初めての「大会」①

 楽だと謳い文句のあった山岳部の活動は意外なものだった。


 確かに週に一回の登山は一時間もせずにすぐ終わるし、体力も使わないし、何より自然の風景を楽しむことができた。絵里も新入生歓迎登山で初めて烏帽子山を登ったときはどきどきしたし、野生の鹿を遠目に見たときはほんのちょっと感動した。


 しかし、5月のGWが過ぎてからだった。

 絵里は山岳部に「大会」があることをようやく知るのだった。


 平成14年度の和歌山県高校総合体育大会登山競技の舞台となったのは、新宮市から近い熊野古道の大雲取おおぐもどり小雲取こぐもどりであった。

 大雲取越えは那智高原から小口までの14.5km、小雲取は小口から川湯までの13km、計27.5kmを歩くというなかなか過酷な山行である。

 大会の開催期間は6月1日からの三日間。初日は我らが神倉高校に各高校の山岳部たちが集まり、開会式に参加。その後も各審査を受けることになっていた。

 

 大会まで一か月となり――山岳部は慌ただしくなった。

 まず、週に一回という活動内容が週二回に変更された。木曜日だけでなく月曜日も活動日となったのだ。

 それだけではない――


「では今から、天気図作成の練習をする」


 副顧問である科学教師角先生の監修のもと、科学教室に部員たちが集められ、大会の審査への練習が行われたのだ。

 配られたのは絵里も初めて見る真っ白な天気図用紙。そこへラジオから流れる情報を元に風向きや天候などを記入するのである。

 それは絵里たちが直面する最初の壁であった。


「石垣島、那覇、南大東島……」


 まず、天気図に登場する地点を覚え……。

 天気記号や風力、気圧、気温を書き込んでいく。


「えと、どこがどこで、何が何? 晴れ? 曇り? 風向きはこっち?」


 しかし、ラジオの読み上げはかなり速く、なかなか書き取るのは困難であった。

 結果、絵里が提出した天気図用紙はほぼ白。実際の大会の審査では一点でもあればいいほうである。


 天気図以外にも、計画書作成に時間が奪われた

 情報処理室のパソコンを使って、大会に提出する計画書を印刷し、一冊の本にまとめるのである。生まれて初めて作る薄い本だ。いつかゲームキャラクターの同人誌を作ろうと思っていた絵里には貴重な経験であった。

 計画書とは、大会のスケジュール、登山者名簿、顧問名簿、緊急連絡先、現地連絡先、緊急連絡網、個人装備品リスト、団体装備品リスト、薬品・医薬品リスト、応急処置法、食糧計画、気象通報、簡素な登山地図を付録とする合計15ページ程度の、ハンドサイズの本だ。


「うわ……やることいっぱい……」


 これも絵里にとっては難敵であった。家にパソコンがなく、従姉妹からもらったワープロでしかタイピングをしたことがなかったので、まず文字の打ち方に四苦八苦する。さらには、線の引き方やら記号の変換方法などもわからず、まさに手探り状態で未開の地を開拓する気分であった。


「うわあ、リセットされてるう~」


 しかも、保存を忘れて一から書き直すこともあり、山に登るよりも疲労が募る。帰りの電車の時間がずれ、家に着いてもすぐ寝るだけの日もあった。山岳部の意外な実態を知った日々であった。


「では、テント設営の時間を計測する」


 また、休みの日も顧問の岡島先生に呼び出され、テント設営の練習。テントを一から組んでは解体。組んでは解体の繰り返し。徐々に経験値が貯まるものの、他校の山岳部の姿が見えない以上、レベルアップした実感はそれほどなかった。


「ほいだら、実際に歩いてみるぞ」


 大会前には先生たちの車に乗せられて、舞台の後半コースである小雲取越えを実際に行った。初めての本格的な熊野古道の踏破。近場ということもあり神倉高校の山岳部は他校よりアドバンテージを得ることができる。とにかく足慣らしと、みつきや絵里は小雲取越えを達成。ピクニック気分で臨んだものの、13kmという長距離を歩いた負担は大きく、次の日は筋肉痛でまともに歩くこともできなかった。

 

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