初めての手料理……ぽいもの 1

 もしかして私は、取り返しの付かない取引をしてしまったのかもしれない。

 よりにもよって、魔王が人族の世界で生活していけるための身元保証人になるなんて早まったとしか言い様がない。


 いったいどんな冗談よ……。


 けど、他に選べる選択肢がなかったことも理解してもらいたいわね。

 だって、相手は魔王よ? 勇者たち一行でも倒せなかった──ううん、倒せなかったどころか〝倒した〟と錯覚させるような偽装までできちゃう、人外の存在なんだもの。

 そんな相手から提案された〝お願い〟を、いったい誰が断れるって言うのよ!?


 ブラック企業の圧迫面接か!


 どう足掻いたって刃向かえない相手からのお願いっていうのはねぇ、例え物腰丁寧な言い方でも脅迫になるってことを、ちょっとは覚えておきなさい!

 はぁ~……。

 でも、まぁ、こうなったら仕方ないわ。

 魔王アルフォズル──アルさんは、チートなんて呼ぶのもどうかと思えるデタラメな力を持っている。


 けれど、話が通じない相手ってわけでもなさそうだ。


 人族の社会で美味しいご飯が食べたいだけって話も、私の世界図鑑アカシックレコードで読み解く限りでは嘘じゃないみたい。

 それに、口約束だけとはいえ、私とアルさんの関係は対等だもんね。

 力尽くで来られたらどうしようもないけど、ダメなことには〝ダメ〟って言える関係なんだから。

 だから……いざというときは、ちゃんと聞き入れてくれる……で、いいのよね?


 是非そうであって欲しい。

 ホント、切に願うわ……。


 魔王を相手に信用するってのもおかしな話だけど、ここはもう信用するしかない。

 後は……うぅ~ん……隙を見て、勇者にこっそり助けを求めようかしら?

 でも、それはちょっと……優しいフリして近づく詐欺師みたいで、なんか嫌だなぁ。


 はぁ~……困った。


「おい、カンナ」

「ひゃいっ!?」


 うぎゃーっ! 緊張しすぎて変な声出た!

 ひーっ、恥ずかしい……ホント恥ずぃ……。


「ひゃい、っておまえ……なんでそんなガチガチなんだよ」


 私としては、魔王が目の前にいて普段通りお気楽な態度でいられる神経の持ち主の方が、どうかしてると思います!


「もしかしてアレか、俺が元魔王──魔族の王だったことで緊張してるのか。そうだよな、おまえって見るからに庶民だもんな。王侯貴族の特権階級を前にすると緊張するよな」

「はぁ?」

「その蔑むような目を向けるの、マジやめて!」


 おっといけない……あまりにもすっとぼけたこと言うもんだから、ついついゴミムシを見るような目を向けてしまった。


 でもまぁ、そうか。


 アルさんは魔王──つまり、魔族の王だったわけよね。

 本人が言うように、魔族で一番偉い人だったわけだ。

 確かに、人族の社会に照らし合わせても庶民とは違う立場だったことは想像に難くない。


「私の目つきは生まれつきなので慣れてください。……それで、なんですか?」

「いや、これからどうすればいいのか、その相談を──ね?」

「あー……」


 うーん、これから……か。

 そうねぇ。

 私はこれから、この人と当分──一生ではないと思いたい──行動を共にしなくちゃいけないのよね。

 無駄な現実逃避なんてしてないで、前向きに考えていかなくちゃ!


「まずは……元気な挨拶とお礼が言えるようになること……?」

「おい……!」


 あれ? 凄く一般的なことを言ったつもりなのに、険のある目で睨まれちゃったわ。


「おまえってば俺のことなんだと思ってるの!? 子供の道徳授業じゃねぇんだから、そういう常識くらい持ってるわ!」

「元魔王に常識を語られても……んふー」

「なんで苦笑い!?」


 いやだって……ねぇ?


