第22話 マイティ・ガイ 3

「よう、来たぜ。ヒーロー五位のマイティ・ガイさん」



「おいおい暮斗じゃねーか! さっきの今でどうしたんだよ」



「ちょっとお前に用事があってな。会うのは久しぶりだな」



「いやー、会えて嬉しいぜ……と、こちらのお嬢さんは?」



 マイティ・ガイの視線は早々に暮斗からあまねへと移行した。暮斗が女を連れているのが珍しいのか、好奇の目でジロジロと見つめてきた。



「紹介するよ。昨日知り合った、怪人連盟で下っ端やってるあまねだ」



「ちょ、ちょっとあんた何考えてんのよ!」



「こいつだし別にいいんだよ」



 ダメだ。こいつ何も考えてない。



「冗談じゃないわ!」



 何をされるかわかったものではない、とあまねは即座にダッシュして出口へ向かった。



 だが、持ち前のドジを発動してしまい、何もないところでつまづいて転んでしまった。



 突然の来客がいきなり走りだし、そして転ぶというあまりに慌しい一連の流れにマイティ・ガイは終始ぽかんとしていた。



「げ、元気な子だな」



「馬鹿なんだよ。気にすんな」



「馬鹿って言わないでよ! というかあんたの方がバカでしょ! なに気軽にバラしてんのよ!」



「お前気にするか?」



「いや? 暮斗の客だし気にしないぜ」



「……そうなの?」



 今度はあまねがぽかんとした。



 そして、完全に自分の独り相撲だったと悟った瞬間に遅効性の恥じらいが襲ってきて、真っ赤になった顔を地面に伏せて隠した。



「なんなのよもうー!」



「HAHAHA。まぁそれが普通の反応だから恥なくていいぜ。変なのはどちらかというと暮斗の方だ」



「おい。余計なこと言わなくていいんだよ。異端なのは重々承知だ。だからハグレなんてやってんだよ」



「ほんとそうよ! ハグレが偉そうに常識語ってんじゃないわよ!」



「てめっ……言いやがったな鉄砲玉の使いっ走りが」



「あー! 結構気にしてること言ったわね!」



「お前も言ったからイーブンだな。ほら本題だ。お前と話してるとすぐ話が逸れる」



 言われてハッとして、話が明後日の方向に向いていることに気がついた。



 どうにも誰かと話していると、話が脱線する傾向にある。何か要因があるのか、と少し頭を捻ったが、せわしないこと以外に最もらしい理由は思いつかなかった。



 改善するには根本的な性格の改革が必要になることを悟り、面倒になって諦めた。



 気を取り直して、話を本筋へと軌道修正していく。



「そ、そう。なんか暮斗が……というか、これあたしが説明しないとダメ? ちょっと言いにくいんだけど……」



 ヒーロー相手に、復讐したい相手がいるからその探す手伝いをしてほしいなどとは言いにくくて当然である。



 すっかり失念していた暮斗はあちゃー、とわざとらしく額に手を弾く。



「仕方ねーな。いやそれがな。こいつの姉ちゃんが怪人だったらしいんだけど、ヒーローに殺されたんだと。そいつのこと知りたいからっつってここに連れてきたんだよ」



「おいおい、なんつー案件持ってきやがんだお前は。いくらお前の客でも仲間の情報は売れねーぜ?」



「そこを頼むよ。こいつは怪人だけど、どちらかというと『こっち側』よりかは人間寄りだ。せっかく仲良くなった子に道を踏み外して欲しくないんだよ。平和的に禍根をなくしてやりたい。それに、今の俺の目標は知ってるだろ?」



 暮斗はマイティ・ガイに目配せし、真意を包み隠すよう合図したが、生憎とそれは伝わらなかった。



「ああ。ヒーローも怪人も、お互いが争わなくて済む世界を作るっていう目標だろ。はっきり覚えてるぜ」



「……おい、もう少し隠してくれよ。恥ずかしいだろ」



「隠すようなことでもないだろ? その目標、立派だと思うぜ!」



「……あんた、そうだったの?」



「……まぁな」



「だからあたしの正体知っても何にも言わなかったのね」



「……そうだよ。ぶっちゃけると、お前と仲良くなるってのは俺の目標の第一歩でもあったんだよ。位の高い怪人はヒーローを倒すことを考えてる奴が多いから話にならないしな。利用してるみたいな形になってんのは謝るよ」



「……ふーん。何にも考えてないようで、そんなこと考えてたのね。でもこう言っちゃ悪いけど、難しいと思うわよ。あんたがあてにしたあたしだって、ヒーローのことは基本嫌いよ。あんたは別だけど」



「重々承知だよ。そうでなけりゃ今頃ヒーローと怪人は仲良しだ」



 暮斗は苦笑しつつ、現実を受け止めているそぶりを見せた。



 しかし、暮斗の狙いは、あまねが言った「あんたは別」だというところにあった。



 全体では無理でも、個人の間ならば仲良く出来るという証明になっていたのだ。



 その思惑に、あまねは気がつかない。



 そんな中、間を割るようにマイティ・ガイが言葉を挟んだ。



「なるほど、よくわかったぜ! 確かにそりゃ暮斗の理想とするところだ! よし、協力するぜ……と言いたいところだが、一応いくつか質問させてくれないか? 俺もえーっと……」



