峠を越えて
千早峠での小休憩を終えて、四人は先へと進む。
相変わらずの木々の中だが、ときどき開けた場所に差し掛かり、奈良の街を見下ろすこともできた。しかし、その風景を堪能することもなく進む。標高935mの高谷山を通過し、アップダウンの続く道を通って中葛城山へ到着。この時点で時刻は9時15分。すでに、スタートしてから三時間も経過していた。
背の高いヒノキがずらりと並ぶ中葛城山山頂。風が吹き、枝や葉が揺れる中、
「ここから久留野峠へは急な下り道になっている。リズムとバランスを大事に、お互いの間隔に注意して、もちろん足下に気を付けて進もう」
コースの地形を把握していたみつきが注意を促す。みつきの言った通り、この先は急な階段が続く道となっていた。
その途中に――
「神倉高校縦走女子……と」
一人の先生がじっと佇んでいた。まるでRPGのNPCのようだ。
「こんにちは!」
と四人は元気よく挨拶すると、先生も「こんにちは」とにこやかに返事。
彼もまた、今大会で問われる体力審査の審査役だったのだ。
コース上の各位置に配置され、通過したパーティーのリズムやスピード、歩行バランスや、パーティー内で間隔が開きすぎていないかを確認し審査する役目を負っている。他にも、パッキングが悪くなっていないか、靴紐が解けていないか、地図を見ながら歩いていないかなどもじっくりチェックされる上、走ったりもたついたりしていないかも厳しく見られる。
もちろん、山のマナーも対象だ。なので、四人は元気よく挨拶したのである。
審査役の先生から離れたところで、優華が大きく息を吐く。
「ふう、下り道だからって走らなくてよかった」
「それこそが審査の狙いだったんだろう」
みつきが相槌。こういう下り坂では、どうしても飛ばしたくなる気持ちが生まれてしまう。それを読んで、高体連側は審査員を配置しているのだ。
ペースを乱すことなく進むことができたので、減点にはならないだろう。ほっと一息を吐き、四人は久留野峠に到着。しっかりと記録を取り、念のため自分たちの状態を再確認。靴紐をしっかりと結んでから再出発する。
登り坂や平坦な道を経ると、標高1000mを超える地点に到達。見晴らしのいい場所にはベンチがあり、他校のパーティーがそこで休んで水を飲んでいた。吹く風も心地良く、木々に癒されるかもしれないが、神倉高校山岳部はそのまま通過する。
やがて、伏見峠への案内板が見え、車も通れそうな幅の広い道へと差しかかった。
「こういう道が出てきたってことは、キャンプ場が近くにあるんだね」
あきらの予感が的中。すぐに金剛山キャンプ場の入り口が見えた。そのまま道を通ると、一面芝生の世界が視界を埋め尽くす。
「ちはや園地だ!」
ここが夏は避暑、冬には雪遊びで楽しめる、金剛山の広場ちはや園地である。
芝生には多くの他のパーティーが待機していた。
大会中に行われる強制休憩。その地点がこのちはや園地だったのである。
「神倉高校縦走女子だね」
「こんにちは」
高体連の先生と出会い、四人は揃って挨拶。
「時刻は10時10分っと。ではここで装備の計量のあと、強制休憩40分となります。時間が来るまでスタートしないでください」
「はいっ」
先生の指示に従い、広場の中でメインザックの重量を測定。重量不足ではないことが確認されたあと、自由時間を得ることができた。
「は~。ここで折り返しってとこだね」
メインザックを芝生の上に置いてリラックスするあきら。絵里もよっこいしょと声に出しながらメインザックの重量から解放される。
一応昼食タイムとして、各自行動食のカロリーメイトをはむはむと齧る。
その最中、みつきはやはり他校の様子に余念がないようだった。神倉高校山岳部から少し離れた場所には、古佐田丘高校山岳部の姿が見えた。和気藹々とした様子で、仲間に声をかけているのはもちろん井中だ。
「向こうのパーティーに乱れはない、か」
視線に気付いたのか、井中がみつきと目を合わせた。すかさずみつきはにこりと表情を緩めると、頭を下げる。ごく自然な会釈だ。まさかライバル視されているとは向こうも思ってはいないだろう。
やがて、井中たちはパッキングを再確認すると、メインザックを背負って歩き出した。強制休憩が終了したのだ。神倉高校とは10分ほど差があったらしい。
「さあ、後半戦も頑張ろう!」
そして、強制休憩が終了した10時50分。神倉高校縦走女子の四人も出発。
広い道を進み、再び山の中へ。しばらくすると葛木神社の鳥居が見えてきた。このまま直進すると神社に行ってしまいコースアウトとなる。お参りをするつもりはないので、水越峠方面へと迷わず進んで行く。
順調に歩いて行き、途中読図のポイントもあったが難なく答えを導き出すことができ、絵里たちはパノラマ台へと到着した。
その名の通り絶景を拝むことができる場所だ。広がる奈良盆地は緑の瀟洒な絨毯のように見えた。
さらに急な階段を下りて行けば、カヤンボの休憩所に到着。時刻は11時25分。そして、橋を渡っていけば、水場にさしかかった。ここでは金剛の水という湧水が常に溢れているようだ。
先に行っていた他校のパーティーが空になったペットボトルへ水を補充し、安堵の息を吐いていた。それを見てみつきはくるりと振り返る。
「みんな、水分は大丈夫か? 足りないなら、ここで補給もできるが」
「大丈夫。まだポカリとか残っているから」
流れる汗をタオルで拭き、絵里は答えた。
「よし、それじゃあこのまま進もう」
何もかも、何もかもが順調に見えた登山行動。このまま難なく踏破することができると、絵里は確信していた。
しかし、水越峠を通過し、これから大和葛城山というところで、最大の試練にぶち当たるのだった。
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