進撃準備
山岳部の大会に向けた練習は続く。
絵里は毎日メインザックで登下校し、16時になれば天気図作成の練習をする。今となっては風向きも風力の記入はもちろん、等圧線の結び方にも慣れてきていた。
そうしてこの日も大会に向けた練習を終えたのだが、
「うーむ、時間がないな。仕方ない。今から集めるか……」
閑散とした神倉高校の校舎の中。時刻が17時を過ぎ、これから電車に乗って帰ろうというタイミングでみつきが難しい顔をして唸っていた。
「どうしたんだ、みつき」
優華が怪訝な顔で尋ねる。
「いやいや、この前の幕営審査の練習中に、ブルーシートが破けているのを見つけてね。新しいのを買わなきゃと思ったんだ。それと、ガスボンベももうすぐ切れるころで軽くなっていた。あとは釈迦ガ岳の25000分の1の地図も必要だ。本屋に行って買わなきゃいけない。それで、もう週末の縦走登山の練習まで時間がない。揃えるなら今日しかないなと思ったんだ」
「……そんなに」
口をあんぐり開ける優華。
「……電車の時間ずらして、今から揃えるんだね」
「わかったよ」と続けて絵里がぽんぽんとみつきの肩を叩いた。
「わたしたちも協力するから、買いに行こう」
「うんうん」
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、まずはスポーツショップに行ってボンベの調達か……」
こうして、備品を揃えるために、山岳部の三人は新宮市内を歩き回ることとなったのだ。
まずは、スポーツショップである。国道42号線沿いにあるその店へ、絵里たちは向かった。神倉高校を出て東へ約10分。一階が駐車場になっており、二階でスポーツ用品を取り扱っているスポーツショップへ絵里たちは入店する。
色とりどりのスポーツウェア。山用のシャツやズボンも多く取り揃えられており、もちろん登山靴やザック各種も棚にぎっしりと詰められている。
「この店に初めて来たときを思い出すね」
絵里がぽつりと呟いた。今現在絵里が背負っているメインザックもこの店で購入したものだ。貴重な一万円札を握り締め、レジで購入し持ち帰ったこの相棒のことはいつでも思い出すことができる。
そうして店の空気の懐かしさを味わっていると、
「よし、あったあった」
みつきの手には黄色いガスボンベが握られていた。安心と信頼、伝統のプリムスだ。温暖な気候に適したノーマルガスや、どのシーズンでも使えるハイパワーガスなど、種類は豊富だが、今回みつきが購入したのはハイパワーガス。大と小――容量によって大きさが変わるのだが、みつきは両方をレジに持って行った。
「あ、待ってみつき」と優華が呼び止める。
「このコッヘル、コンパクトで便利そうだから一緒に買ってくれない?」
彼女が手にしていたのは、ガスボンベとバーナーの収納機能もあるコッヘルだった。
「なるほど、今使っている鍋をそのコッヘルに変えれば、メインザックのスペースもかなり節約できるな。採用!」
登山用の
「あっ、このランプも小さくてかわいい。みつき、一緒に買ってくれる?」
絵里が手にしたのは、黄色いクマの形をしたランプだ。ラジオ機能も付いており、ハンドルを回して充電することができるという、電池入らずの優れものだ。
「いや、いらない。今あるもので十分だ」
だが、みつきにあっさり却下され、絵里はしょぼんと項垂れた。
「あっ、この十徳ナイフも小さくてかわいい……」
「もう買わないぞ。絵里」
目をきらきらと輝かせる絵里をばっさりと切り捨て、みつきは会計を終えた。
次に必要なのは、釈迦ガ岳の地図だ。
競技では国土地理院が発行している25000分の1の地図が使われることになっている。そして、その地図は書店で購入することができるのだ。
絵里たちは神倉高校前のWAYに立ち寄ったが……。
「……売ってないね」
残念ながら地図を見つけることができなかった。
「ふむん。GWも近いし、どこかの登山愛好グループが買ってしまったのかもしれない」
「それじゃ、別の本屋に行く? でもこの辺で大きい本屋といえば……」
「ジャスコだね」
