第26話 甲論乙駁

 リコにとって、きょうは稀に見るほど忙しい一日だった。


 朝一番でヒメのとこまで突っ走って、同夢異法師でんわを借りて大伽藍ほんけに連絡して。これがまた時間を取られた。で、ようやく話が片付いたらヒメが焼け死んだだの下が騒ぎだのと聞いて、普段にしまいっぱなしの商売道具引っ張り出して隧道広間に駆け下りて。時間ギリギリ。なんとかセーフ。


「いやあ間に合った間に合った。みかんちゃん死んだらどうしようかと思った」

「あ、あのッ、ほんとにリコさんですか?」

「だからそうだって。ボクの顔、見忘れたかー」


 みかんがかなり面白い顔で確認するのを、リコは笑顔で肯定。


「だってその、なんていうかぜんぜん」

「諦めろ」


 エイジローは単眼を器用にジト目にして、とんとんと触手で頭を叩いた。


「こうなんだよ。昔っから。初対面で食らった俺の気持ちがわかるか?」

「これでその、告白なんかを……?」

「うんうん。ナイス記憶力みかんちゃん、ボク嬉しいな!」

「どこまで話してるんだ、お前」

「失礼。いいですか。交友を温めているところ申し訳ないですが、本題を」

「あっと。ごめんごめん、OKOKおっけーおっけー


 素足で石畳を踏んで、リコはくるりと振り返る。

 ハリオは整ったアルカイックスマイルのまま、律儀に待っていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「改めて、剪刀せんとう騎士リコ、師から賜った姓はガガープ」

剪刀せんとう騎士、ハリオ・サムラです」


 両掌を喉元で合わす一礼のあと、即座に切り出したのはリコのほうだ。


「整理からいこっか。ハリオがみかんちゃんをる理由は?」

「原版異法の危険性ゆえに。騎士リコ。私にはこれを見過ごせません」

「あののやつとかね」

「むしろ同化の方を危険視しています」

OKオッケー危険性リスクの問題だから、持ち主の人格は度外視と」

「いいですね。その通りです」

「つまりハリオがみかんちゃんの物語せかいあずかるかぎり、見逃す気はないんだよね」

「はい。その通りです、騎士リコ」


 結構なペースで言葉を投げ合う二人の騎士に、みかんは物怪もっけ顔になった。


「あの、失礼ですけどリコさん思ったより」

「あれでも、もとスパイだったそうだからな」

「あと、絶対絶滅機構エクスターミネーターのこと知ってたんですか」

でも、剪刀せんとう騎士だからな。一目で見抜けたとよ」

「あー。エイジローさんにいきなりこう、ガバっと行ったっていうのも」

「……だから、お前どこまで聞いてるんだよ本郷。あと緊張感持てよ」


 触手と少女のヒソヒソばなしは、別段、本題の気にはされない。


「では、確認します。私の啓示への疑いを、公主殿へ伝えましたか?」

「うん。そりゃ同夢異法師どうむいほうし借りたからねえ。あと諸王京の根回し頼んだし」

「ご自分の名前は使わなかったのですか?」

「エイジローの監視以外の仕事は今してないし、ボク知名度低いんだよねえ」

「現地のにすら名を告げていないのは、如何なものかと思いますが」

「義務はないしさ。身バレしそうな記憶はほとんどから」

剪刀せんとう剣の私用には当たりませんか?」

「危険度の高い物語せかいの監視監督にあたり、漏洩を抑える方針として」

「いいですね。わかりました」


 ハリオは頷き、自分の大徽章を左手指で確かめた。


「では、本題です。私の啓示に疑義を挟む理由とは何ですか、騎士リコ」

「エイジローの証言」

「司る物語せかいに入れ込みすぎてはいませんか?」

「もちろん。だって一目惚れだし。知ってるでしょ? 剪刀せんとう騎士の結婚相手」


 猫のように目を細めて、リコはエイジローを見た。

 エイジローは偽足を面倒そうに振って応える。リコは少し笑った。


「ええ。司る物語せかいの相手と婚姻こんいんするものも、存外に多いそうですね」

「我ら、ことばを一つとする助けたれ。異なることばをるものであれ」

「語るものをり、選び取らん。騙るものの騎士を是認する伝承句ですか」

「そ。だからボクは、エイジローを受けれることにしてるの」

「いいですね。わかりました。では、重ねて問います」

「どーぞ」


 ハリオはエイジローとみかんに、ほんの僅かの間、笑顔を向けた。


「エイジローさんの証言とは?」

「エイジローは、

「なるほど。つまりこうですか、騎士リコ」


 ハリオは頷き、ことさらはっきりと発音して、確認した。


「本郷みかんは、物語せかいと」

「そう。対話の聖域に誓って、大伽藍だいがらんに話は通したよ」


 リコは剪刀せんとう剣の柄頭を叩く。


「あとはハリオが納得してくれれば、物語せかいの管理はボクに纏まる」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ハリオの美術品みたいな笑顔とリコの無邪気な笑顔が同時に振り向いた。

