初めての手料理……ぽいもの 2
「しかしそうなると、今日はここで野宿することになるが?」
「まぁ……仕方ないですよね」
こう見えても私だって冒険者だ。良家のお嬢様じゃあるまいし「アテクシ、野宿なんて嫌ですわ!」とか言ったりしない。
食事や飲み水がないけれど……一晩くらいだしね。
我慢しましょう。
「むぅ……野宿か。食事もなければ寝床もないのは嫌だな……」
私よりもアルさんの方が野宿を嫌がった。
これだから良家のお嬢様は……!
「我慢してください。今からそんな我が儘言ってると、人族の社会に入った時に──」
「よし。ちょっと獲物を仕留めてくるか。すぐ戻る」
「えっ?」
言うが早いか、立ち上がったアルさんの姿はフッと一瞬でその場から消えてしまった。
もしかして、今のが転移? やっぱり、魔法とはちょっと違うみたい。
「ほい、お待たせ」
「うひゃっ!?」
び、びっくりした……。
そりゃあだって、目の前から消えたアルさんの声が、背後から聞こえてくれば誰だって驚くわよ。
「お待たせって、今のはいったい──」
振り返った瞬間、私の表情が固まった。ちょっと現実に理解が追いつかなくてフリーズしてしまった。
だって、目の前に牙を生やした醜悪な豚の顔があるんですもの!
「ぎょええぇぇぇぇっ!」
その豚はオークだった。
オークと言っても顔が豚で体が人間といった姿ではなく、頭も体も全身くまなく豚──いや、猪に近い。
当然人の言葉は喋らないし、二本足で立って歩くことはせず、四つ足で駆けずり回る。
道具も使えないし使わないけど、個体によっては身体強化の魔法を本能的に使いこなすヤツもいる。
そして、何でも喰う悪食で、他の怪獣や人間だって食べちゃうのよね。
そしてオークの一番怖いところは、その巨体なの。
平均して体長は三メートル。これまで確認された最大値は、全長十メートルらしい。
時速五十キロくらいの速度で駆けずり回り、体当たりで城壁に穴を開けちゃうパワーも持っている。
なんというか、これぞ異世界! っていうトンデモ生物だ。
討伐するには、一頭に対して経験を積んだ冒険者が三~四人で対処するのがセオリーとなっている。
そんなヤツが、いきなり目の前に現れた。
そりゃ悲鳴の一つもあげちゃいますよ!
あーこれ私死んだなー。
理想の男性と出会って女の喜び(性的な意味で)も知らないまま、こっちの世界でも死んじゃうのか私ぃ~……。
「おいおい、なんてぇ悲鳴上げてんだ? 今のは女子が叫んでいい悲鳴じゃなかったぞ」
すっかり諦めの境地に達していた私を現実に引き戻したのは、オークから聞こえてきたアルさんの声。
そっかー。アルさんはオークだったのかー。
「おい……おまえ今、もの凄く失礼なこと考えてないか?」
「……へ?」
どさっと音を立てて地面の上に横たわったオークを見て、ようやく私の意識は現実に戻ってきた。
「って、アルさん? このオーク、どうしたんですか?」
「どうもこうも、獲ってきたに決まってんだろ」
「獲ってきた!?」
いやいや、何言ってるの?
「ついさっき消えて、すぐ戻ってきましたよね? 一分も掛かってないですよ」
「ん? 何か変か? オークの居る場所に飛んで、仕留めて、戻ってくる。一分も掛からないだろ?」
「いやまぁ、手順としてはそうかもしれませんけれども!」
あかん……この人の行動を、私の常識で照らし合わせて考えるのは根本から間違ってる。
アルさんの常識=私の非常識。いや、人族の非常識と考えた方がよさそうね……。
やっぱり、道徳授業から始めましょうそうしましょう。
「それよりほら、カンナ。材料は持ってきたから、これでご飯を作ってくれ!」
「……んっ!?」
なんだか今、凄く不思議なことを言われた気がするわよ?
「待って待って。私が? 作る? ご飯を? え、材料はこのオーク? ははは、何を言ってるんですかアナタは」
いやいやホントに。
マジでマジで。
だってこれ、オークが丸々一頭そのままじゃないですか。
この大きさのオークだと、だいたい四人家族で二十組ほどの食事一回分の量になるんですけど。それだけ大きいってことなんですけど!
