ。有り難く思え」
「そうかもだけどー……」
「そんで、ちゃんと稼いでさっさと借金返せコノヤロウ」
「むー……ん?」
何やら今、さらっと聞き捨てならないことを言われたような……?
「借金? 借金って何? 私、アンバーさんからお金なんて借りてないわよ?」
「あぁ? ボケんなオメェ。オメェが勝手してぶっ壊しちまった気球の賠償金に決まってんだろ」
「はあっ!?」
賠償金? この人、今、賠償金とか言いました?
なんだそれ!?
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