第2話 プロローグ-2

 何故なら少年は自分の身の安全など完全に度外視し、持てる力全てを攻撃に回していたからだった。



 幹部が想定していた悪は絶対許さないマンのスペックは防御にもエネルギーを回している状態であり、捨て身の覚悟で襲いかかってくることなど想定外だったのだ。



 幹部の力は、想定内のスペックでほぼ互角。



 幹部がたとえどれほどの傷をつけても、獣の目をした少年は決して止まることをせずただひたすらに攻撃を続ける。



 これでは最早防御など意味をなさず、ただ圧倒的な高出力のもとに刻まれるだけだった。



 幹部はそんな少年を見て、見下すように侮蔑した。



「悪は絶対許さないマン! 貴様のその戦い方は我々怪人よりも『化物』寄りだな……!」



「……なんとでも言え。例え化物になったって、貴様達悪を殲滅しようとする俺の心はまぎれもない『ヒーロー』だ」



「破壊者風情がほざきおる!」



 幹部も防御は無駄と見たか、持てる力のありったけを攻撃に回した。



 筋肉が肥大化し、先ほどにも増してパワー寄りにシフトする。



 幹部はその巨躯で絶大な威力を伴うテレフォンパンチを繰り出した。筋肉が増したことで速度も上がり、単純に目で追いきれなくなった少年は咄嗟に剣でガード。直撃は免れたものの、激しい衝撃を前に姿勢を保つことが出来ず電車道を作った。



 恐らく、直撃すれば体は即座に砕け散るだろう。



 このまま攻撃を受け続けるのはあまりに分が悪いと悟った少年は、再度大剣についているトリガーを押した。



 その刹那、流れる無機質な電子音と同時に大剣はスパークを発し始める。これは少年が持てる最大の大技だった。



 少年はここで一撃必殺に出て、勝負を決めるつもりだったのだ。



 自分が決殺されるか、相手を殺すか。非常にシンプルな二択に身を委ねることにしたのだ。



 ゆっくりと、この空気を噛みしめるように低く腰を落とす。



 エネルギーの充填まで残り十秒。その瞬間、攻撃を放つ。



 緊迫した空気が周囲を支配する。戦場だということを忘れそうなほどに、意識は一点へと集中している。



 ――やがてその時はくる。電子音がエネルギーの充填が完了したことをアナウンスすると、少年は幹部に向けて勢いよく走り出した。



 ただ相手に攻撃を直撃させることだけを考え、ひたすら。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



「消えろおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 二人は咆哮し、全てを賭して互いを屠らんと得物を振るった。



 ――そして行き場をなくした高いエネルギーがぶつかりあった結果、辺り全てを飲み込む大規模な爆発が発生した。



 二人のシルエットは光に飲まれて消え、発生した爆風が硬いアスファルトを無理やり引っぺがして宙に巻き上げる。



 広範囲に及ぶ爆発は、その規模に反してとても短い時間でとても終わった。十秒にも満たない爆発は、たった十秒前とは比べものちならないほど何もかもをの姿を変貌させていた。



 ただその中で、形を保ったままの物体が二つ。



 言うまでもなく、少年と幹部である。



 しかし二人の体は既にボロボロだった。



 形を保っているというだけの、満身創痍の肉体。



「はぁ……! はぁ……!」



「グググ……!」



 だが、同様に満身創痍と言っても、その差は歴然たる程度の差があった。



 かたやまだ立つほどの体力を残している少年、かたや体が半壊している幹部。勝負はもう決していた。



 少年は大剣を変形させ、銃の形に変える。これならば、もう一歩たりとも動けなくとも攻撃が出来る。



「これで……終わりだ……!」



 がちゃ、と金属の重々しい音を立てて銃口を幹部へ向ける。その姿は、その表情は、命を刈り取る悪魔や死神を連想させるような禍々しい悪辣なものだった。



 まさに怪人よりも化物。そんな少年を、幹部はあざ笑う。



「復讐に取り憑かれた化物が……。今の貴様の顔は私が見てきたどの怪人よりも醜いな」



「御託はいい。……何か言い残すことはあるか」



「言い残すこと、か。ならば一つだけ」



 幹部は大きく息を吸い、言葉を溜めた。



 少年はトリガーに指をかけ、震える手で照準を合わせる。



 ――だが、そこに生まれた勝利の奢り、僅かな隙が、命取りとなった。



「――勝負は痛み分けとしようじゃないか、悪は絶対許さないマン」



 そう不敵に発言した瞬間、半壊した幹部の体内から悍ましい数の触手がぬるりと飛び出した。



 咄嗟のことに反応できず、少年は触手になす術なく捕らわれる



「なんだこれっ……⁉︎」



「……クク……痛み分けだと言ったろう……。貴様の力は凄まじい。それこそ、首領に匹敵するほどにな。私では初めから勝ち目はないだろうと、そう考えていた」



「勝負を捨ててたのか……!」



「そうよ! 我が命を賭してこの瞬間を狙い澄ましたのだ! 私の命一つで、我々の悲願の第一歩を踏み出すことが出来、貴様に殺される仲間の命を守ることが出来る! ならばこの命など惜しくないわ!」