「あまねだ」



「そうだ、あまねちゃんのことを信頼したいしな。ということで、暮斗は少し席を外してくれ」



「え? なんでだよ」



「お前の印象が介在しないようにしたいんだ。わかってくれ」



「そう言われちゃ仕方ねーな。終わったら呼んでくれ」



 暮斗は大して考えるそぶりも見せず、飄々とした態度で室外へ出た。



 その場に残っているのは、あまねとマイティ・ガイのみとなる。



 暮斗がいなくなったことで些か緊張が戻ってきたあまねは、きゅう、と体を縮こませた。



 高校受験の時の面接が連想された。しどろもどろになったが、なんとか合格出来たのが幸いだった。



 が、そんな空気を察してか、マイティ・ガイは朗らかな笑顔を作ってあまねに話しかけた。



「緊張しないでいいぜ。さ、何が聞きたい?」



「えっ? 質問するんじゃないの?」



「ありゃ嘘だ。あいつは恐らく言ってないんだろうけど、あいつの過去には少し苦い思い出があってな。あんまり怪人を殺したヒーローがどうこうとかいう話は聞かせたくないんだ。ま、俺の勝手な世話焼きだな」



 そのセリフを聞いて、あまねは合点がいった。



 先ほど暮斗は、今から会う人物は保護者のようなものだ、と形容してきた。



 なるほど、この男は他人を気遣える、兄貴肌を持った人間だった。



 そう考えると、緊張はやんわりと解けていく。



「それで、あまねちゃんの探してるヒーローはどんなヒーローなんだ? 特徴さえ言ってくれれば適当に探してみるぜ」



 しかし、途端にあまねは表情に影を作り、トーンを落として語り始めた。



「……名前は知ってるのよ」



「そうなのか? それなら話は早いぜ。なんて奴なんだ?」



 あまねはその問いに一拍置いて、そのヒーローの名を答えた。



「――悪は絶対許さないマンよ」



「――あ、悪は絶対許さないマン……だと⁉︎」



「直接見た訳じゃないけど、悪は絶対許さないマンがお姉ちゃんを殺したって聞いたの。悪は絶対許さないマンならお姉ちゃんを倒せるのも納得出来るわ」



「――っ、なんつー因果だこりゃ。く、暮斗はそのこと知ってんのか?」



「そういえば言ってないわ。『ヒーロー』としか伝えてないのよね。でも、なんであいつが出てくるのよ」



 マイティ・ガイはその問いに慌てふためいていた。まるで、何かを隠すかのように。



「ま、まぁ一応な! それと、一応暮斗にはそのこと伝えないでくれよな!」



「なんでよ? 関係あるの?」



「まぁ――ちょっとな。ともかく、悪は絶対許さないマンのことは絶対口にしないでくれ。わかったか?」



「? ……よくわからないけど、わかったわ。暮斗は一応命の恩人だし、困らせたくないわ」



 その約束が取り付けられたからか、マイティ・ガイはあからさまにホッとした様子を見せた。



「よ、よし。それじゃあ悪は絶対許さないマンの何が知りたい? 出来る限り答えるぜ!」



「うーん、そうねー。というか全部教えてほしいわ。悪は絶対許さないマンって、割と素性隠してるところあるでしょ? だから報道なんかでも全然見ないのよ」



「あー、そうだな。しかも、悪は絶対許さないマンは今『失踪してる』。ここ数年、ヒーローとして活動してないんだよ」



「そう……悪は絶対許さないマン……」



 あまねはそのヒーローの名をつぶやいた。



 悪は絶対許さないマン。



 そのヒーローは、この国の人間なら知らないものはいないと言っても過言ではない程広く知れ渡った、最強のヒーローだった。



 ヒーローとしての序列は栄光の一位。名実共に最強の名を欲しいがままにしていた。



 苛烈とも言える圧倒的な強さは怪人連盟の怪人たちを全て束にしても勝るとも劣らないとされており、当時の怪人たちは悪は絶対許さないマンの影にずっと怯えていた。



 しかし、悪は絶対許さないマンのなにより怖いところは、その名の通り、悪は絶対許さないという鋼の精神性である。



 彼は目の前に立った悪=怪人を例外なく屠る。目に映る悪全てを破壊し尽くすといった具合の義憤を持っていた。



 一度だけ写真を見たことがあったが、全身が兵器に包まれたその姿はまるで悪魔のようで、背筋が凍る思いをしたことを思い出す。



 まさに悪は絶対許さない、正義のヒーロー。



 だが、あまねが知っているのはそのようなうわべだけのことで、彼が今どこで何をしているかなどの情報は一切持っていなかった。



 神出鬼没に現れては怪人を倒して去っていき、更には行方すらも眩ませている。これでは情報など集まるはずもない。



 事実、それなりの間怪人連盟に身を置いているあまねだったが、悪は絶対許さないマンの情報はこれっぽっちも耳にしなかった。耳に届くのは与太話ばかりで、信憑性に欠けているのだ。



 つまり、この機会は千載一遇のチャンスだった。彼への復讐を企てようとも企てないとしても、必ずものにしたかった。



「……詳しいことを教えてちょうだい」



「……わかったぜ。それじゃあまずは情報のすり合わせだ。あまねちゃんがどこまで知ってるか教えてくれ」

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