第27話 エンドマーク
おもしろいくらいぽかんとした顔のみかんが、こちらを見ていた。
「え、グラトさん?」
「はい。まあ、その、大変でしたねえ、みなさん」
笑顔が引きつっているのは自覚していた。当たり前だ。だがここで退くわけにはゆかない。要するに、どんどん尻に火が回っているのだ。
カララを担当する騎士が変わるうえに、それが本郷みかんとエイジローに親しいとか、冗談ではない。半ば知らずにやらかしたこととはいえ、グラトはみかんを拐かす片棒を担いだ上、惚れているというエイジローを酷い目にあわせた元凶ともとれる。取れてしまう。相手が気まぐれを起こしたら。そして、どう考えても目の前の子供のような騎士は激情家の類だ。直接に殺されることはないとしても、もしカララを連れ帰れなければ、グラトにとっては身の破滅に変わりはない。
「それで皆さん。お話、聴いていただけますかね? いかがです?」
脇の下に嫌な汗が、じっとりと滲んでいる。
なんでこんな碌でもないことになったのか、グラトはただ己の不幸を鑑みていた。そも、ちょっとしたおくすりの納入先で、相手が死んでいたのが始まりだったのだ。殺人だった。いや、別に人が死んでいようが殺されていようが干されて首を括っていようが、本当なら気にする筋でもない。相手が低席次とはいえ有力な王族の子弟で、しかも現場から去るグラトの姿を保護者さまに目撃されてさえいなければ。
十二にもならないのにおともだちを誘っておくすりで遊ぼうとするおませさんとはいえ、王族は王族だし、その親も王族だ。司直の手が及ぶまえにグラトが諸々をし仰せたのは加盟している
つまり、自分で証人を連れ帰れ、あとは知らん、ということだ。蘇生の成功率とこの話を運ぶために必要なコストの安さを思えば、切り捨て宣言にも等しい。
切り捨てられたようなものだ。いま、社会的にも物理的にも自分をひねりつぶせる面々に囲まれて、グラトは必死に裁判の予行演習をしている。
「いいですね。私としては、伺いたいと思います。騎士リコは如何ですか」
「んー。ほんとならいいと思うけど、お兄さんだれ?」
「ちょっとした知り合いですよ。エイジローさんに協力させていただいてですね」
半眼単眼を向けられるのに慌てて言葉を重ね、目配せする。大丈夫、一蓮托生ですとも、と伝わったかどうか。最悪ではハリオが担当のまま、すっと連れ出せても構わない、と考えていることはバレていないと祈りたかった。
「グラトです。騎士ハリオさんには一度お会いしてましたね」
「ええ。覚えています。カララさんに怪我はありませんでしたか?」
「お陰様で」
あの騒ぎの中、どこまで様子を伺っていたのか。うそ寒いものを覚えながら、グラトは愛想笑いを返した。
「元気ですよ。つまり、先ほどまで下で、一緒にあの怪物に追われてまして」
広間の石畳で、触手を生やした地底魚がびちびちと跳ねている。
ハリオは笑顔のままで促した。
「ご災難でした。それで、証拠というのは?」
「細かいことを置いておくと、あの触手の魔物。エイジローさんの同族です」
「え。なに、エイジロー子供つくったの? 先に? 誰と?」
「そうじゃない。ちょっとそこは措いといてくれ」
「見た目からしても、それらしいとは思いましたが」
「宣言しても構いませんよ。あれはエイジローさんの欠片で変化した魔物です」
リコ以外の目線がエイジローに集まる。
「ああ。そうだ、あれは俺の細胞でふやした同族ってことになるな」
ハリオは何かを吟味するように、僅かな間目を閉じた。
「いいですね。承知しました。しかし、それだけでは証とはならないでしょう?」
いかにも、そうだ。
――さて、ここからが大勝負ですよ。
理解はおそらく間違っていないはずだ。グラトはそう踏んでいる。
問題はこの理屈が通じるものかということ。それから、もし通じなかった場合に、ようは
「ええ。そこで、もうひとつですが」
グラトは
「おい。貴様、人を猫か何かだと勘違いしていないか」
「そう言っても、カララさん。入り口の段差、ひとりで超えられないでしょうに」
