第21話 マイティ・ガイ 2

「ついたぞ」



 そう言われて頭を上げると、そこには山を連想させるほどの巨大なビルがあった。そこらのビルとは比べものにならないほどの存在感を前にしてあまねは圧倒される。



 あまねはそのビルがなんなのか知っていた。



 このビルは、ヒーロー達の総本山である、ヒーロー協会の本部だった。



「ちょ、ちょっと! なんて所に連れてきてくれてんのよ!」



「どういうことだ?」



「あたしは……その……怪人……よ? バレたらタダじゃ済まないでしょ!」



「バレなきゃいいだろ? お前なんかレゾナンス関連のもの持ってるか? 改造手術も受けてないよな? ないなら大丈夫だ。ここにはレゾナンスの反応の有無を判定する機械しかないしな」



「……不安だわ。すっごい不安よ」



「安心しろって。そんなに不安なら昨日みたいに変装してろよ」



 暮斗はあまねの持つ大きな鞄を指差し、そう提案した。



 あまねは失念していたが、元々髪型を変化させることは好きで持ち歩くほどであるため、変装グッズには事欠かないのだ。



 全身に電気が走ったかのような大げさな衝撃を受けたあまねは早速近くの公衆トイレに駆け込み、ものの数十秒で意気揚々と帰還した。



 ただしその姿は暮斗が昨日見た、癖を直してストレート寄りにし、ワックスで軽く髪を跳ねさせ、後ろ髪に薄い青色のエクステ。



 全く同じ前髪の位置にピン留め、極め付けに利発そうな伊達眼鏡が装着されていた。



 これでは昨日と同じで、変装の意味がないではないかと暮斗は頭を抱えた。



「ででん! おまたせー……ってどうしたの?」



「お前、変装って言葉の意味わかるか?」



「……なによ、今のあたしはまるっきり別人でしょ?」



「ああ確かに別人だな! あのヒーローに襲われてた時の姿とは同一人物だけどな! あいつに見られた姿に変装しても意味ないだろうが!」



「……それもそうね。やり直してくるわ」



 暮斗に言われてようやく気がついたあまねは自分の頭の悪さについ真顔になった。



 表情を凍りつかせたまま再び公衆トイレに向かい、また数十秒後に姿を変えて登場する。



「ババン! 待たせたわね!」



 何故そんなに自信満々なのかわからないが、あまねの姿は確かに同一人物だとはわからない程変化していた。



 短めだった髪はあまねの髪色に合わせた茶髪のエクステで長く伸びており、ツインテールとなっていた。



 背が低いこともあり、下手をすると成長の早い小学生にすら見える。



「お、おお……ゴロッと変わるな」



「特技だからね。さ、バレないうちにさっさと行きましょ」



 一度髪を弄るという、趣味に没頭したことで頭が冷えたのか、あまねは平静を取り戻して暮斗に先駆けた。



 馬鹿なのか肝が座っているのかわからないが、物怖じしないのは一種の貴重な才能である。



「いい根性してるよ、お前」



「なによ、女の子はそんなこと言われても全然嬉しくないんだからね。それより、案内してくれないと道わかんないわよ」



「それもそうだ。ついてこい。マイティ・ガイとのご対面だ」



 暮斗は手招きしてあまねを呼び寄せた。それからは隣に並んで歩く。



 ビルの中に入ると、まず視界に入ったのは近未来的な巨大ビジョンだった。そこにヒーロー協会のロゴマークが大々的に映されている。



 テレビで見たことがあったが、マークを大きく表示することで「ここはヒーロー協会だ」ということをより強力に認識させる効果があるそうだ。



 確かに、怪人のあまねにとってあまり居心地のいいものではなかった。何故だかずっと見られているような感覚に陥る。



 ヒーロー協会の思惑は成功していると言って間違いないだろう。



 一時は落ち着いていたが、またそわそわし始めたあまねを諌めた。



「あんまりキョロキョロしてると目立つぞ」



「き、緊張するに決まってんでしょ。怪人でなくってもこんなところに普通は来る機会ないんだし」



「ま、それもそうだな。俺も最初は緊張したもんだ」



 暮斗は懐かしむような仕草をした。そのことから、彼がどれほど前からヒーロー活動をしているのか気になったが、万年ハグレをしていて、最底辺に甘んじて変動していない可能性を考えると、悲惨すぎて質問が喉の奥から出てこなかった。



 そんな葛藤など露知らず、暮斗は何本もあるエレベーターの上へ向かうボタンを押した。



 協会本部ビルは日本の中でも一、二を争うほどの高さを誇る。敷地の広さでは日本随一だ。



 故に部屋の数は尋常ではなく、高位のヒーローには専用の部屋が与えられているのだ。



 暮斗が示すマイティ・ガイにも部屋が与えられているはずで、恐らくそこに向かうのだろう。



 程なくした現れたエレベーターに乗り込むと、暮斗は八十一階のボタンを押す。



 さて、もうすぐマイティ・ガイとの対面が待っているわけだったが、階を登っていくにつれてあまねの不安はどんどん大きくなっていく。



 相手はヒーロー五位である。六万位程度の暮斗が見逃すならまだしも、五位のヒーローが自分を見てどう思うだろうか。



 人物像より、そちらが気がかりだった。



 内心ヒヤヒヤと肝を冷やしながら、ここまで来てしまったことを後悔しつつ、背を丸めて暮斗の後についていた。



 ……今からでも引き返そうかな。



 そんな考えが頭をよぎったその時、唐突に暮斗から死刑宣告が告げられる。



「着いたぞ。ここだ」



 もうだめだ、とすっかりネガディブになったあまねは生きた心地がせずに、顔を真っ青にした。



 そして部屋の中で待ち受けていたのは、身長の高い、いわゆる細マッチョとでも呼ぶべき気の良さそうな男だった。

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