悪は絶対許さないマン

南元 暁

第1話 プロローグ

 あちこちでおびただしい黒煙が立ち上っている。



 少年の視界に映るのは荒廃し、崩壊した建物たち。そして聞こえてくるのは時折起こる爆発。



 その中には断末魔の叫び声が混じっており、まるで漫画で見たような世紀末を連想させられる。



 少年の目の前には敵味方入り混じる死体の山。腹を割かれて溢れ出た血液は既に乾いて黒化していた。



 同時に寄り添うように落ちている機械の残骸は等しく破壊されており、青白いスパークと黄色い火花が漏洩している。最早それらは機械の死体とも言えるほど無残な姿をしていた。



 全身兵器に包まれた少年は鋭い眼光に固く閉じた口、険しい表情を崩さずそれらのうちの一つを拾い上げた。



 近くには持ち主だったのであろう、死体。



 少年は彼のことを知っていた。『会話』こそ殆どしたことがないが、気の良い男で、気難しい少年のことをいつも気遣いしきりに話しかけていた。



 ずっと鬱陶しいと思っていたが、心のどこかではそんなお節介な彼のことが嫌いではなかった。



 この大戦が始まる直前にも『お互い生き残ろうぜ』と気前よく振舞っていたことは記憶に新しい。拳を突きつけ、挨拶代わりのフィストバンプを求めてきたが、それを返すことがなかったことも。



 彼の序列はさほど高くなかった。ヒーロー内『序列一位』異名ヒーローネーム『悪は絶対許さないマン』として名を馳せている少年に比べると、決して届きようのないほど離れた階級をしているのがその男だった。



 しかし性格の明るさ、組織内での信用の厚さからくる兄貴分ということもあり、男は上も下も関係なく尊敬されている、柱的存在だった。少年も例外ではなく「疎ましい」と口にしつつも、男がそばにいるのは悪い気分ではなかった。



 乾ききり、擦り切れ、ズタズタに裂かれた少年の心には、今はもういない『彼女』と並ぶほどの潤しとなっていた。



 そんな男が、物言わぬ姿となって路傍に打ち捨てられている。



 少年はまた一つ心の中にぽかりと大きく穴が空いたような虚無感を覚え、唇を噛み締めた。



 人の死は何度も経験したが、いつまで経っても慣れることはない。寧ろ、幾度も経験を重ねるたびに憎悪が募っていく。



 少年は執念と憎悪と復讐心のみでヒーロー内序列一位まで上り詰め絶対的な力を誇る、ふざけているようでこれ以上ないほど的確に少年の心を形象した名前『悪は絶対許さないマン』を名乗るようになったのだから。



 そして今度も、図らずして大切だと思っていたものを一つ失った。



 募る。悪への憎悪がまた募る。



 悪。家族を殺し、友人を殺し、恩師を殺し、仲間をも殺した悪、怪人。



 少年は悪を、怪人を全て殺し尽くす為にヒーローになった。怪人を全て殺し、殺戮し、根元から絶やして、怪人の、悪のいない平和な世界を作る為に。



 内心、怒りで打ち震える。



 憎悪と共に怒りが増長していく。



 同時に悲哀も重なる。



 少年は徐々に大きくなる感情をそのままに、葬いの念を込めて、男の武器を手に取り三百六十度くまなく確認した。



 大部分が壊れているが、見立てでは残り一撃を放てる程度には機能は生きているようだった。



 さぞ悔しかろう。



 少年は表情に影を落とし、男の気持ちを汲み取ると引き金に手をかけた。



 今は戦闘中であり、ちゃんとして送り出すことは出来ないが、手向けとして彼の命を奪った怪人たちを滅することで仇を打つことは出来る。



「消えろ……!」



 少年は銃口を怪人たちの密集地に向けると、最大限の恨みを込めて、花束の代わりに物騒な砲撃を盛大に放った。



 一発撃っただけで男の武器は崩壊し鉄くずと化したが、撃たれた砲弾はまるで主人の死を尊ぶかのように飛んでいき、着弾と同時に血の雨と鮮やかな爆炎を生み出した。



 断末魔の声が聞こえる。その醜い声は少年の心に一時的な安息をもたらす。



 だが、失ってしまったものへの喪失感は拭い去れず、結局その場凌ぎの粗悪品はすぐさま代用品を求めるようになった。



 少年はぎり、と歯を鳴らす。破壊衝動が高まっていく。



 怒りのままに手に持った大剣についているトリガーを押した。すると機械仕掛けが作動。物々しい火花を散らし、大量の蒸気を噴出する。



 殺戮の準備が整った。武器は待機状態から高出力モードへと移行し、剣先が擦っているアスファルトはあまりもの熱で融解していた。



 少年は大きく息を吸い込み、敵軍に対し大胆な宣戦布告を行う。



「ヒーロー内序列一位『悪は絶対許さないマン』はここにいる! 死にたい奴からかかってこい……!」



 殺し尽くしたかった。瞳に映る敵全てを自分の手で葬りたかった。



 幹部、リーダー、一般兵など関係ない。例外なく、全て。



 そして、いなくなった『彼女も』。



 声に反応した怪人達は、無謀にも単騎で戦いを挑んできたことを好機とみなし、徒党を組んで進軍を開始。同時に飛び道具や遠距離攻撃を放った。



 少年からすればそれは、有象無象の肉塊にしか見えなかったが。



 柄を固く握りしめると、怪人から放たれた火球を、宙に浮く羽虫を払うかのような軽さでかき消した。



 やがて激しくなり、自分の一メートル隣で爆発が連続するも顔色を変えることなく不可視のバリアを貼り対処。攻撃の切れ間を狙い澄ましていた。



 そしてその時は来る。弾幕が薄くなった一瞬の隙を突き、バリアを解除すると同時に剣からエネルギーの塊で出来た斬撃を放出した。



 また断末魔の叫びがあがる。それを死亡とみなした少年はその場にとどまることなく次の行動を開始。ちらりと奥に見えたリーダー格にターゲットを定め、そちらへ全力疾走していた。



 道中の敵は眼中になく、風を切るかの感覚で、通り過ぎるたびに鮮血を噴き出していた。敵ではなく、最早血を吐く案山子かかしと同じである。



 次々と数が減っていくことに危機感を覚えたのか、奥で控えていた一際大きな異形の怪人、幹部は犠牲を減らすためか兵を下がらせた。



 奇しくも道のりがガラ空きになったことを好機と見た少年は、外堀から埋めようと幹部の周囲をぐるぐる回り少しずつ距離を近づけていたが、肉壁がいなくなったと同時に急接近を図った。



 敵幹部も力を解放したようで、元々の巨躯を更にパンプアップさせ少年の到来を待つ。



「貴様との因縁もここで終わらせるぞ、悪は絶対許さないマン」



「……こっちだっていい加減うんざりしてるんだよ。貴様ら怪人を全て殲滅し、悪のいない世界を作ってやる」



 最後にそう言葉を交わすと、少年と幹部は互いに剣と拳を交える。力はほぼ互角、一歩たりとも譲らない迫合いが始まった。



 時折小手調べに足技を使ったり、剣をひらりと翻しフェイントを仕掛けるも幹部はそれら全てに柔軟に対応する。



 まさに一進一退の攻防。



 しかし、その均衡は徐々に崩れつつあった。
















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