相互援助の協力関係 2

「その世界図鑑アカシックレコードとかって能力で、そこんとこわかってんだろ?」

「まぁ……確かにそうですけど……でも、魔王──ですよね?」

「元、な。魔族社会には未練なんてないし、あっちは殺伐としてて気が休まらないとこなんだよ。そんな場所のことより、俺は美味しいご飯を食べたいときに食べられるだけ食べる生活を送りたいんだ!」

「は、はぁ……そうですか。確かに世界図鑑からの知識でも、そういう志を持って魔大陸を後にしたって情報が来てますけど……」

「だろ!?」


 ようやくわかってくれたか! いやあ、こうして理解を得られるってのは、かなり嬉しいもんだね。

 ……しかし、こうしてわかってもらえたのは、この微少女が〝世界図鑑〟なる特殊能力を持っていたからなんだよな。


 そうじゃない人族が相手だと、どうなるんだ……?


 俺が元魔王だとバレるってことはないだろうけど、髪の色や肌の色で、魔族なのは一目瞭然だろう。


 そうなると、いろいろ面倒なことになるんじゃないか?


 別に人族と争うつもりはないけれど、人族の方から突っかかってくるなら、然るべき対処はさせてもらう。何も非暴力推奨の平和主義者じゃないもん、俺。

 ただ、そうなってしまうと、人族の社会に溶け込んで美味しいご飯を食べよう計画がご破算になりそうだ。


 それだけは、なんとしてでも阻止しなければ!


 うーむ……どうしたもんか……。


「あ、あの……それじゃ、私はこの辺で……」

「ん? あ、ああ……あっ!」


 ひっ、閃いたーっ! たった今、キラッとピカッと閃いたぁっ!


「まーて待て待て待て! ちょぉっと待ちたまえ、人の子よ!」

「ひぃっ! なっ、なんですかぁっ!?」


 ふっふっふ……そそくさと逃げだそうとしても、そうはいかん。せっかく俺のことを正体含めて目的を理解している人族との縁が出来たのだ。これを逃す手はないだろう。


「いやいやいやいや……お嬢さん。俺も、ね? チミのお友達の勇者くんにチクっと刺されて魔大陸を後にしたわけで、人族の方ではなんの当てもないわけだよ。わかるよね?」

「いやあああっ! 食べないって言ってたくせにぃぃぃっ!」

「だから食べないよ!」


 いちいち振り出しに戻らないでもらいたい!


「そうじゃなくて! 少しばかり……ね? ぼかぁ、君に協力してもらいたいんだよ」

「きょっ、協力? 協力ってなんですか!? 人族を滅ぼす協力ですか!」

「おっまえ……いい加減、そういう発想は捨てろよ!」


 ああもう、これはしっかり伝えておかなくちゃ駄目かもしれん。


「あのなぁ、おまえが魔族や魔王にどういうイメージを持ってるのか知らないけど、俺個人としては元から人族の殲滅とか世界征服とか考えてないからな?」

「えぇー……」


 なんで胡散臭いものを見るような目を、このタイミングで向けてくるかな……。

 こいつ、もしかして口で言うほど俺のこと怖がってなくない?


「だいたい、魔族ってのは個々の戦闘能力は高いけど、人族みたいな生産能力は皆無なんだ。基本は人族が作り出した文明の利器を奪い取って使ってる。そんな人族がいなくなったら、魔族社会も成り立たなくなるんだよ」

「な、なんて退廃的な……そんなだったら、人族と仲良くすればいいじゃないですか」

「それができないのが、魔族の悲しい性だな。おかげで、おまえみたいに〝魔族〟ってだけで脅えられちまうんだ。けど! おまえはそうじゃないよなぁ?」

「ひぃぃ……!」


 だからなんで、笑顔を向けただけでそんな脅えた声を出すんだ。そこまで怖い顔はしてないと思うんだけどな、俺。


「だからな? 協力ってのは、俺が人族の村や町に入っても大丈夫なように、おまえが俺の身元保証人になってくれ!」

「な……っ、何言ってんですか! 無理ですよ、無理無理無理! そんな身元保証人だなんて、私程度じゃ無理ですってば!」

「何を言う! おまえ、勇者の知り合いなんだろ? いちおう、俺を倒した英雄ってことになってんじゃないの? その知り合いであるおまえなら、俺が一緒に人族の町に行っても問題なくない?」

「それは過大評価ですってば! 確かに私、あなたを倒したことになってる勇者のシヲリちゃんとは知り合いですけど、もう一年以上は会ってないですし! それに私自身、裏方で表向きの評価はゼロに等しいんですよ!?」

「え、マジで?」

「マジです! マジマジマジ!」

「むぅ……」


 そいつはちょっと予想外だな……。


 いやでも、ここは考え方を変えるべきだろう。


 この微少女が勇者と懇意にしていれば、遠からず勇者本人と鉢合わせになるかもしれない。そうなると、相手は俺のことを知っている。


 面倒なことになりそうだ。


 けど、頻繁に会うほど親しいわけじゃないのなら、勇者と会うこともそうそうあるまい。

 それに、人族の中でも評価がゼロに等しいなら、魔族の俺が一緒にいても悪目立ちすることもなさそうだ。


 ……うん。ますます都合がいいじゃないか!


