第二章 更なる試練の道――神倉高校山岳部の挑戦
新たなる戦い
2003年4月16日。
昼休みに絵里はいつものようにみつきと一緒に弁当を食べるのだが、この日ばかりは興奮していた。
「ねえ、今度GBAにMOTHERとMOTHER2が移植されるんだって!」
米粒を飛ばしそうになりながら、絵里は楽しそうにそう言った。
衝撃だった。かねてより噂されていたが、ファミリーコンピュータのソフト「MOTHER」とスーパーファミコンソフト「MOTHER2」がゲームボーイアドバンス用ソフトとして移植され、さらには開発中止となっていたニンテンドウ64用ソフト「MOTHER3」もゲームボーイアドバンスで復活するという大ニュースだ。かねてからゲーム雑誌64DREAMを愛読し、MOTHER3のことを首を長くして楽しみにしていた絵里にとってはまさに夢の続きを見るような出来事だったのだ。
「MOTHERはやったことないから楽しみだなぁ。ゲームボーイアドバンスだからどこでもできるよ」
「楽しそうだな」
みつきは卵焼きを食べながら、多幸感に包まれている絵里の顔を見つめた。
「それで、発売日は?」
「6月20日だって。予約するとどせいさんのストラップがもらえるから、放課後はゲームショップに行かなきゃ。みつきも行こうよ」
うきうきとはしゃぐ絵里とは対照的に、みつきは冴えた表情。
「6月20日か。春季大会が終わったあとだな」
絵里の箸からかまぼこが滑り落ちる。
その一言で、まさに夢から覚めたような気分を味わったのだ。
春季大会。それはまさに絵里が抱く、導火線付きの爆弾であり、毒の華を咲かす不安の種。今となっては、楽しみなゲームの前に立ち塞がる強大な砦でもあった。
「みつき……本当に縦走で参加するの?」
「ああ。岡島先生も、私が申請しなくとも、私たちを縦走のパーティーとして参加させるつもりだったらしい。ノリノリだったぞ」
つまり、どの道縦走という強制イベントには参加するしかないということだった。
「うう……わたしは……ゲームができるから……じゃなくて、自由な時間が確保できるから山岳部に入ったつもりだったのに。ハチャメチャが押し寄せてきたって感じ……」
「私ならワクワクを百倍にして主役になってみせる」
強い宣誓に絵里は眩暈を催しそうになった。
「……みつきはやる気満々だね」
「……まあね、私はこれでも負けず嫌いだ。覚えているだろ、小学校最後の年。私がスマブラをやりに絵里の家に毎日乗り込んでいたことを」
「…………」
それは忘れられない楽しい日々、1999年の冬のことだった。ニンテンドウ64本体すら持っていなかったみつきがスマブラで遊ぶために、学校が終わると毎日押しかけて来ていたのだ。帰宅したらすでにみつきが上がり込んでいたこともあった。ぶっ飛ばしてはぶっ飛ばされるスマッシュの日々。そして、絵里に散々負けたみつきは、地域振興券でニンテンドウ64本体を買い、めきめきと腕を磨いていたのだった。
「わかる」
当時の記憶を思い出して、みつきの性格を絵里は反芻する。
「……私は、山岳部に入った以上、大会を知ったからにはただのピクニック気分で終わらせたくない。なんというか、テニス部にいたときのスポーツマンシップが呼び覚まされたんだ。私は……勝ちたいんだ。古佐田丘高校に……縦走で」
凛々しい表情で決意の表情を浮かべるみつき。
――スポーツマンシップ。
その有無がみつきと絵里にある、山岳部に対する意識差の最も大きい要因であったとも言える。バスケ部を早々に退部し、帰宅部となった絵里に欠けていた決定的なモノだ。
(わたしだって、勝負に負けて悔しがらないことはない……)
絵里の脳裏に次に過ぎったのは、中学三年生のときに参加したポケモンカードの大会だった。大阪の南港で行われた大会に中学生以上部門で参加した絵里は運よく予選を勝ち抜き、決勝トーナメントに進出。しかし、その二戦目で惜しくも敗れてしまったのだ。母親を説得し、従姉妹の家に泊まってまで参加し、お金もかなり使った。それでも、望んだ結果を得ることはできなかった。だから、楽しくも苦い経験だったのを覚えている。
だけど、ポケモンカードの大会は一人で参加するものだ。
山岳部の場合は――違う。
「…………」
絵里が昏い表情を浮かべると、
「絵里は不安なのか?」
幼馴染であり、山岳部の部長は優しく顔色を伺った。
「そりゃ、まあ。去年の大会でもわかっていると思うけど、わたしはみつきほど体力もないから……」
小声で、ぽつりぽつりと絵里は本音を搾り出す。
「……だから、みつきの理想に近付けるかがわからない。未熟なまま終わって、縦走最下位なんてことがあったら……」
絵里の恐れ。その終着点に待ち構えるのは――みつきとの友情の破綻であった。
みつきの期待に応えることができず――
みつきの足を引っ張ってばかりになってしまったら――
幻滅される。今までの十年以上の積み重ねてきた信頼が一気に崩れるかもしれない。
絵里は恐る恐る親友に尋ねた。
「もし……縦走でわたしが足を引っ張っても、みつきはわたしのこと嫌いにならない?」
「ならないよ。なっても、縁を戻してたことがあっただろう。私たちは」
「それもそうだけど」
「まあ、私も絵里のことは失いたくない。何せ、一番気の許せる相手なんだから。山岳部に入ってくれたときは、本当に嬉しかったから……」
クールなみつきの表情が割れた氷のようになり、声が小さくなっていく。それを誤魔化すようにみつきは箸を素早く動かし、自棄気味に弁当箱を空にしていく。
「みつき、今何て?」と絵里はきょとんと聞き返すが、みつきは答えてくれなかった。
「な、なんでもない。とにかく、私は縦走競技で勝ちたい。もっと、力を入れたい。それは、競技相手の高校にも求められていることだろう。もし、私たちが力を抜いて、生半可な気分で競技に参加していたら、相手も気分を良くしないだろう。弱くてラッキーなんて思うような輩ではない限り、な」
「みつき……」
「私は本気で大会に臨む! だから絵里、協力してほしい」
みつきの真剣な眼差しは必殺率の高いキルソードのように眩しく、デビルアクスのような威力をもって絵里の心に襲い掛かる。
「……うん、わたしだってみつきの役に立ちたいよ。だから、がんばりたい」
「ありがとう、絵里」
ふふっと微笑むみつきに絵里の顔もほころぶ。
とはいえ、大会に対する課題が多いのは事実だ。
体力はもちろん、読図や天気図のスキルアップ、知識を広げるのは重要課題。
だが――
それ以上に懸念される案件は、次回大会の開催地が「金剛山・大和葛城山」であることだった。
「金剛山・大和葛城山」は役行者が修業したことでも知られる、奈良と大阪の境目にある金剛山地にある山々。標高は千メートル近くあり、ロープウェイを使った登山道も有名だ。
そして、登山コースのスタート地点は、「紀伊見荘峠」。
それは、和歌山県「橋本市」にある場所。
つまりは――前年度優勝した古佐田丘高校のホームグラウンドであることを意味している。
地の利は古佐田丘高校にあり、和歌山最南端の山岳部である神倉高校は途方もないアウエー感を味わうことになってしまうのだ。
「大会、どうなるのかな……」
絵里の胸騒ぎは止まらない。
絵里は未来を思い描く。全力を出し切って、友を信じて、たとえ敗れたとしても悔いを残さず大会を乗り越えると。
そして、その先でみつきと笑い合いながら「MOTHER」の話ができると――
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