 みかんはたじろぐ。話の流れがいまいち飲み込めていない。


「え、えーっと」

「あ。大丈夫大丈夫。みかんちゃんは素直に答えてくれたらいいから」

「来るべきものが来たな。嘘だけは言うなよ本郷」


 エイジローはすっと縦に伸びた。背筋を伸ばした、という意味だろう。


「リコはできん芸当だが、ハリオ殿には嘘は通じんぞ。たぶんだが」

「あーひどーい! ボク、異法解析覚えただけでけっこうスゴいんだよ!?」

「そうですね。宣言しておきますが、私は偽証察知の異法を扱えます」


 いいですね。と、ハリオは念を押した。


「同じ物語せかいから別個にが流れ着くというのは、前例がありません」

「ま、珍しい話だよねえ。ボクも師匠せんせーから聞いたことないや」

「同じに乗ったわけでもなく、エイジローさんと本郷みかんさんの間には、まる一年ほども期間がひらいている。考えがたいことです」


 整った笑顔を崩さず、ハリオがみかんをじっと見つめる。やっぱり苦手だ、という意識が浮き上がってくる。ほんとうに、先生みたいで。


「問います。本郷みかん。


 みかんは、ほんのすこしだけ迷った。知ってた、と答えたらどうなるだろう。

 そのとき、みかんの肩がぽん、と叩かれた。

 エイジローの偽足触手だった。

 単眼と目が合う。エイジローは頷くようなそぶりをした。


 みかんも頷いて、口を開いた。


「いえ。私、触手生物ハイドラとはずっと戦ってました。けど」


 息をためて、はっきりと言葉を区切った。


「エイジローさんとは


 咀嚼するような、いくらかの間があった。


「いいですね。。では――」

「おっと。待ってくれ、ハリオ殿。俺からも言うことがある」


 エイジローが文字通り、間に偽足を突っ込んだ。


「聞きましょう」

「ああ。いいか、

「えッ」


 エイジローの言葉に、ハリオの笑顔が消えた。

 しばしの沈黙が降りる。


「承服しがたいことですが」


 胸元の大徽章に指を這わせ、ハリオは目を眇めた。


「え、えッ!? あの、エイジローさんッ!?」

「おたつくな本郷。さあ、それじゃあどうする、ハリオ殿」


 ハリオは無表情のまま、左手で幾度か、大徽章をなぞった。


「ボクとしちゃー、納得してくれると嬉しいんだけどねえ」

「そうも行きません。偽証察知に照らす限り、貴方がたの証言は矛盾している」

「そうかね。平仄ひょうそくを合わす手は、いろいろあると思うが」


 エイジローは肩をすくめる素振りを見せる。


「たとえば、本郷みかんが俺に気づかなかった、とかはどうだ?」

「問いますが、エイジローさん。今の言葉は本当ですか?」

「いいや。な。一瞬だけってことはない」

「ええッと、あの、ごめんなさい、ほんとに記憶が無いんですけど……」


 ハリオは、とうとう顔をしかめた。


「困りましたね」

「ボクもそう見えるよ。偽証察知の限界ってやつじゃない?」

「そうですね。騎士リコ。確かに、認めざるを得ないところです」

「でも、まだ認める気はない?」

「ええ。啓示が指すものをあやまつ、という事例も知りませんので」

「頑固だねえ。そういうの、ボクも嫌いじゃないけどさあ」


 薄い渋面で、ハリオは何かよくわからずおたついているみかんをじっと見る。

 この娘を、自分は裁く権利を持つか、否か。


「ああ。失礼。いいですかね」


 そこに、控えめだがはっきりとした声が上がった。五人目の。

 場の視線が集まる。みかんの真後ろ、竪穴タテアナ


「僕、その議論を止める証拠が用意できると思うんですけども」


 やや引きつった作り笑顔えいぎょうスマイルの男が、ひょこりと顔を出していた。

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