優華が眉間に皺を刻んでいるところに、絵里が答えた。
ジャスコ新宮店。それはこの新宮市に新たに造られたショッピングセンターだ。
食料品も豊富で、多くのテナントが出店されており、暇つぶしにも最適な店である。絵里もときどきここでゲームを買っていた。そしてもちろん、本やCDを取り扱っている書店もジャスコに含まれている。
「よし、行こう。地図を求めて!」
みつきの掛け声とともに絵里たちは再び歩き出す。
国道42号線を、スポーツショップとは逆方向に進み続け、新宮市の新たな主婦の味方の店に到着。
「あったよ、地図が!」
そうして、本屋で絵里たちは地図を見つけることができた。値段はなんと300円と非常に安い。コピーして使うので、買うのはこれ一冊で十分だ。
「それじゃ、次はブルーシート……」
みつきがそう言い掛けたところで、ぐううっと腹の虫が鳴く。
「……今日は少々歩きすぎたかもしれない。エネルギー消費が激しいな」
「それならわたしだって。ずっとメインザック背負っているし」
もう絵里は妖怪ザック女として小学生の間で都市伝説になっているかもしれないと思い始めていた。
「しょうがない、フードコートでちょっと食べていくか」
「賛成!」
優華の提案に乗り、みつきたちはジャスコの二階にあるフードコートで軽食を摂ることにした。フードコートには、インド料理やうどんや蕎麦などを扱っている店が多いが、
「いただきまーす」
絵里たちはたこ焼きを注文し、三人で分けることにした。
「うーん、ほくほくとしておいしい」
「あたしたちもたこ焼きパーティーとかしてみたいね。それも山頂とか見晴らしのいい場所で」
「山でたこ焼き? うーむ、それはそれで面白そうだ。大会の審査では悪印象だろうが……」
却下とまでは言わないが、みつきも興味を持ったようだ。
ジャスコを出るころには、空はすっかり夕闇に包まれていた。
「さて、ブルーシートを買いに行かなきゃだね」
「ああ、ホームセンターに行かないと」
ジャスコから市街地寄りにあるホームセンターが次の目的地だ。三人はてくてくと歩き、日用品が充実しているホームセンターに到着。
そこで、10m×10mのブルーシートを購入。ブルーシートは防水機能もあるので必需品。テントの底に敷くのはもちろん、急な雨を凌ぐときにも役に立つ。
「これで全部のアイテムが揃ったね」
みつきが持っている、ガスボンベにコッヘルに地図にブルーシートが入った買い物袋を見つめて絵里が言った。
「アイテムか。今日はこれらを求めていろいろ歩き回ったな」
「ほんと、RPGで冒険しているような気分だよ。みつき、重くない? あたしも持ってあげよっか」
「いいよ、優華。私は私で鍛えているんだ」
ふふっと強気に微笑むみつきは、アイテムの入った袋をダンベルであるかのように激しく上げ下げする。こうして用を済ませた三人は駅へと向かい、帰宅の途についた。
今日は本当によく歩いた。そもそも、毎日よく歩いているけどと思う絵里。だが、前ほど疲れやすくなっていないのは確かだった。
そして――
「あれ、みつきたち。まだ帰っていなかったの?」
駅前に到着したところで、自転車に乗ったあきらとばったり遭遇した。
「ああ、あきら。山岳部の足りない道具を集めていたんだ」
「へぇ~って、それくらい私に言えば自転車貸してやったのに」
「いいんだよ。たまにはこうして、市内を歩き回るのも。経験値稼ぎの一環だ」
みつきがそう答え、絵里の心臓がきゅっと縮む。
ごく普通の放課後の買い物。そう思っていたが、実はこれもまた体力を向上させるための練習だった?
「もしかして……わたしのために……?」
なんて、穿ちすぎかもしれない。この幼馴染は常に何かを考えているので、そう思わざるを得なかったのだが。それでも、いろんな店を回って、準備をするのはシミュレーションゲームの出撃前のようで絵里は楽しかった。
何気ない日々の中で、山岳部は自然と成長を続けていく――
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