「あのなぁ、こっちは人族の社会で美味しいご飯を食べようと思ってるんだぞ? いきなり襲いかかったり奪い取ったりしないってぇの。それと! 俺のこと、元魔王とか言うのも禁止! バレたらいろいろ面倒になるだろ」


 あらやだ、ちゃんと考えてるんだ。

 確かに、アルさんが元魔王ってバレるのは面倒なことになる。それこそ、国をひっくり返すほどのパニックになりそうだ。


「仰る通り、アルさんが元魔王ってバレるのは避けたいところですね。魔族ってことを誤魔化すのは……んー……髪の色さえ誤魔化せばなんとかなるかしら? 剃ります?」

「俺にハゲろと? 染めても伸びたら染め直しになるしなぁ。ひとまずフードでもかぶって誤魔化すってのはどうだ?」

「ご飯食べてる時にフードをかぶってるのは、行儀が悪いと思います!」

「ここで常識を持ち出すな! なんなの? おまえってば俺をハゲにしたいの?」

「人族と魔族を繋ぐ輝きの星! って感じになるんじゃないかなぁって」

「ならねぇよ!」


 んっ、もーっ! 好き勝手やってきた魔王さんだけあって我が儘さんだなぁ。

 仕方ないので、当面の間はフードをかぶって誤魔化すことにしましょう。


「それじゃ、町に行くか。案内よろしく!」

「今からですか?」


 気が早いというかせっかちというか、そんな慌てなくても。

 何しろ、今は夜。周りもすっかり暗くなっている。

 そんな中、移動するのは正直言って勘弁してほしい。


「町までは……歩き通しで半日くらいかかりますよ。朝まで待ってから出発した方がいいと思いますけど」

「マジかよ。んー……転移するか?」

「えっ、できるの!?」

「えっ、できねぇの?」


 ヤバい……この人と私の常識には大きな隔たりがあるっぽい。


「少なくとも、人族で瞬間移動みたな転移ができる人に知り合いはいませんけど……」

「マジかよ。そしたら移動が大変だな」

「そ、ソデスネー……」


 やっぱりこの人は、最初に人族の一般常識を教えるところから始めた方がいいんじゃないかしら?


「ちなみに、その転移ってどうやるんです?」

「どうって、こう……むーんっ! って感じで力をためて、いえやーっ! って感じで飛ぶんだよ」

「うん、ごめんなさい。何を言ってるのかさっぱり」


 ダメだこの人、自分の能力を感覚的に捉えてる。他人に説明するのが苦手なタイプだ。


 仕方ないので、私は自分の能力、世界図鑑で調べることにした。


 この能力は、私が疑問に思って目にしたり耳にしたりする対象について、私に理解できるレベルで教えてくれる。

 どうやって教えてくれるのかと言うと、目の前に他人には見えない半透明の空間ディスプレイみたいなのが現れて、文字情報として表示してくれるわけ。

 ホントはね、最初の頃は頭の中にダイレクトで情報を叩き込んできてたのよ。けど、それをやられると偏頭痛がひどいことになるので、今の形に変更したの。

 融通が利く能力でよかったわー。


 そういうわけで、アルさんの言う転移だけど……ふむふむ。


 転移とは、純魔力で空間に干渉し、擬似的な亜空間を作り出してA地点とB地点を結ぶ方法である──と。

 それで必要な魔力量は、人を一人移動させるのに約千人分の魔力が必要──って、アホか! できるわけないでしょ、そんなもん! 非効率にも程がある!


 ……ん? 待って待って。


 それはどうやら、一般的な転移魔法についてらしい。

 アルさんの言う転移っていうのは……ええっと……世の理に干渉、し? 時間を? 空間に置き換えて? 距離を喪失させる?

 あっれれー……おかしいぞ。

 世界図鑑さんの説明文なのに、なんで私に理解できないの? バグってる? いや、バグっちゃいないか。私に理解できるレベルでの説明が、つまりそういうことらしい。

 マジでわっかんないわー……。

 ただ、私に理解できないってことは、この世の誰にも理解できないってことだと思う。

 そんな理解できない転移なんて、ちょっと勘弁してほしい。


「転移を使うのは……その、やめておきましょう。なんだか常識が壊されそう」

「ん、そうか?」

「そもそも、アルさんは町の場所を知ってるんですか?」

「いや、知らんけど。でも、おまえの記憶を借りれば──」

「マジやめろ」

「お、おう……」


 人の記憶を借りるってなんだ!? ホント勘弁して!

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