きらきらなシナリオの読み解きかた

「はーい真由~? いい子だからそのまま動かないでね~」

「あたし全然動いてないつもりだけど、そもそもなんでこんなポーズ?」


 今日は6月最初の土曜日。なんとも梅雨らしいというか、やっぱし雨だった。

 この部屋、晴れてれば町が一望できそうなほど見晴らしが良さげだけど、今日の天気じゃ目の前に広がる長い坂の麓までがようやく見渡せる程度の景色だ。

 ……なるほどね。編集さんの自宅ってこんな雨の日でもしっかり部屋の中まで監視……じゃなかった、確認することができるんだな。


 そう、ここは英梨々の部屋。

 突然土曜日の真っ昼間に英梨々にチャットで呼び出されたかと思えば、英梨々はこうやってあたしをモデルにして絵を描き始めたんだ。そしてあたしが取らされたポーズはというと……


「立派な絵描きになりたいんだったらそこでつべこべ言わない! ほら、もっとちゃんと足を広げて!!」

「ねぇ英梨々? 『恋メト』に出てくる真唯ってこんな大胆なポーズをする女の子だったっけ? これ、ただ英梨々が描きたいだけだよねそうだよね!??」


 そのポーズとは、大きなバランスボールの上で仰向けになり、足を開いた状態でごろんと寝転がったり……などというどこかのアニメのワンシーンで観たようなそんなポーズ……ではなく――

 ……ここから先はご想像にお任せってことで。


 ☆ ☆ ☆


「ところで英梨々ー? あの恵ちゃんの原稿って、読んでてどこか違和感なかった?」


 あたしは英梨々のモデル役を一旦終えると、次はあたしが英梨々をモデルにする。と言っても英梨々は当然じっとしてくれる様子もなく、本を読んだりジュースを飲んだり。自由気ままにまったりとした土曜日の午後の余暇を楽しんでる感じだ。


「そんなの大有りよ!! あたしがメインヒロインで、恵が幼なじみヒロインとか。これは間違えなく当て馬よね。」

「……あ、いや、そこじゃなくてね。」


 うん。まぁ英梨々にとってはそれが一番大きな問題なんだってことはあたしも重々承知してるつもりだし、確かにそこもなんだか引っかかる話ではあるけれど。


「それ以外のどこに問題があるってゆうのよ!?」


 英梨々は思い出しただけで怒った顔をする。それってそんなに気になるところなのね。


「いや、具体的にどこというわけじゃなくて、なんだか喉に引っかかったものを感じるというか、気のせいかもしれない些細なことのはずなんだけど、実はもっと大きな話のことのようで。」

「あー、ひょっとしてそっち? あたしはどうでもいいわよそっちの件は。それより問題は、どうして恵があたしの専売特許の幼なじみヒロインの座まで奪おうとしてるかってとこよ!」

「いや、恵ちゃんが書いたのはあくまでシナリオであって、そもそもそんな専売特許聞いたことないし…………って、英梨々はひょっとしてなにかそれ以外に気付いたところがあるの???」


 すると英梨々はさっきまで読んでいた本を一旦ぱたんと閉じて、きょとんとした顔であたしを見つめ始めた。それはまるで頭の中を整理しているかのようで……

 えっと……どういうこと!??


 英梨々はふぅとひと呼吸置いた後、すっと口を開いた。


「んー、そうね。これはあたしと恵と……の問題だし、真由が気にするところでもないわね。」

「英梨々と恵ちゃんの問題?」

「……う、うん。そう。」


 あれ? 英梨々はさっき何かを別の言葉を言いかけた。けれどもその言葉はなぜかぐっと仕舞い込まれたようで、それがなにであるのかあたしには見当もつかなかった。

 なんなんだろうな〜この違和感。どこか釈然としない。

 だけどもあたしのその煮え切らない感じはそれ以上の思考が寸断されてしまい、結局のところどうすることもできなかった。


「でも恵ちゃんも、あんなにゲームのシナリオを書けるなんて思いもしなかったよ。実は恵ちゃんって、タキくんよりシナリオを書くセンスがあるんじゃない?」

「まぁ『blessing software』ではゲームの演出のほとんどを恵ひとりでやってるしね。シナリオ書くのだって、恵、今回初めてってわけじゃないし。」

「え、恵ちゃんもシナリオ書いてたの?」

「うん。去年のあたしのルートにあった、巡璃めぐりとの仲直りパート。恵がシナリオを書いて、あたしがその監修。あれって、恵と二人で温泉旅行へ行くってところまで実話だったりするから、ほんっと痛いわよねあのゲーム。」


