プロローグ2話

 目を覚ますと自宅は通夜会場に変貌していた。私はおねえさんに担がれるようにして部屋の隅に移動し、体を投げ出すように座らされ、上体を壁に立てかけられた。

 お母さんは知り合いのいない土地に逃げるようにやってきたせいか、通夜にきたのは職場の人だけだった。普段見るような派手な衣装ではなく、連絡を受けてすぐに駆けつけましたと言わんばかりのノーメイクでやってきたその人たちを最初は見知らぬ人だと思った。

 けれど、ひとりひとりが私に声をかけてくれ、励ましてくれたことで、この人は明美さんだ、この人は香苗さんだ、と相手が誰なのか判別できた。みんなお母さんに似たような境遇の人ばかりで、学がないと生きにくい世の中で協力し合って生きていた。

 そのせいか私たち母娘にもよくしてくれて、誰よりもこの人たちがお母さんのために涙を流してくれた。

 何人もの女性たちがお酒も飲まずに泣いていたところに祖父母がやってきた。棺桶に納まったお母さんを見て、祖父母は悔しそうな表情を浮かべていた。

「私たちの言うことを聞かないから……」

 私はそう呟いた祖父母に反感を抱いた。

 まるでお母さんの人生が不幸だったみたいじゃないか。若くして亡くなったことが幸せだとは思わないが、それでもお母さんなりに幸せだったはずだ、と。

 ここまで考えて自分の思い違いに気がついた。私はお母さんを否定されて怒ったのではない。祖父母の言うとおりにするということはつまり、私を産まなければよかったのだ、と言っているに等しく、否定されたのは私そのものだったから私は怒りを覚えたのだ。

 祖父母たちの悪意に気がついた明美さんは憤然と立ち上がり、大口を開けて怒鳴ろうとしたが、すんでのところで香苗さんに止められた。

 明美さんは香苗さんを睨んだが、香苗さんは静かに頭を振るだけだった。血族に否定されたものの、私を擁護してくれる人がいることに安心し、私はまた眠りに落ちた。


 学校から直接バイトに向かっていたので、お母さんが倒れて以来着替えていなかった私は制服のままだった。

 おかげでおねえさんの手を煩わせることなく葬儀に参加できた。私は年老いた和尚が唱えるお経に眠気を催されることなく聞き入っていたけれど、あいかわらず壁にもたれたままだったので、祖父母たちには「父なし子が……」と睨まれた。

 出棺し、お母さんを火にかけている間、特にお母さんを慕っていた明美さんは泣きながら私の心配をしてくれた。

 どうやら通夜の間に私は祖父母たちが引き取ると決められていたようだ。

 明美さんは彼らが私を辛辣に扱うのでは、と危惧していたようで、私と一緒に暮らそうか、とまで言ってくれた。

 けれど、生活が苦しいのはみんな同じなので、甘えるわけにはいかなかった。

 なにかあったら連絡してね、とお母さんの同僚たちは連絡先を書いた名刺を渡して帰っていった。

 おねえさんに支えられて家に帰りついた私はもう引越しの用意に取りかからねばならなかった。

 学校もバイトも休んでもそもそと片付けを始めて一週間が経ち、旅立ちの日を迎えた。特に仲の良い友達もいなかったので、故郷を離れることに苦はなかった。

 強いて言うなら、私を可愛がってくれたお母さんの同僚やおねえさんと離れることはすこし寂しい。

 見送りに来てくれたのはおねえさん一人だけで、なにかあったら連絡しなさい、と彼女も名刺をくれた。そこにはおねえさんの名前と職業が書かれていた。

 イラストレーター 飯田友香

 おねえさん、ちゃんと働いていたんだ。お母さんが倒れたことより、そのことのほうが衝撃的だった。

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