第35話 暮斗の心配

 起床、というには些か遅すぎる時間だった。



 時刻は昼の十一時。朝と呼ぶには遅すぎるだろう。



 暮斗はまだくっつきたがっている重たい瞼を擦り、微睡みを抜け出そうと冷蔵庫の中にあるペットボトルの水を一気に飲み干した。冷たい水が喉を通り、胃に落ちるのがわかった。



 カーテンを開けると強い日差しが差し込んできて、思わず目を細める。そのまま窓を開けて、部屋の空気を入れ替えた。



 淀んだ空気が入れ替わり、澄んだものへと変わっていく。



 新鮮な空気を肺に送り込みながら、暮斗は別のことを考えていた。



 ――あまねと最後に会ってから三日が経った。それ以来あまねの姿は見ていない。



 三日前に会ったあまねの表情には危うい色が漂っており、一歩間違えば更に悪い方向へ走りかねなかった。



 心配でどうもそわそわしてしまい、気が気でなかった。



 その気持ちはまるで子を心配する親である。



「あークソ……何やってんだあいつ……早くこいよ……」



 ジュースとお菓子の準備は出来ていた。今日なんかは、来る確証もないのにかなり値段の張るケーキをホールで買っていた。



 テレビとハードの接続もディスクの挿入も完璧で、後は頭数が揃うのを待つばかり。



 だというのに、肝心のあまねは一向に姿を現さない。



 一日前はまだ余裕があったが、二日目三日目となると話は変わってくる。



 あれだけ嬉しそうにして家に来ていた人物がこなくなるとそう考えるのも当然だった。



 暮斗は後悔していた。あの時もう少しいいアドバイスをしてやれば、と。彼女の裁量に任せるのではなく、年上としてある程度導いてやれば、と。



 暮斗には、人にアドバイスをするという経験があまりなかった。昔からそうだった。



 いつだって自分の思うがままにやってきた暮斗は、得た経験を誰かに伝えるということがなかったのだ。どうアドバイスしてやればいいのかが分からない。



 連絡をしていいものかどうかも分からず、ただそわそわとして待つしかなかった。



 あまねから連絡、または彼女が家に来るのを心待ちにしてしばらく。その時は唐突に訪れた。



 ぴんぽん、と暮斗の不安を吹き飛ばす一音のチャイムが鳴った。



 これをあまねだと確信した暮斗はすぐさま玄関の鍵を開け、鬼気迫る表情で表へ出た。



「あまね!」



「ひゃっ! な、なによ突然!」



 勢いよく飛び出すと、そこにいたのは他の誰でもないあまねだった。出会って間もなく、たったの三日ぶりだというのに何故か一日千秋のような感慨が生まれた。



「……来てくれたか。よかった」、



「……そんなに来てほしかったの?連絡くらいくれれば良かったのに」



「いや……なんつーかこういうの慣れてなくてな。どうしていいか分からなかったんだよ。オマケにほら、この前……」



「あー、そのことね。それよりこんなところじゃなんだし、とりあえず上がらせてよ」



「あ、あぁ。それもそうだな」



 案外あっけらかんとした様子のあまねに若干拍子抜けする。



 ――俺の懸念とは一体なんだったのか。







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