「あッ、カララちゃんッ」
ぱっとみかんの顔が明るくなる。
猫掴みのカララは、
「よかった、無事だったんだ」
「
「まあ、つもる話はあとにしましょう。カララさんに頼みたいことがあってですね」
「……何だ?」
石畳にカララを下ろして、グラトは両手を合わせて拝んだ。多島国風の礼だ。
「
「それが証拠ですか? グラトさん」
「ええ。まあ、僕らに危険はないです。もしものときは止めていただいて」
視線が一気にカララにいく。幼い少女は、ひどく居心地悪げに身じろぎした。
「何故そのような」
「まあまあ。口約束とはいえ、言うこと聞いてくれるってぇお話でしたよね?」
カララはそれでも不審げな顔だったが、不承不承といった様子で頷いた。
「まあ良い。思い切り叫ぶぞ」
「あ、おい、待て!」
これから起こることに気付いたエイジローが発声偽足を震わすが止まらない。
カララはぐっと目をつむり、ちからを込めた様子だった。
グラトにはむろん、何も見えず、聞こえない。しかし確かに、何かが炸裂した。
それが見えたであろうハリオが眉をはねあげる。リコが首をかしげる。
石畳で触手怪魚がびちびちと勢いよく跳ねた後、伸びた。
「う、うわああエイジローさんッ!?」
みかんが、慌ててエイジローを支える。白眼を剥きかけて痙攣している。
発声偽足がふるえるが、まともなことばにならない唸りが出るばかり。
しばらく黙考していたハリオが口を開いた。
「……今のは、カララさんの原型異法ということですね?」
「ええ。
「いいですね。確かに私は、ここにいる全員の原型異法を確認しています」
「では、これはあかしになりますか。ハリオさん」
グラトはカララの頭に手のひらを置いた。
「おい。貴様」
「カララさんは同族にだけ聞こえる声を上げられます」
ハリオは、気絶している触手地底魚を取り上げた。
触手はまばらにわずかな痙攣を見せるだけだ。
「いいですね。そして、エイジローさんもまたその声が聞こえたことになる」
とてつもない大声だったようですが、と、介抱されている触手を見る。
「如何でしょうかね。専門の目から見て」
「異なる時期に、同じ
しかし、と、ハリオは首元の大徽章に右手指を伸ばした。
「異なる世界に同族が広がっているのは、更にありえないことです」
「お。じゃあ、どうかな」
熟考するような間があり、はい、とはっきりとした答えがあった。
緑衣の
「対話の聖域に誓って、私は騎士リコに、本郷みかんの
ぱっと満面の笑みを浮かべるリコを確認し、グラトは胸を撫で下ろした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ぐったりして白目を剥いた
聞いたはいいが、最初みかんは、その意味が理解できなかった。
どうやら話が進んだ、と気付いたのは、リコとハリオが納刀したままの
エイジローを抱えて、どこか何もかもが遠いような気分でぼさっとしているその肩を、猫のような笑顔を浮かべてリコが叩いた。
「おめでとー! みかんちゃん、これからよろしくねー!」
「えッ」
目線を彷徨わせると、ようやく色を取り戻したエイジローの単眼と、目があった。
「助かったってことだよ」
たぶん笑っているんだ、と、みかんは気付いた。
「おめでとう。お疲れさん」
「……あ。……はいッ」
笑顔はつくれた。
深々と息をためて、答えて。からだ全体から力が抜ける。
みかんはどたっと尻餅をついた。
全身から、一瞬金の光が上がる。
金の装甲と黒い蒸着が消えて、
最低限維持されていた
真っ赤な血の花が咲いた。
「え」
削り取られた肉と切断された血管、砕かれた骨が支えを失った。
そのときには、とても気付けなかった。気づきようがなかった。
急速にノイズに沈み遠ざかる周囲の音、呼びかける声もききとれない。
体を揺すられているような気はした。それもはっきりしないまま。
みかんの意識は完全に暗転した。
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