さすらいの叡智

 人の身でありながら人の能力を遙かに超越する力を宿していた勇者は、歴代の魔王の中でも抜きん出た強さを誇る魔神アルフォズルを、仲間ととも打倒して世界に平和をもたらしたのである。



 ──なぁんて。



 わかってる、わかってる。魔王を倒した勇者の仲間は三人。計四人のパーティだったのよね。その中に私──如月カンナは含まれていない。


 そりゃあそうだ。だって私は勇者と一緒に戦っていない。戦う術を持っていない。

 私にあるのは知識だけ。

 あくまでも勇者のバックアップなのだ。


 ……あ~あ。


 せっかく異世界召喚されたのにな。


 元の世界では持っていなかった世界図鑑アカシックレコードとかいう便利な能力も手に入れたのに、戦う力がないだけで最初から最後まで置いてけぼり。勇者たちの名前だけがどんどん有名になっていく中、私はずっと裏方として武器や防具の開発やら改良、メンテナンスばかりしていた。

 もうね、ちょっとは考えて欲しいのよ。最前線で戦う勇者たちが偉いし頑張ってるのは認めるけれど、それを支えている裏方の頑張りってヤツをさ!

 だって、私みたいなサポートする人がいなかったら、勇者と言えども魔王と戦えないでしょ? 武器も防具も、道具だってままならないじゃん? しかもこっちは、この世界にないような知識まで総動員して支えてたんだよ?

 そういう屋台骨を支える大黒柱みたいな私の活躍も、みんなにも少しでも知ってもらいたいな!


 けど、現実はそう甘くはなかった。

 やっぱり魔王と直接対峙して、倒した勇者やその仲間が偉いっ! って感じでもてはやしている。裏方の存在なんて、世の中の人はちぃ~っとも気づいてないみたい。

 だから私は、旅に出た。

 魔王が倒され、勇者のみんなが無事に凱旋した今、私は晴れてお役御免になったしね。後はもう、自由気ままにこの世界で生きていこうって決めたわけ。

 ……だって、元の世界に帰れないし。

 だったらこの世界で、持てる知識を総動員して成り上がってやろうじゃない!


 そういう決意で、私は独り立ちすることにしたのよ。具体的に言えば、冒険者ギルドに入ってバリバリやってこうと思ってるの。

 何しろこの世界は、元の世界と違って技術も文化も未発達だ。

 世界の広さがどれほどのものかもわかっていないし、人類未踏の地なんて山のようにある。得られる資源も、狼や猪、豚っぽい姿をした魔物──この世界だと〝怪獣〟って呼ばれてる──を倒して得られる革や骨、血液などが最も優れた良品とされている。

 いちおう鉱山開発やら何やらしてるみたいだけど、やっぱり怪獣を倒して得られる資源の方がいいみたい。


 魔王が倒された今、どうやら魔族の脅威も去ったみたいだしね。これからの冒険者は、怪獣を倒して世の中の資源を豊かにする役割を担っていくわけですよ。

 その中で、私はこの世界にないチート知識で成り上がっていくのよ!


 ……と、思っていた時期が私にもありました。


 いやいや、無理ですよ。無理無理無理。

 だいたいねぇ、皆さん。ちょっと考えてみてくださいよ。

 仮に……仮に、ですよ? 貴方には拳銃の仕組みや作り方を知っているとします。

 それで実際に作れる?

 専門の工具もなく、材料もなく、技術もない。

 知識はあっても腕がない。

 そんな人に、いったい何ができますか!


 そういうわけで、私の輝かしい冒険者人生は出鼻からしくじってしまいました。

 それでも私、頑張ったのよ?

 怪獣を狩る腕も道具もないけれど、じゃあこの世界になくて、今の私でもなんとか作れるものはないかなぁって考えて、いっちょ作ってみたのよ。


 気球を。


 そう──おっきい風船に暖めた空気を溜め込んで空を飛ぶ、あの気球よ。

 その気球を、私は一念発起して作ってみたわけ。

 と言っても、最初から最後まで私一人の手で作ったわけじゃない。腕のいいドワーフの職人さんに協力してもらって作り上げたの。

 まぁ、言っちゃえば私はアイデアを出しただけ。具体的な作業は、その職人さんに全部お任せしちゃったわけだけど。

 だから言ったでしょ? 私には知識はあっても技術がないって。


 ん? 材料はどうしたかって?

 勇者たちからもらった。


 いちおうさ、私と勇者たちとの関係はそこまで険悪だったわけじゃないの。それどころか、仲は良かったって私は思ってる。

 だって、そうでなくちゃ魔王討伐に役立ちそうな武器や道具のアイデアを、わざわざ出してあげるわけないじゃん。何より、勇者たちも異世界から転生してきた人たちだしね。


 いわば同郷の仲ってヤツですよ。


 そんな勇者たちからワイバーンの皮翼をもらって、気球を作ったのよ。

 結果としては、成功したわ。ちゃんと空に浮かぶ気球が作れたの。まさか本当に作れるとは思ってもみなかったわ。

 これには自分でもびっくりよね。


 それで……調子に乗っちゃったんだろうね、私。

 勢い込んで一人で気球に乗り込み、処女飛行に出発したのよ。

 そしたら襲われたわ。

 何に? って、ワイバーンに決まってるじゃない。なんだかヤケに興奮した様子で襲ってきたのよ。


 もしかすると、縄張りを荒らしに来た同族の余所者って思われたのかな?

 だって気球の素材はワイバーンの皮翼だし。ちゃんと防腐・防水加工をしたんだけど、やっぱり同族の臭いには敏感なのかも。あ、逆に「同族の仇ぃっ!」て感じで襲われたのかしら?


 ま、今となってはどっちでもいいわよね。私が気球ごと襲われたのは事実なんだし。


 かくして私は空に投げ出され、地面に向かって真っ逆さま。柄にもなく悲鳴なんて上げちゃった。

 意識もぷっつり切れちゃってね。たぶん、地面に激突する前に本能的な安全装置が働いて、恐怖やらパニックから自我を守るために意識を失ったんでしょう。

 そして私は二度と目覚めることなく、この異世界で短い人生に幕を下ろす──なんてことを考える余裕はなかったけれど、そうなるんじゃないかなぁと思っていた。


 けれど、そうはならなかった。


 幸か不幸か、落下した先にいた人が落ちてきた私を優しくキャッチして、助けてくれたみたい。おかげで死ぬことも大怪我を負うこともなく、ちょっと頭にたんこぶが出来ただけで済んだわ。

 なかなかいませんよ? 空から落ちた人間を楽々キャッチして助けてくれる人なんて。普通、巻き込まれて一緒に死んじゃいますから。

 それなのに、見事に私を助けてくれた人は、巻き込まれて死ぬどころか怪我もせず、軽々と私を受け止めてくれた。


 いやはやホント、人間離れしてますね。

 ええ、本当に人間じゃないみたい。

 ……そりゃあ、わかりますよ。だって私には、世界図鑑があるんですもの。


 だってこの人……勇者が倒したはずの魔王ですよね?

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