魔王様は美味しいご飯を食べて暮らしたい

にのまえあゆむ

プロローグ

魔王、死す

 その日、魔王は勇者に倒された。


 比肩する者はいないとされ、無類の強さで魔族を従えた王ではあったが、人族が繰り込んだ勇者と、勇者が引き連れた三人の仲間の前では力及ばず、聖剣に貫かれて命を落としたのである。

 勇者に倒された魔王は、それでも最後の意地を見せたのか、亡骸を晒すような真似はしなかった。魔法の力なのか、それとも身に宿る膨大な魔力を暴走させたのか、象徴だった錫杖のみを残して塵一つ残すことなく消え去ったのだった。


 かくして魔族に支配されていた魔大陸は人族の手によって解放され、世界に平和がもたらされたのである──。



 ──なんてな。



 まさかここまで見事に欺されるとは、なかなか上首尾で事が運んだらしい。魔族だけでも謀れたら御の字だったんだが……そうか、人族の方も欺されてくれたのか。


 ……あ、どうも。


 そういうわけで、倒されたことになってる魔族の王──こと、アルフォズル・ニルヴァースです。気軽に『アル』と呼んでもらえると、とても嬉しい。

 いちおう言っておくと、魔王というのは世襲制ではない。これはおそらく魔族の根源的な性質によるものだと思うのだが、力こそが正義であり、力なき者は家畜にも劣る──という考え方をしている。


 別の言い方をすれば、強者は絶対者であり、弱者は強者に傅くものなのだ。


 そんな弱肉強食の世界で〝王〟を名乗っていたのが俺ちゃんなわけで、そりゃあ人族の勇者なんぞに後れを取るわけがない。


 まぁ、そこそこ戦える奴だったことは認めよう。ただ、俺を倒すにはもう三段くらい殻を破る必要があるかな。


 勇者は俺から見れば格下の相手なわけで、ならどうしてそんな勇者に倒されたように偽装したのかと言うと、理由はいろいろある。

 統治する面倒だったり、身の程をわきまえずに挑んでくる弱者の対処だったり、自由がなかったり……などなど。


 そしてやはり、一番の理由は『飯が不味い』これに限る!


 どのくらい不味いのかと言うと、味付けで塩と砂糖を間違えてるんじゃないかと思うくらい不味いんだ。しかも、それはまだマシな方で、ヒドイものになると吐き気を催すような臭いを漂わせるものまである。しかもそれが、庶民の間ではもっぱら普通の料理というレベルでのま不味さだ。

 なんでそこまで不味いのかと言うと、魔族の性質がそういう風になっているからだ。


 だって、力こそ正義の弱肉強食の世界だぜ?


 そうなると、当然文明のレベルは上がらない。農業や畜産、製鉄その他もろもろの一次産業は人族の文明に比べると格段に低く、ロクな一次産業がないもんだから、二次産業も質が低い。三次産業に至っては存在すらしていない。


 そりゃそうだ。欲しいものがあったら力で奪えばいいと考えているんだから。


 技能はあっても力がない者は、搾取されるのを恐れて技術を磨かない。

 おまけに、そういう技能を持ってる者は弱者であることが多い。

 足りない力を道具で補おうってわけだな。


 それでどうやって魔族社会が成り立っていたのかと言うと、それはもちろん、自分たちよりも弱者──人族から奪って補っていたのだ。

 ただ、道具は奪うことで流用はできる。


 けど料理は?


 無理だろう。食材くらいならまだなんとかなるが、食材を美味しく加工する技術だけは奪うことができない。料理人をさらってきたところで、十全にその技能を発揮してくれるわけがない。

 結果、魔大陸の料理事情は人族に遠く及ばない最底辺となっていた。


 だから俺は、魔王としての地位を捨てた!


 魔族であることも隠そう!


 そして、人族の中に紛れ込み、美味しいご飯を毎日食べられる日々を目指そう!


 そんな決意を胸に、俺は魔大陸から一番遠い人族の領土へ移動したわけだが──。


「ここ、どこだ……?」


 ──さっそく道に迷った。

 死の偽装が上手くいって、晴れて自由の身となったからって浮かれていたのがマズかったようだ。

 ただでさえ疎い人族の領土で、降り立つところを見られないように人里からも離れた場所を選んだ結果、鬱蒼と茂る森の中になってしまった。


 さすがの俺でもわかる。


 人族は、こんな森の中に住んでない。もっとこう……人工的に整備された場所に住んでいるはずだ。

 で、そんな人工的に整備された場所はどっちにあるのかなー……って、わかるかい!


「きゃあぁぁぁぁぁぁ……っ!」


 一人でノリツッコミをしていたら、生い茂る木々の合間を縫って悲鳴が聞こえた。

 はは~ん、なるほどなるほど。

 これがいわゆるアレですね。美少女が暴漢なり魔獣なりに追いかけられていて、それを俺が颯爽と助ける出会いフラグってヤツですね!


 おーけーおーけー、いいだろう。そういうことならそのフラグ、きっちり回収してやろうじゃないか。


「さてさて、いったいどこから──」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

「うぇっ!?」


 前か後ろか横からか、どこから来てもバッチリ対応してみせるぜ! と意気込んでいたら、まさかの真上からだった。そりゃあ俺の驚きも「うぇっ!?」とか言っちゃうわけだ。


 上だけに!


 ……………………。


 こほん。


 とにかく、まさか人族の領土に来て最初に遭遇したフラグが、よもや落ちもの系とは思わなかった。咄嗟のことでやや乱暴にキャッチしてしまったが、それでも見事にフラグは回収したと言えるだろう。


 かくして頭上から降ってきたのは、うん、まぁ、美少女(?)だった。(?)が付いているのは、あまり女子らしいオシャレと縁遠い、よく言えば素朴な、悪く言えば見た目に無頓着な感じがするからだ。

 それは何も、魔族と人族の美的感覚の違いでそう言ってるわけではない。その辺りの感覚は種族に差なんてないらしいので、魔族が綺麗とかかわいいと思うものは、人族も同じように感じることがわかってる。


 なので、そういう人魔共通の美的感覚から言わせてもらえれば、この降ってきた少女はすこぶるもったいない微少女だった。磨けば光りそうな気もするが、本人に磨く気がなさそうなのが困りものだ。


 さて……どうしたもんかね、これは。




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