第17話 大工場メインプラント休憩室

 諸王京ショオウキョウとの同夢異床テレパス通信ツウシンを終え、廊下をだーっと走り抜け、ベストを脱ぎ捨て、休憩室のマットレスに寝っ転がる。後は任せた。ようやくアタシは息をつく。


 やっぱり苦手だ、他人の体をつかうっていうのは。しかもこれ、厳密ゲンミツには精神感応セイシンカンノウみたいな方式じゃなく、あくまで身体のうごきに依存してる。専任異法師がアタシの体の動きを読んで、遠くの同業者がそれを再現するっていう方式ね。人間通信機ニンゲンツウシンキと化す異法師さんがたは、白眼シロメ剥いて寝言を滔々トウトウと申し述べるわけで。つまりかなりコワい。少なくともアタシだ。自動書記式で送ると、こんどは急ぎの用に間に合わないし。


 異法イホウが人のには影響できないうえ、人力オペレートが必要だって都合上、無理矢理ムリヤリに通信するとこうなるんだ、って理屈はわかるけどさ。見た目を引いても、油紙アブラガミを何枚もはさんで背中を掻くようで、正直えらく気持ち悪い。そこ、なんとか自分で話せるようにならない?


 公社ウチの仕事の都合上、封印街に三人しかいない同夢異法師ドウムイホウシを雇ってるんだから、こんなこと言っちゃいけないんだろうけど。いきなり諸王京に連絡しなきゃってとき、頼られるのはない話じゃない。そりゃ、ないことじゃないけども。


 今回のばあい、どこへっていうのがまず問題モンダイだった。いきなりへ取り次いだもんだから、ほうぼうへの連絡レンラクを、アタシみずからやらなきゃならなかった。


 いや、こんなことぼやいたら、またピエットあたりに怒られそうだけどさ。公主ボス責任セキニンとるのが仕事なんだから、文句をいうのは理屈リクツが通りません、って。おまけに、自分で持ち込んできた案件アンケンでしょう、って。まあ、そりゃそうなんだろうけど。


 社長なんていっても、公社でいちばん酷使コクシされてるのはアタシなんだから、その辺、少しは甘くしてくれたっていいと思うんだけどね。そりゃあさ、事務ジム仕事とか、何をどうしたらいいかってとこからわかんないけど。ふらふら営業所に来ないでくださいとか、職権乱用ショッケンランヨウですとかって言われるけど。


 こないだはピエットどころか第三営業所ダイサンエイギョウショのモルモちゃんからまで言われたけど、あれってばもしかして、ピエットのアタシの扱いが伝播デンパンしてない? アタシが起きてると、面倒メンドウ親戚シンセキのお婆ちゃんが来たみたいになってない?


 あ。なんかちょっと泣けてきたな。

 でもナミダは見せない。だってアタシ、神さまだもん。


 そう。神さまなのだ。すごく間抜マヌケな理由で終わった神様カミサマ

 自分で様付けしてると頭悪そうに見える? 知らないなあそんなの。だって実際、アタシは偉いのだ。おカネあるし。社長だし。貴族でもあるんだよ? 本当ホントだよ?


 なにしろ神様カミサマだから、人から助けを求められるのも嫌いじゃない。特に産土ウブスナの同じ葦原アシハラ、じゃなかった日本ニッポンの子だと見捨てられないよね。だからこそ、こんな面倒メンドウなことをわざわざやってるわけでさ。うん、じつに偉いぞアタシ。みかんちゃんは感謝してくれてもいい。持ってる原盤の販売権を、ちょっと奉納ホウノウしてくれるとかでいいのよ?


 それにしてもエイジローの絡む話は、だいたいいつも面倒なことになる気がする。いつもってことはないけど、そんな印象になるくらいはいろいろあった。あいつがこの街に来て、まだ一年と少ししか経ってないのによ? 信じられる?


