第一章
相互援助の協力関係 1
何かがおかしい。そんな気がする。
俺はちゃんとフラグを回収したはずだ。
空から降ってきた女の子をちゃんとキャッチして助けたし、その後も朗らかな笑顔で意思の疎通を図ろうと、当たり障りのない会話から始めたつもりだ。
決してがっついたりしていない。
なのに……何故だろう。
助けた女の子は、まるで猛獣と同じ檻の中に入れられたように、たき火を挟んだ対角線上で膝を抱え、脅えた目をしてガクブルしている。
「ええっと……」
「ひぃっ! たっ、食べないでくださいいぃぃぃっ!」
「食べないよ!? てか、なんだで食べられるって発想になるんだ!」
「だ、だって……あな、あなた……ま、ま、まっ……!」
「ま?」
陸に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせて、微少女はずっと『ま』という単語だけを繰り返している。
いったいどうしたと言うんだ? ずっと脅えているし、『ま』の後に続く言葉が出てこないようでもあるし……ん? 『ま』の後に続く言葉……?
まっ、まさか……! この微少女、俺の正体に気づいたというのか!?
俺を見て、『ま』の後に続く言葉なんて一つしかないじゃないか!
〝魔族〟ってことだよ!
確かに、人族と魔族は見た目に微妙な差がある。
体の大きさや指の数とか目鼻口の数は同じだし、魔族だからって角や翼が生えているわけでもない。そういうのが生えているのは、魔族でも人族でもない、別の種族な。
そういう意味で言えば、人族と魔族の外見的特徴はかなり類似している。
違うのは、魔族の方が肌の色は若干浅黒く、毛の色が極彩色豊かってことだろうか。赤とか青とか緑とか、そういう色が地毛なのは、大抵魔族か魔族の血が混じってる。
俺の場合、髪の色は赤毛──それも、燃えさかる炎のように真っ赤な赤毛なんだが、そういうところで魔族と気づかれたのかもしれない。
ん? 元魔王だと気づかれたんじゃないのかって?
ないない。俺の姿を見て魔王と気づくのは、人族なら勇者一行くらいだろう。それ以外の人族に姿をさらしたことはないからな。
「そこの微少女よ、どうやら俺が魔族だと気づいたらしいな?」
「え……? び、美少女……? って、なんだか少し違うニュアンスに聞こえたんですけど!?」
むぅ……やはりこの微少女──もとい人族の女は、妙なところで鋭いな。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。バレてしまったからには隠し立てしようと思わんので正直に話すが、確かに俺は魔族である。だがしかし、待ってほしい。……ボクは悪い魔族じゃないヨ!」
「嘘だーっ!」
即答で否定された!?
そんな馬鹿な……今のは魔族の世界で唯一残っている、友好を表す最上位の挨拶だと言うのに!
「嘘じゃねえよ! そりゃまあ、魔族ってのは種族的に好戦的で弱肉強食なのは否定しないが、個人で見ればピンキリなんだよ! 人間だってそうだろ? 友好的なのもいれば好戦的なのもいるんじゃないのか? 種族と個人を一緒にすんじゃねえよ!」
「その種族代表みたいな魔王が何言ってんの!?」
「ンだと、この……ん?」
いやいや、ちょっと待て。
この微少女……今、俺のことをなんて言った?
魔王と名指ししたな?
こいつ、まさか……俺のことを知っているのか……?
「おまえ、どうして俺が魔王だと知っている?」
「え……?」
「俺には、人族の知り合いなんて一人もいない。知っているとすれば、俺に挑みかかってきた勇者の一行だけのはずだが……その中におまえはいなかったな? 何故、俺が魔王だと知って──」
「ひいぃぃぃぃっ! すみませんごめんなさい許してくださいいぃぃぃっ!」
って、だから人の話を最後まで聞いてくださいコノヤロウ! いくら俺でも、まだ何もしてないのにそこまで脅えられると傷つくんだけど!?
