第32話 姉と友達 1

 誰もいない自宅に帰ったあまねは、表情に影を落としたまま電気もつけず真っ暗闇の中のソファに体を投げ出した。



 それなりに洒落た趣味をしているあまねらしく小綺麗にまとまっているが、その部屋は一人で住むには広すぎた。広い屋内にただ一人ぽつんとしているのが孤独感を加速させる。



「お姉ちゃん……」



 あまねは棚の上にある、自分と姉が映った写真立てを手に取った。



 幼き頃の自分と、同じように幼き姉。思い出すだけで涙すら出そうだった。



 家族は元からいない。物心がついた頃にはもう姉と二人きりの生活だった。そのためか姉の存在は親代わりでもあり、しかしただ親というわけでもなく時には友達のように、時には親のように、時には姉であり、といった風にその時々で形を変える、さりとて根幹は変わらない理想の姉だった。



 いじめっ子を撃退してくれる強い姉だった。暮斗と繋がるきっかけとなった戦士ファイターを教えてくれたのも姉だった。



 毎日食事を作ってくれる、料理が上手い姉だった。



 嫌なことがあった時、優しくぎゅっとしてくれる優しい姉だった。悪いことをして怒った後に、そっと頭を撫でてくれる温かな姉だった。



 テストの点が悪かった時分かるまで教えてくれる、頭のいい姉だった。運動部に所属していないというのに助っ人に引っ張りだこというスポーツ万能な姉だった。



 でも時々抜けていて、よく物を落とすおっちょこちょいな姉だった。怖い番組を見た後『あまねが怖がると思うから一緒に寝てあげるね』などと言うくせに、本当は自分が怖いだけだという可愛い一面もある姉だった。



 あまねは、そんな姉が大好きだった。



 昔告白された時、



「お姉ちゃんが一番好きだから無理」



 と断ったことすらあった。



 それほどあまねは姉を愛していた。



 なにか天文学的な確率でもしも姉と結婚することになっても、簡単に受け入れやれそうだった。それほど愛していた。



 だからこそそんな姉が、怪人連盟の一員だと知った時は心底驚いた。なんでも、それなりにいい給料を貰ってるんだそうで。



 子供二人での生活なのに何不自由ない暮らしを送れていることを子供ながら少し不思議に思っていたが、それを聞いて合点がいった。



 お姉ちゃんはあたしの為に戦ってくれてるんだ、と。



 その時の歳ではまだ怪人連盟に入ることは出来なかった。早く年月が過ぎて、怪人連盟に入って、姉を助けることが出来る日が来るのをいまやいまやと待ち続けた。早く大人になりたいな、と心待ちにしていたのである。



 ――そんなある日だった。



 ヒーローと怪人の大規模抗争がある、と姉は言っていた。その時の表情はまるで死人のようにとても暗く、いつもの明るい姉とは大違いだったことをずっと覚えている。



 ――なにかあったのか、と尋ねたが返ってくる言葉は、



「なんでもないよ」



 のただ一言だった。



 それからしばらく気まずい時間を過ごしたことを覚えている。大好きなお姉ちゃんが辛そうにしているというのに、なにもできない自分が歯がゆかった。



 そして運命の日。心の奥底から絶え間なく湧き上がってくる不安を抑え込みながら姉を見送ったことが脳裏に焼きついていて、それがフラッシュバックする度に吐き気を催す。



 抗争がある、と話していた時の表情と比べると随分穏やかで、達観してるようで、そしてどこか寂しそうな、色々な感情が複雑に絡み合っている表情を浮かべていた。



「それじゃあ行ってくるね。……好きだよ、あまね」



 優しげな笑みを浮かべるお姉ちゃんは、いつものお姉ちゃんだった。



 そう言って、ぎゅっと抱きしめて、抱きしめ返してから姉を見送った。



 ――それが、姉との最後の会話だった。

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