登山競技

 登山とは競技である。

 大自然を相手とした、原始的な競技である。

 死と隣り合わせの危険な競技であり、仲間と連携して挑む競技である。

 登山に競技があることを言うと、十人中九人くらいが顔を顰めるだろう。

 ただ、好きに山を登って、キャンプして、手料理を食べるくらいにしか思われていないだろう。

 甲子園出場を賭けて野球部が汗を流すように。

 花園出場を賭けてラグビー部が涙を流すように。

 実は山岳部にもまた、「全国大会」へ足を進めるための大会があるのだ。

 毎年春季になると、県下の山を舞台に各高校の登山部、山岳部、ワンダーフォーゲル部が集まり、二泊三日で高体連登山部が安全登山の各項目を審査。一位となった高校はそのままインターハイ出場の切符を得るという大会である。


 審査対象となる項目は大きく分けて十項目である。


 1.体力

 幕営に必要な荷物を四人で分担し、ザックに詰めて登山コースを歩く。男子ならば四人で60キログラム以上。女子ならば四人で40キログラム以上相当の重量が必要である。


 2.読図

 あらかじめ高体連登山部がコース上に仕掛けたポイントを読み取り、等高線のみが書かれた地図の適切な個所にチェックを入れる。


 3.記録

 所要時間やコースの概況、周囲の自然植物の観察の記録である。


 4.装備

 登山に必要な装備が揃っているか厳しくチェックする。


 5.幕営

 決められた時間内にテントを的確に完成させられるかを、全参加者が同時に行う。


 6.炊事

 衛生的でカロリー計算も満足な調理が行われているかを審査する。


 7.気象

 会場の教室に代表者が集まり、ラジオ放送を聞いて天気図を作成。

 天候はもちろん、気温、気圧、風向き、風力、等圧線も正しく記されているか審査する。


 8.計画書

 パーティーのメンバーや日程、コース。食料計画に装備に医薬品と舞台となる山の事前研究などを一冊の本にまとめ、計画が的確に立てられているかを審査する。


 9.知識

 救急法や登山の基礎知識を確認する。会場の教室にてペーパーテストによって審査する。


 10.マナー

 チームの協調性や態度などのマナーを審査する。


 このように細かな基準が存在し、厳正な審査を経て県の代表が一校選ばれるのである。

 なお、これは「縦走」参加者に限る。

 縦走とは、メインザックに荷物を入れ、四人パーティーで歩く登山のことである。

 一年前、みつきや絵里が参加したのは縦走ではなく「踏査」であった。これはメインザックではなく、ごく普通の山用リュックを背負って歩く競技。必然的に「1.体力」の審査外となるので、どれだけ読図や天気図が正確でも、インターハイに出場することはできない部門なのだ。

 なお、みつきたちが縦走に参加できなかったのは、単にパーティーの人数が足りなかったからだった。



「今年は違う、か」


 昼食を終え、絵里は自分の二年普通科一組の教室に戻り、頬杖をつきながら神倉山を眺めて物思いに耽っていた。


「それにしても、本当に詐欺まがいで新入生を募集しようとしてたんだな、みつきは」


 みつきの「楽」を強調したというプレゼンを思い返しながら、絵里は嘆息した。


「どこに地図を書いたり、天気図を書いたり、同人誌みたいな計画書を作る『体育部』があるっての……」


 今度はちょっと自棄気味に。


「……同じようで、変わっていくんだね。わたしたち」


 そして、絵里は瞼を閉じると、初めて山岳部に入ることを決め、大会にも参加した一年前のことを思い出していた。

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