「……仲間のために命を賭けることが出来るのか。正直意外だ」



 少年は捕縛されたというのに、極めて冷静さを保ったままそう呟いた。



 しかし、その冷静さは後々爆発する怒りの前の予兆に過ぎなかった。



「……なら、家族や仲間や、大切な人を奪われた悲しみも理解できる筈だろうが……! それを知りながら平気で人を殺す貴様は断じて許容できない! 生き延びて、貴様の言う仲間を一人残らず殺し尽くしてやる!」



「この状況でそれが出来ると思うか! 伝令だ! 私ごと、悪は絶対許さないマンを撃ち殺せ!」



 幹部は部下達にそう命令した。一瞬どよめきが生じたが、忠誠心の高い部下達は幹部の思いを汲もうと一斉に銃を構えた。



「くっ……」



 少年はもがくが触手の動きが弱まることはなくむしろ締め付けが強くなるばかりだった。



「逃げられると思うか? 私の命を賭した最後の策だ。貴様を殺すために、我々の高火力装備の殆どをこちらに回している。いくら貴様でも逃げられまい」



 触手の硬度は異常に高く、アスファルトさえ豆腐のように裂く大剣でさえ切り解くことが出来なかった。



 がちゃり、と大量の銃口が向く。殺意が込められた冷ややかな視線に、少年は焦りを隠しきれずがむしゃらに剣を振り回す。



「終わりだ……! 怪人連盟に……栄光……あれ…………」



 その言葉を皮切りに、一斉に全方向からの銃撃が開始された。



 どうしても逃れる事が出来ない少年は、心臓の動悸を激しくさせ、怒りや焦り、悲哀と否認といったいくつもの感情をごちゃ混ぜにした奇妙な感覚に陥っていた。まさに死の間際のパニック。



 大組織の幹部ともあろうものが命を犠牲にした捨て身の作戦を前に、抗うことは出来なかった。



 万事休す――。



 現実から目を背けるように固く瞳を閉じた瞬間だった。



 ――少年に向けて放たれた第一射は、あろうことか少年に当たることなく何者かによって弾かれた。



 二撃目、三撃目と続いて射撃は甲高い音を立てて弾かれ続ける。咄嗟に目を開けると、そこにいたのは女の怪人だった。



 その女は幾度も素面で顔を合わせたことのある、知っている者だった。



「えっ……」



 少年は予想外の出来事に、素っ頓狂な声を出した。



 怪人。怪人が、自分の命を救っている。



 だが、調子よく攻撃を弾き続けていた女怪人だったが、圧倒的な物量を前にしては相手にならなかった。



 一発肩に受けると、そこからどっと崩れるようにして全身を蜂の巣のように撃ち抜かれた。



 だがけして少年に弾は届かせず、時にはナイフで弾き、時には身を呈して庇う。



 少年を守りつつ、あらゆる方向から衝撃を受ける姿はまるで踊っているかのようだった。



 女は最後の力を振り絞ったのか、弱々しい手つきで幹部へ向けてナイフを投擲した。



 ナイフは主人の思いを汲むかのようにまっすぐ飛び、幹部の頭を二つに割る。



「き……さまぁ……! 裏切る……のか…………!」



「……ごめんね……」



 女は短く謝ると、追加で更にナイフを投げた。



 今度は心臓を穿ち、完全に引導を渡す。



 それによって拘束が解けた少年は、即座にエネルギーをオーバーフローさせ、命の恩人を撃った怪人達を一瞬にして塵へと変えた。



 辺りにはもう、二人しかいない。



 女は仕事を終えた、と安堵した表情でそのまま地面に倒れこんだ。



 対照的に、混乱しきった少年は困惑の色を隠せないまま倒れた女を膝の上に優しく乗せた。



「……あはは、守れてよかった」



「なんで……なんで怪人のあんたが俺を助けたんだ…………!」



 その声には、怒りと困惑の二者がせめぎ合っていた。



「……どうしてかなぁ。気づいたら勝手に体が動いてた。死んでほしくなかったんだ」



「ふざけるな!怪人側のあんたがヒーロー側の俺を助けたなら、人の命を助けたなら、あんたは悪じゃなくなるだろうが……! 全てを奪った怪人は悪なのに、俺を助けた怪人のあんたは悪じゃない……!」



「……その顔、ずっと見てた。ずっと気になってた。悪とか正義とかで悩む、その顔。馬鹿だなぁ、そんなの深く考えなくていいんだよ」



「どういうことだ……?」



「…………シンプルに、さ……。もっと楽に……考えた方が……人生は………………楽しいよ…………」



 最後にそう言い残すと、女はそれっきり瞳を開くことも喉を震わすことも、脈を打つこともなかった。



 自分が悪だと断定した者が、自分の命を救ったという事実に、少年は打ちひしがれた。



 教えてくれ。正義って一体なんなんだ?

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