第4話 ヒーローと怪人と橘あまね 2
「やっと終わった……やっぱりあの先生苦手……」
「いや、あれはあまねも悪いから」
ぐったりとするあまねの独り言に突っ込む形で、クラスメイトが話しかけてくる。彼女はあまねの友人で、終始気だるそうな雰囲気が残る少女だった。
「だってさ。何回聞けばいいのよあの話。一年に一時期、毎年毎年全く代わり映えのしない話聞かされてそりゃ飽きるに決まってんでしょー!」
「子供か! というかあまねはあからさまに話を聞いてないから怒られるんだよ。私はほら……」
少女は服の袖から、ちらりとイヤホンを覗かせた。つまり、頬杖をかくフリをして、制服の中に通していたイヤホンでこっそりと音楽を聴いていたのだ。
「ちょっと!
「いや、ずるいもなにもあまねが要領悪すぎるだけでしょ」
「あまねは本当に馬鹿ね。どうせサボるならもう少し上手くやりなさい」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるあまねを見かねたのか、もう一人参入してくる。ロングヘアで、クールな印象を抱く少女だった。
「
「その発言が既に馬鹿というか……。いい?貴方はアホの子なの。いい加減自覚しなさい」
「ちょっと! アホの子って言わないでよ! 入学早々アホキャラが定着したら困るでしょ!」
「もう十分定着してるよ。さっきだってあまねの頭の悪さ具合のせいで、入学早々名前覚えたって言ってたじゃん、さっきの先生」
「週に数回しか顔を合わさない先生に認識されるほどなのだから。もう貴方は立派な、周知のアホよ」
「ぐ、ぐぐ……二人して……!」
あまねは上手い反論が思いつかず、忸怩たる思いで睨むのがやっとだった。
しばらく考え込んでみるが結局返し言葉が見つかることはなく歯を食いしばって敵意だけを露わにしていた。
「バカぁぁぁぁー!」
よくやくひねり出せた言葉がその一言だった。
「そんだけ考えて馬鹿の一言って……。人を罵倒するセンスが致命的に欠けた可愛いやつめ」
「ちょっ……急に褒めないでよ。照れるじゃない」
佳奈はあまねの頭に優しく手を乗せると、まるで子供をあやすかのような手つきで撫で始めた。これで気分が良くなっているのだから、本当に子供なのである。
照れつつも、褒められたと言う快楽に次第に身を任せ始めたあまねは、そのまま猫のような仕草で佳奈にもたれかかった。
飼いならされている。
……一切褒められてはいないが。
「完全に愛玩動物ね。うちで飼いたくなってくるわ」
「ちょっと! 人間扱いしてよ! というか友達飼おうとしないで!」
「一ヶ月千円くらいでどうかしら」
「安っ!そんな低賃金で人としての尊厳奪われたくないわよ!」
「よく考えてみなさいよ。私のペットになるということは、私の家に住むことになるということよ。つまり、食客扱いになるの。どういうことかわかる?」
「しょっかくってなによ」
「……格の高い人物を居候させることよ」
格の高い、という言葉を聞いた瞬間、あまねの目はキラリと輝いた。
「え? つまりつまり?」
「そう。貴方は我が家で特別待遇を受け、衣食住をなにもせず提供されるの。その上お金も貰えるのよ?」
「……あたし、愛梨沙のペットになるわ。これからよろしくね」
「おーいちょっと待て。本当によく考えろ。愛梨沙は隠したけど、お金が貰えるといってもたったの千円だぞ」
「…………千円だけじゃない! 全然得してないじゃないのよ!」
馬鹿でかい声で、あまねは愛梨沙の奸計を見破ったと言わんばかりに指摘した。しかし度肝を抜かれたようで、指した指先はぷるぷると震えている。
愛梨沙からすると、初めから罠を仕掛けるどころか、あわよくば引っかかればいいのにという淡い期待程度の悪戯だったが故に、見抜かれてもなんの痛手もないのであった。
「騙したわね!」
「私からするとなんで騙されるの? という感じなんだけど……。あまねは可愛いわね」