 あ、そうだったんだ。あのゲーム、そのシナリオを書いたとされる編集さんからは想像もつかないような乙女チックな文章が紛れ込んでると思ったら、その箇所を書いてるのは恵ちゃんだったんだね。


 『blessing software』の第二作、『冴えない彼女の育てかた』には英鈴えりと呼ばれるサブヒロインが登場する。身内の間では『英梨々(仮)ルート』と呼んでいるそうだが、その名の通り、モデルは英梨々だった。

 そんな英梨々ルートの中には、主人公くんが登場しない場面があり、そこはメインヒロインの巡璃との女子だけの会話シーンになっていた。それが他の場面の会話シーンとは全然色が異なっていて、ちょっとだけきらきらしてて、ほんのりと切なくて――

 そのことが、ゲーム『冴えない彼女の育てかた』のひとつの魅力となっていて、ネットでもいろいろ噂になってたんだ。中には『この部分だけ霞詩子のシナリオじゃね?』と推測している人もいたっけ。あたしも最初は霞さんが書いたのかなと思ったんだけど、でもあたしは霞さんが当時多忙すぎてそっちのゲームどころじゃないことを知っていたし、だからどうしても釈然としなかったんだ。そもそも霞さんの文章とも全然違ったしね。

 

「そうだ。恵、他のシーンも結構書いてたよね。主に主人公くんが出てこない巡璃と他のサブヒロインとの会話シーンばかりだけど。特に霞ヶ丘詩羽とのバトルときたらもう〜……」

「あはは。あれは確かにすごかったよね……」


 ゲーム『冴えない彼女の育てかた』を彩るもう一人のサブヒロイン、詩葉うたは。……言うまでもなく霞さんがモデルなわけで、詩葉と巡璃の二人だけの会話シーンはまさに『秀逸』の一言だった。

 そこには普段主人公くんには見せない、巡璃の強い女性としての姿が描かれていて、そのギャップが主人公くんとの会話の可愛らしさやいじらしさを際立たせていたんだ。詩葉先輩には絶対負けたくない!……そんな巡璃の想いが凝縮された女子同士の会話になってて、そのシーンで巡璃の虜になった男性ファンもいるらしい。

 ――逆の見方をすると、そのシーンのせいで巡璃にドン引きしてしまった女性ファンもいるとかいないとか。


 まぁあたしはそんな巡璃が好きだったけどね。

 悩んだり、落ち込んだり、喧嘩したり――そんな女の子の人間っぽさがいっぱい詰まってて、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまうような恵ちゃん……じゃなかった、巡璃のことがね。


「今回の恵のシナリオも、まさにその延長線上って感じよね。まぁ喧嘩してるのが恵じゃなくて、あたしと霞ヶ丘詩羽ってところが憎いけど。」

「そうだね。恵ちゃんのシナリオに出てくるかおりと舞羽まうの関係性って、なんだか恵ちゃんと霞さんの関係に似てるよね。」

「ほんとよね〜。恵、このシナリオを一体どっちの方向へ進ませ…………」

「…………」

「…………」

「……え、ちょっと待ってそれいったいどういうこと!???」


 英梨々はなんだか罰の悪そうな顔をし始めた。隠し事がバレたときのような、まさにその表情で。


 ――そうだ。これがあたしの抱いてた違和感だったんだ。


 ☆ ☆ ☆


 社長令嬢である舞羽は、義妹いもうとであるかおりを社長室に呼び出し、かおりが想いを寄せる朋雄ともおと許嫁であるということを打ち明ける。かおりはそれを聞いて、ショックを受けるが――


