第5話 ヒーローと怪人と橘あまね 3
――あまねは今日という日のことを誰よりも研究し、誰よりも詳しい自信があった。
全てはこの後の『用事』のため。それは不測の事態に備えた、万全を期した準備である。
それは誰にも知られてはならない裏の顔。あまねが持つ、最大の秘密だった。
時間は決行の時に近づいていた。こうしてはいられない。きょろきょろと周囲を周到に確認しつつ、人のいない公園のトイレの中へと姿を隠した。
スクールバッグのチャックを開け、取り出したのは黒色のパーカーとスカート。手早く制服を脱ぎ、学生からただの女の子へとクラスチェンジする。
このパーカーはただのパーカーではなかった。普通のパーカーに擬態した、特殊機能が詰め込まれている特別性だった。
具体的にはパーカーの色を変色させたり、普通のパーカーとは比べものにならないほどの防御力を保有していたりするのだ。
それを使わなければこれからの指令に差し支えが出る。それほどの重大な任務だとあまねは認識していた。気合いが入り、つい肩に力がこもる。
と、その時ポケットの中に入れたスマートフォンが不意に震えだす。メロディから察するに、上司だろう。
「はい、あたしです」
電話の向こう側にいるのは、女だった。
『私だ。首尾はどうだ?』
「完璧です。今から例の物の受け渡し場所に行きます」
『よし。この任務は我々
――あまねの秘密。それは『怪人連盟』に所属しているということだった。これは佳奈も愛梨沙も知らない、誰にも話していない秘密だった。
あまねは先天的にレゾナンスを使えるわけではない。ただの人間だったが、自ら怪人連盟への参加を希望したのだ。
階級こそ低く、まだレゾナンスを扱えるようになる適正検査も適合手術も受けていないが、重大な任務を預けられる程の実力はある、と自負していた。
「……あたしが今まで失敗したことがありましたか?」
あまねはにやり、と口角を上げた。それに対し上司は間をおいて返答を返した。
『信頼していいんだな』
「はい。安心してください」
『……わかった。では、作戦を実行しろ』
「了解。これから任務に入ります」
あまねは淡白な返事で通話を切ると、スマートフォンの電源を切った。これから先、外部からの連絡は不要だった。
重大な任務だというのに、あまねの心はひどく落ち着いていた。大丈夫、やれる。そんな自信だけが心の中には満ちていた。
「よし、行こう」
小さく決意をすると、ドアを押してトイレの個室から、建物から出来るだけ自然な風を装って出た。トイレの濁った空気から新鮮な空気に変わり、つい深呼吸をする。
さぁ、受け渡し場所は街中のカフェだ。慎重に行こう。
そう決意した次の瞬間である。
「貴様、怪人連盟の者だな?」
「え?」
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