「あ、あんまり可愛い可愛いって褒めても許さないんだから」
「あはは、あまねが可愛いからついからかいたくなるんだよ。ずっとその純粋なままでいてよね」
「そうよ。あまねが可愛くなかったらそんな提案しないわけだしね」
「……なんか釈然としない」
「ふふ。さて、あまねをからかうのもこの辺にしてそろそろ帰るわよ」
愛梨沙は長い髪をさらりと流し、悠々とした態度で自席に戻って帰宅の準備をし始めた。
その大人びた一挙一動を、あまねはつい羨ましく思った。他者と比較してどこか抜けている自分より、愛梨沙のように冷静でいられる方がずっとよかった。
「ほら、あんたも帰る準備しなよ」
ぼうっとしているあまねを見て、佳奈が急げと発破をかける。
あまねは佳奈も羨ましかった。常にしている、気だるげな表情が大人びて見えた。
「うう……二人とも大人っぽくて羨ましい」
そんな心中を吐露すると、早々に荷造りを終えた愛梨沙が再びあまねのもとへ帰ってくる。
「そうかしら。私はあまねのような無邪気さが羨ましいけど」
「大人っぽい方がかっこいいじゃない」
「かっこいい女の子より可愛い女の子の方が需要は多いと思うけどなぁ。隣の芝生は青く見えるってもんだよ。てか、ただでさえ冷たいの二人、元気なのが一人ってグループ的にバランス悪いのにさ。冷静なのがまた一人増えたらかませ犬のクールキャラ集団みたいになるじゃん」
「……ん?」
「女の子のグループって、元気キャラ一人、可愛いキャラ一人、クールキャラ一人、ツッコミキャラ一人が最高の配分だと思うんだよね。あまねは元気キャラと可愛いキャラを兼任してる欲しがりさんだし、私たちはクールキャラを二人で一枠使ってるし。あまねはそのままのあまねがいいよ」
「ちょっとちょっと! なんで急にメタ的な目線で自分たちのこと見始めたの⁉︎」
「女の子グループの美学が私にはあるんだよ。その理論でいくと一人足りないし、その辺から一人連れてくるか。おーい山本、突然だけど私たちと滅茶苦茶仲良くならない?」
「山本さん巻きこまないでよ!」
「あら、あまねはツッコミキャラも兼任するつもりなのかしら。妙に声が冴え渡ってるし」
「そんなつもり毛頭ないわよ! それより安易なキャラ付けしないで欲しいんだけど!」
「そうね……アホキャラプラスツッコミキャラなんて、そんなに追加したら逆に薄まるものね」
「あああー、もう!」
結局どんな話に持っていっても弄られるため、あまねはもどかしさを隠しきれず叫んだ。
「あはは。やっぱりあまねをからかうのは面白いな」
「結構怒ってるんだけど⁉︎」
「ごめんごめん。お詫びに帰りに何か奢るからさ。なんでもいいよ」
それは遠回しな、帰りにどこかに寄らないかという誘いだった。
察したあまねは、頬をかいて申し訳なさそうに口を開いた。
「あー……ごめん、今日用事あるのよね」
「用事? 珍しいね。趣味はネットサーフィンぐらいのあまねが」
「あれはネットサーフィンしてるんじゃなくて、今は売ってないゲームを探してるだけなんだってば! ずっと探してるから結果的にずっとパソコン触ってることになるだけで……」
「あんまり長時間パソコンに貼り付けになるのは良くないわよ。たまには軽く運動もしないと」
「体育の授業でしてる分で十分よ。そんなに太ってるわけでもないし。それじゃあまた明日ね。明日、学校ちゃんと来るから。明日遊びにいきましょ」
「なに? 妙に意味深な言い方するね。学校に来るのは当たり前でしょ」
「……ま、大丈夫だと思うけど。それじゃあね!」
あまねは二人に具体的な内容を告げず、佳奈が抱いた違和感を悟らせることもなく鞄を持ってその場を走り去った。
場合によっては命すらも失いかねない、危険な秘密。決して二人に知られるわけにはいかなかった。緊張感のないふにゃふにゃな顔から、一気に凛とした顔つきに変貌する。
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