「いいからほら、落ち着け! 大丈夫、大丈夫、コワクナイヨー。ボクはトモダチだヨー。とりあえず、どうして俺が魔王と知っていたのか、教えてくれるかなぁ?」
「え、ええっと……」
「ん~?」
「は……話せば……助けて、くれ……ます……か?」
別に殺すつもりは最初からないんだけど……まぁ、いいか。微少女の言い分を聞き入れた方が、話も早く済みそうだ。
「おっけーおっけー、心配するな。正直に話せば助けてやるから」
まぁ、すでに空から落ちてきたのを助けていたりするんだけどさ。
「私……実は、その……勇者一行の四人目の仲間でして……直接的な戦闘には加わってなかったんですけど、武器や防具、道具の整備や開発でサポートしてたんです」
「ほう……」
勇者一行に、そんなサポートメンバーがいたとは……。
確かに奴らの使っていた武器は妙な力を持っていたし、防具も頑強だった。道具も、傷が一瞬で治るような凄まじいものもあったし。
まぁ、それだけの武具や道具を揃えても、俺の足下にも及ばなかったんだけどね!
「しかしな、それではますます俺が魔王だとわかりようもないんじゃないか? 戦闘には直接関与してなかったんだろう?」
「は、はい……それは……ですね」
ふぅむ……どうやら俺の疑問は、微少女の秘密めいた言いにくいことに切り込んでしまったらしい。えらく迷ってるような、視線を左右に流して躊躇っている。
こういう時、喋りやすくなるように雰囲気作りをするべきだろうか?
……うん。友好的な関係を築くなら、その方がいいのかもしれない。
「んん? どうした? ちゃんと話してくれないとわからないぞ?」
「はっ、はい! すみません! ごめんなさい! 実は私、
ふむ? 世界図鑑、とな?
何やら聞いた事のない特殊能力だが、それよりも解せないのは、どうしてこっちが優しく朗らかに話しやすい雰囲気を作ったのに、この微少女はガタガタ震えて平身低頭してるんですかね?
「その、世界図鑑ってのはどういう能力なんだ?」
「私が〝知りたい〟と思うことや意識を向けた対象についての情報とか、いろいろなことが勝手にわかるんです」
「おいおい、マジかよ。じゃあ、俺のこともいろいろわかるってことか?」
「ええ、まぁ……ええっと……お名前はアルフォズル・ニルヴァース。第六百二十四代目魔大陸国王……あ、だから魔王と呼ばれてたんですね。年齢二百十八歳……魔族って長命種だったんですか。わっ、この
「ちょーい、ちょちょちょーい!」
いきなり人のプロフィールを暴露しやがって、何その能力!? マジでストーカー!
「なんでいきなり暴いてんの!?」
「えぇっ!? だっ、だって今、俺のこともいろいろわかるのか──って聞くから……」
ああもう、すぐ涙目になるし! 泣かれちゃったら、こっちも強く出れないじゃん!
「わかった、わかったからもういい! しかし、そういう出歯亀能力を持ってるなら、俺が危険かどうかもわかるだろ?」
「でっ、出歯亀って……」
「事実だろ」
「…………」
あーもー、いちいち泣かないでもらえますかね?
「とにかく! 俺は人族の美味しいご飯が食べたいだけなんだよ!」
そう! 俺の目的は、その一言に集約されるのだ。
何しろ魔族社会の飯はクッソ不味いからな。もう二度と、あんな生物兵器みたいな飯は食いたくない。
だから俺は勇者一行に討たれたフリをして死を偽り、人族のテリトリーに潜り込んだのだ。それは決して、社会を混乱させたり壊したりするためではない!
「美味しいご飯が毎日食べられるなら、俺はアレだぞ、人族の社会にだって迎合するぞ。人族の法だって守ってやる! なので、そんなに脅えなくてもよろしい」
「えぇー……」
なんでそんな、胡散臭いものを見るような目を俺に向けるんだ。
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