「まぁまぁ、俺は別に勇者の威光になんて興味がないし、必要なのは〝魔族と知っていても脅えない人族の知り合い〟なんだよ。その点、おまえは世界図鑑で俺の安全性がわかってるだろ? しかも! その能力を使えば、世界各国の美味しいご飯も簡単に調べられそうじゃないか!」


 うんうん、そう考えるとおまえ以外に適任者はいないって感じだな!


「そういうわけで、俺と一緒に世界中の美味しいご飯を食べようゼ!」

「嫌です!」


 即答かよ! 即答で拒否られちゃったよ!


「ほーう……ほほぉう。そっかぁ、嫌かぁ……それじゃおまえは、俺がこれから一人で人族の村や町に行って、魔族とバレて、襲われてもいいって言うのかぁ」

「そのくらい、あなただったら簡単に退けられるでしょ!」

「そうだな。この世に俺様に傷を付けられる奴なんて、そうはいないな。勇者を含めて」


 あいつに倒されたのは、あくまでもフリなので。実際には傷一つ負ってませんので、あしからず。


「なもんで、人族に襲われたらちょちょいっとヤッてしまうかもしれん。……町ごと」

「──ッ!」

「だいたいさぁ、俺、おまえを一度は助けてるんだよ? 覚えてるか? おまえ、空から落ちてきたんだぞ。それを華麗にキャッチして助けたのは誰だったかな? ん?」

「そ、それは……」

「そんな命の恩人がさ、協力してくれって言ってるわけだよ。それも、世界を滅ぼすとか人族を皆殺しにするとか、そういう物騒な話じゃなくて、単に美味しいご飯が食べたいって理由だよ? それを断っちゃうのか、君は」

「い、いや、それは……その……」

「はぁ~……がっかりだなぁ。人族は親切で優しいと聞いていたのに、蓋を開けてみれば魔族と大差ないなんて……ちらっ」


 お、どうやら悩んでるようだな。

 ふっふっふ、どうやらこの微少女、俺のことを過剰に怖がってるみたいだからな、ちょっと脅しを掛けてから情に訴える真似をすれば、思い悩むであろうことは手に取るようにわかっていたのだ!


 後は……そう、トドメの一言だな!


「俺にはおまえが必要なのさ、ハニィ!」

「ぜっっったいに嫌です!」

「なんでだよ!? いいじゃん、俺の身元保証人になるくらい!」

「私の世界ではね、肉親が相手でも身元保証人にだけはなるなって教えられるんです! それなのに、何が悲しくて元魔王の保護者にならなきゃならないんですか!?」

「いいだろ別に! 取って食うわけじゃあるまいし!」

「良かないですよ! もしあなたが何かやらかしたら、それって私の責任になるってことですからね? 嫌ですよ、そんなの!」

「あー、そういうこと言うの? 言っちゃうわけか! それを言うなら、おまえが何かしらやらかした場合は、俺が巻き込まれるってことになるんだからな? それをこっちは受け入れようって言ってるのに、自分だけ被害者ヅラするつもりか!」


「被害者ヅラて……え? じゃあ、あなたは私の仕事にも協力してくれる──ってことですか?」

「仕事?」

「えっと……実は私、今は冒険者をやってまして……」

「冒険者?」

「ああ……その、冒険者というのは、有り体に言えば依頼を受けて怪物を退治したり、偉い人の護衛をしたりする何でも屋みたいなものです。そういう依頼を受けて、お金を稼ぐんですよ」

「ほほう、なるほど……」


 そうか、金か。

 そういえば、人族の世界では貨幣と交換で、料理や道具を手に入れるんだっけ。

 てことは、俺もお金を稼がないと美味しいご飯が食べられないってことじゃん?


「おーけーおーけー、皆まで言うな。おまえがそういう仕事をしてるって言うのなら、俺にできることなら手伝ってやろうじゃないか」

「え、本当に?」

「ああ。なんなら、俺自身も冒険者ってのになってもいいぞ。もちろん、おまえの手伝いをメインで活動してやろう」

「えー……んー……んん~……」


 お、悩んでる悩んでる。

 ここまで来れば、あと一歩!


「大丈夫ダヨー、安心してイイヨー。ボクはキミのトモダチダヨー」

「ああもう、わかりました! そこまで言うのなら協力してあげます!」

「よっしゃ!」

「ただし!」


 喜ぶ俺に、微少女が舌鋒鋭く水を差してきた。


「私たちの関係は対等にしておきましょう」

「対等、とな?」

「そうです。私はあなたが人族の世界で生活できるようにお世話します。代わりに、あなたは私の仕事を手伝ってください。言うなればギブアンドテイク、相互援助の協力関係ってわけです。どっちが偉いわけでもなく、対等で公平な関係です。いいですね?」

「ふむ、なるほど……確かにその方が、お互い気兼ねなく振る舞えるかもしれんな。いいだろう。ならば、おまえの名前を教えてもらおうか」

「え? ああ……私は如月カンナ──ええと、如月が姓で、カンナが名前です。普通にカンナと呼んでください」

「カンナか。俺は……まぁ、改めて名乗る必要もあるまい。ただ、アルフォズルではなく、アルと呼んでくれ」


 握手を交わし、なんとか交渉は締結した。


 ふっふっふ……これで人族の社会で生きていく基盤を手に入れたぞ!

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