それでご飯を作れ──って、つまり私に、そんなオークを解体しろとおっしゃる?
「はっはっは……か弱い乙女に何させようとしてるんですか!」
「えっ、か弱い!?」
「ちょっと待ってください! 突っ込むところはそこですか!?」
普通は──この世界でも──女子に四本足の生き物を解体させようとはしない。解体作業は男の仕事なのだ。だって体力がいるし。
「もしかして、できないのか?」
「……逆に聞きますけど、アルさんはできないんですか?」
「やったことないな」
……これだから王様ってヤツは……!
「で、カンナは?」
「……できない……わけでは、ないですけど……」
できる、できないで聞かれたら、そりゃあ正直に「できます」と答えますよ。なんだかこの人を相手に嘘を吐いても、すぐに見抜かれそうだし。
そういう技術も、もちろんこっちの世界に転生してから磨いてきた。ただ、知識としては転生前から身につけていたりするんだけどね。
実は私のおじいちゃんがマタギで、仕留めた猪や鹿とかの解体を見ていたのよ、小さい頃から。食育の一環とかなんとかで。
かなりスパルタな食育だと思うけど、おかげさまで食事に対してはかなり真摯に向き合うわよ。血だ臓物だのが飛び交う現場を目撃しても、割と平気だったし。
「じゃあ、やっぱりカンナが捌いてくれよ」
「でっ、でも道具とかないですし!」
「道具ならあるぞ」
と言って、アルさんはどこからともなく鉈みたいな片手剣を取り出した。
いやホント、今それどっから出したの!?
「他にも道具が必要なら言ってくれ。作るぞ?」
「………………」
ヤバい……これガチで私が解体する流れになってる……!
「でもこれ、血抜きとかまだ何もしてないですよね……?」
「血抜き? 血を抜くのか? 全部?」
「全部じゃないですけど、首を切ってから血が流れ出てこなくなるまで逆さに吊すんです。この大きさだと吊すこともできないから、頭を低くするしかないですけど……そうしておかないと肉が生臭くなって、とても食べられたものじゃなくなるんですよ」
「なるほど、そういう処理をするのか……」
おや? どうやらアルさんには、その辺りの知識がまったくないらしい。
いや、もしかすると魔族には、屠殺に関する技術そのものがないのかもしれない。
話を聞く限り、魔族っていうのは戦闘技術は別としても、それ以外の文化的技術が未発達みたい。
なるほどねー。
だから魔王様が、飯マズを理由に国を捨てるわけだ。
「じゃあ、さっそく血抜きをしよう」
そんな国を捨てた魔王様が、さも簡単なことのようにあっさり言う。
「いやでも、ここで血抜きをすると、血の臭いで他の怪獣が来ちゃうかもしれませんよ」
通常、オークを討伐して肉や革、骨を得ようとするのなら、仕留めた後で川辺や湖の側に移動してから解体する。こんな森の中、しかも近くに川も湖もないような場所では解体なんてしない──というか、洗浄できないのでやらないものなのよ。
まぁ、水系統の魔法が使える魔法使いでも一緒にいれば、話は別かもだけど。
残念ながら私は、今のところそういう機会に恵まれてない。
「水が必要なら、出してやるぞ?」
はい、いました!
水系統の魔法が使える魔法使いがここにいます!
厳密に言えば魔法使いじゃないけど……さすが元魔王、水系統の魔法さえお茶の子さいさいってわけですか。
「あーもぉ~……」
こうなると、私があれこれ理由をつけて拒否っても、アルさんにことごとく潰される気がするなぁ。
だったら覚悟を決めて、さっさとオークの解体作業をした方がよさそう。
恐ろしい怪獣とはいえ、奪った命だもの。
可能な限り美味しい状態にして、私たちの糧にしなければ罰が当たるわ。
「仕方ないですね。じゃあちょっと解体しますんで、アルさんも手伝ってください」
「おう、任せろ!」
返事だけは威勢がいいんだから……。
でもこの人の場合、魔王だったんだからどれだけ血が出ても、臓器を引っ張り出しても平気よね。その点は、初めて解体作業に加わるそこいらの男よりマシかもしれない。
そういうわけで、これからオークの解体を始めます──と言っても、生々しい説明はやめときましょう。
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