 そもそもあいつ自身からして、封印街に世話になります、実は俺は世界の危機です、なんてやってきた大馬鹿野郎だった。剪刀騎士の紹介で捻じ込まれなければ、会っていたかどうかも……いや、会ってはいたね。アタシならたぶん。面白そうだし。

 実際顔というか姿を見てみたら、さばえなすどころの騒ぎじゃない邪神というか、剣もて追われそうな大蛇っぽいというか、ものすごい代物だったわけだけど。


 あいつが迷宮山師をはじめて、リコとコンビで潜り始めてからも、だいたい一年。ほんとに何やっても死なないもんだから、ずいぶんヤバそうなやらアナやらに突っ込んでもらったっけ。

 ……あれ、もしかしてあいつの案件が面倒な理由ってこれかもな? ありそうだ。あとでピエットに記録を出してもらおう。覚えていたら。


 にしたって、今回の件は別にアタシが原因てワケじゃない。ないハズ。今回に限っては。アタシがやったのは、「語り部の家」があのアナを警戒してるってので、そら自分の膝下だもの、気になるじゃない? 調べてみたら何人も消えてて、こりゃチャンスの気配がするって、エイジローに仕事を振っただけだ。


 結果として出てきたのは、チャンスどころの騒ぎじゃなかったわけだけどさ。


 機械部品とか珍しい嗜好品とか、そうじゃなきゃ充電式の懐中電灯と充電器でも、大箱で持って帰ってくれれば十分くらいの気持ちだったんだよ、本当に。ちなみに、バッテリー式のライトのたぐいは高く売れる。軽くて明るいし、油も使わなければ、異法師を雇う必要もない。問題は整備ができない事。街にも電力入れたいんだけど、このへんがひとつの壁になっている。発電機は確保できるとして、うちのプラントと互換性あるようなパーツとか、そういうの作れる技術者とか、なかなか流れてこないのが実情だったりする。魔王城だの超能力戦士だの、スペース戦国武将だの、物騒なやつらだけはあっちこっちにやってくるんだけどねえ。


 ま、余計ヨケイな話は置いといて。今起きてることははっきりしてる。

 新しいが見つかって、剪刀騎士が出張ってきて、しかもそいつは堂々と、かつきっちり権力を使って、封印街にフタをしているのだ。


 封印街っていうのは、文字通り迷宮の封印フウインでもある。迷宮から迷い出る危険物を、その構造や住人を使って受け止めるのだ、ということになっている。つまり、地上ウエの迷宮まわりに広がってる、だだっぴろい空白地と同じ役目っていうことになる。


 そういうことになってる。建前上は。あくまで建前上はだ。


 当たり前だけど、わざわざ死ぬために住むやつはいない。探せばいるかもしれないけど、普通はそうじゃない。普通ってのはたとえば、アタシが知ってたり雇っていたり、あれこれワルいことをされるのに手を焼いてる相手、ってこと。


 剪刀騎士サマは、実際に死ねとオオせになっている。


 うん。ちょっと訂正しなきゃという話だ。

 つまり、みかんちゃんに、エイジローにも、あとはリコにもかな。悪いんだけど、別にアタシも慈善事業とか、義理人情と浪花節ナニワブシだけで関わってるわけじゃない。

 責任セキニンの所在がどうこうみたいな話がなくたって、たぶんアタシは動いていた。

 真面目に商売してるみんなには怒られそうだけど、アタシの思ってることは単純だ。

 無尽宮公社、めんな。

 馬鹿とかお人好しとか、悪党とか、得体の知れない連中ばっかりではあるけれど。

 ここは、アタシたちの街だ。諾々ダクダクと従ってたまるもんですか。


 とか、ひとしきりぐるぐる考えて、ちょっと気合の声上げながら休憩室のマットでごろごろしていたら、ほっぺたに思いっきり痕がついていた。鏡を覗いて後悔。布団くらい出せばよかった。面倒くさがらずに。この服はまあ、シワにならないからいいとして。便利だよね未来技術。未来すぎてよく扱いに困るけどさ。


 ちょうどそこで、ピエット、つまり我が秘書官どのが休憩室に顔を出した。


公主ボス

「お疲れ。どっち? 通信のほうが片付いた?」

「いえ、そちらはまだです。隧道広場の方ですね。先方が

「うっわぁ」

公主ボス。人前でしていい顔ではないですね」

アタシとピエットの仲じゃないのよ」


 座卓に放りっぱなしのベストを羽織り直す。髪の毛を手櫛で整える。

 まあ、たぶんろくでもないことになるんだし。これでいいでしょう。十分だ。


「どちらへ?」

「時間稼ぎ。念のため、替えの服は用意しといて。昇降機リフトは――」

「七番を抑えてあります。お気をつけて」

「さすがピエット。じゃ、行ってきます」


 下につくまでに、あとは、ほっぺたの痕が取れてるといいんだけど。

 アタシは、ベストのボタンをしっかりと留めた。

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