かおり 「それを聞かせて、わたしをどうしようっていうわけ?」

舞羽 「貴女が朋雄のことを好きってことは、私も理解しているわ。でも、どうすることもできないのよ」

かおり 「そんなの……勝手じゃん」

舞羽 「でも親同士が決めたことだから仕方ないの。これは運命だから」

かおり 「なんで親の操り人形なんかにならなきゃいけないの?」

舞羽 「貴女は事の重大さが理解できていないだけ。だから――ごめんなさい、かおり」

かおり 「わたしが聞きたいのは、そんなことじゃないわよ!!」

舞羽 「……えっ」


 かおりは我慢できなくなって、いつしか大声を張り上げていた。

 ダメ。なんだかもう涙が出てきそう。

 わたしが泣いたところで、どうしようもないことを理解しているはずなのに。


かおり 「『運命』とかうっさい!! ふざけるな!!! そんなのどうだっていいじゃん!!!」

舞羽 「…………かおり?」

かおり 「わたしが聞きたいのは、『舞羽さんは朋雄をどう思ってるの?』ってとこ」

舞羽 「!!??」

かおり 「ねぇ舞羽さん。さっき、なんでわたしに謝ったの? そんなの、ずるいよ……」

舞羽 「貴女には申し訳ないって思ってる。でもこれは――」

かおり 「だから謝るな!! なんで、舞羽さんがわたしに謝る必要があるのよ」

舞羽 「ごめ…………」

かおり 「舞羽さんも朋雄のことが好きなんでしょ? だったらさぁ〜……」

舞羽 「…………」

かおり 「いつまでも、わたしの憧れの義姉あねでいて! お願いだからさぁ〜……」


 かおりはついに涙を堪えきれなくなった。ぐしゃぐしゃな顔をしているのが自分でもわかる。

 舞羽はずっと顔を伏せたまま、もはやかおりの顔を見ることすら出来なくなっていた。


 ☆ ☆ ☆


 あたしはもう一度恵ちゃんのシナリオを読み返して、ようやくそのからくりに気づいた。


「でも、だとするとこの『加賀美舞羽』って子、モデルはあたしじゃなくて、霞さんってこと?」

「それは違うわ。だって、他の登場人物の名前はモデルをもじったような名前なのに、この『加賀美舞羽』って子だけちょっと違うし。恐らく、真由と霞ヶ丘詩羽の二人をモデルにしてるわね。」

「なんだか複雑ね、それって……。」


 そう。あたしが感じていた違和感というのは、その登場人物の名前だったんだ。

 あたしは一体この『加賀美舞羽』って女の子を、どう描いていけばいいのかわからなくなりそうだった。

 これはあたしであって、あたしじゃない。しかもそこへ霞さんの色も加えていかないと、恵ちゃんが描きたい『加賀美舞羽』に近づけないこともわかった。


 だってこれは、恵ちゃんから発信された、霞さんへの――


 ブルルルル……


 ぽかんとシナリオを眺めていたところに、スマホの着信があった。音の方を向くと、あたしのスマホではなく、英梨々のスマホが震えている。

 英梨々は慌ててスマホの画面を見ると、その瞬間強ばった表情へと一変した。


「英梨々。誰?」

「…………紅坂朱音。」


 そう言うと英梨々は、通話のボタンを押した。


「なんの用よ? 紅坂朱音。」

「相変わらず口の聞き方がなってないわねー、このエセお嬢様が。ひょっとして男と一緒だった?」


 低い女性の声がスマホから漏れ出して、あたしの耳にも届いていた。


「違うわ。知り合いの絵描きと一緒……女性よ。」

「そうか。ついに柏木エリも百合の道に……」

「だから違うってゆってるでしょ!! それより、何の用かって聞いてるのよ?」

「あ、ああ〜。最近、霞センセ元気してるかな〜って。」

「知らないわよ! 気になるんならあたしじゃなくて霞詩子に電話すればいいでしょ。」

「いや、昨晩池袋でビルの屋上にいる霞センセを見かけてな、あの表情、まるでそのまま飛び降りそうな顔してたからちょっと気になって。ま、霞センセなら心配するだけムダか。百合の道を邪魔して悪かったな、柏木センセ。」

「ちょっと。いったい何しにあたしに電話を……」


 ぶーっ、ぶーっ、ぶーっ……


 あっという間に切れてしまった電話に、あたしもただぽかんと聞いてるしかなかった。


「相っ変わらずめんどくさいわねー、紅坂朱音も。」

「いつも、あんな感じなの?」

「うん……」


 外の雨の音は鳴り止むことはなく、どくどくとあたしの胸を打つ。


 霞さん、最近ちょっと様子がおかしい気がする――

 その霞さんを苦しめているのは、ひょっとしたらあたしのせいかもしれない。そんな予感もあって、あたしは曇った窓の外をただぼんやりと眺めていた。

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