サスペンスな読みあわせのしかた
伊勢・名古屋のロケハンが終わり、それから二週間後の日曜日。今週で五月も終わることを伝えようとしているのか、外は雨が降っていた。
日曜日はおよそ恵ちゃんの部屋に集まるのがおよその日課となっていた。あたしのサークル『
週によって参加者はまちまちだけど、今日は初めて顔合わせした日以来のフルメンバーで、あたしと恵ちゃんの他に、エチカ、そして英梨々もいる。
ちなみにここにはいないけど、美知留さんにも音楽を手伝ってもらっていた。美智留さん、このゲームのことを既に知ってるらしく、面白そうと言いながら一曲をあっという間に書いてしまうんだそうだ。PCへの打ち込みといった編曲作業は全てエチカの担当だそうだけど、作曲に関して言うと実はほとんど美智留さんなんじゃないかと思えるほどだ。
それにしても……。
「日曜日に毎週恵ちゃんの部屋にあたしたちが押し掛けちゃって、うちの編集さん、文句とか言ったりしないの?」
「あー、倫也くんとは土曜日にちゃんと会ってあげてるから大丈夫だよ。大学でも毎日嫌でも顔合わせてるしね。」
「…………あ、そう。」
恵ちゃんは一通り棘を付けた形でそんな風に言ってはいるけど、内心は照れてるに違いない。
だって、顔が完全にフラットだもん!
「それより真由、また呼び方が『編集さん』に戻ってる! あんた恵から倫也を奪う気、本当にあるわけ?」
「……メインヒロイン様は静かに大人しくあたしのモデルをやってましょうね。まぁ〜、今の英梨々のポーズが全然モデルっぽくないのは素直に認めるけど。」
「ねぇ英梨々。わたしの前で露骨にそうゆうこと言うの、さすがにちょっとなんだかなぁ~だよ?」
「恵ぃ~、あたしって確かメインヒロインって設定だったわよね? それがなんで今のあたしの作業がスクリプトなのよぉ~。」
そう、英梨々はずーっと不機嫌そうにPCに向かって作業しているんだ。それまた滑稽であたしとしては面白い絵を描けてて楽しいのだけど、なんだか申し訳ないなぁと思わないこともない。
『cutie fake』での英梨々の担当、それは、メインヒロイン兼スクリプターだった。
「そこに対しては本当にごめんね。エチカの音楽担当の作業が落ち着くまでは人がいなくて。……でも、倫也くんを譲る気はないからね!」
恵ちゃんは英梨々に対してそう言いながら、顔はあたしの方をちらっと見る。
「あのあの~。恵ちゃんのその顔、怒ったときの霞さん程度に怖いです!!」
「真由。そこで他人事になるなぁ~!!」
「ひいっ……」
なんだろこの構図。まるで恵ちゃんと英梨々のバトルにあたしが巻き込まれたみたいになってるんだけど、これってあたしの立ち位置って…………?
……はぁ~、頼りない
「あの~そろそろあたしも会話の中に混ぜてもらっていいかな~?」
あ、ごめん。エチカの存在をちょっとの間だけ忘れてた。
☆ ☆ ☆
とはいうものの、実は恵ちゃんのペースはかなり速く、五月の時点でプロットはほぼ完成し、既にシナリオを少しずつ書き始めていた。どこかの編集さんみたいに『リテイク!』みたいなことを言い出す人がいなければ、冬コミと言わず夏コミまでにゲームが完成してしまうのではないかというペースだ。
音楽の方もエチカと美智留さんのおかげで、ほぼほぼ完成に近い。ゲーム終盤の部分だけシナリオが完成するまでペンディングとのことだった。ここまで一通りの打ち込みが終わったエチカは、英梨々からスクリプトの作業を巻き取っていた。英梨々はやや不慣れな作業から解放され、ようやく機嫌が良くなってきたようだ。
つまり、残作業ほぼ丸々残しているのはあたしのみってわけで――。
「なによ真由。あんたまだまだ全然描けてないじゃない。あたしが手伝ってあげようか?」
「ごめん。今の英梨々についていける自信はこれっぽちもないから、大人しくモデルしててもらえないかな?」
英梨々は持参したノートPCで、保存されたあたしの絵の枚数をチェックしているらしい。つい先日までペンが止まっていたあたしの進捗なんて思わしくないのは当然で、だからといって英梨々が手伝うことになったら、悔しいけど絵のレベルに差が出てしまう。
そもそも英梨々とあたしじゃ、画風も違うもんね。どっちがどう合わせようとしても、それは骨が折れそうな作業になってしまう気がする。
「ねぇ。それより今日はせっかくみんな集まったんだから、これからわたしのシナリオの読みあわせをしてもらえないかな。登場人物も増えて、ちょっとプロットも変えてみたからさ。」
「うん、やろやろ。」
「よしやろ~!!」
「…………やろっか。」
一番乗り気な反応を見せたのはやはり英梨々だった。自分で絵を描かないでいると退屈で仕方ないのかもね。なんとなくわかるかも。
あたしは作業に集中したい気もしなくもなかったけど、確かに全員揃ったのは久しぶりだったので、読み合わせも悪くないかなと。恵ちゃんのシナリオの続きも読んでみたかったし。
そんなわけで、恵ちゃんが書いたシナリオ、タイトル『雪の滴が微笑むとき(仮)』の読み合わせが始まった。
☆ ☆ ☆
登場人物とモデルの対応表……って、本当にこんなの必要なのかな?
・河村かおり : 澤村英梨々(メインヒロイン)
・
・
・
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・
☆ ☆ ☆
都内の私立高校に通う女子高生かおりは、幼い頃に両親が離婚してしまったため、母親一人に育てられてきた。ただ、だからといって貧乏な生活だったわけでもなく、父親からきちんと仕送りがあったおかげで、ごく普通の女子高生として何不自由なく暮らしてきた。成績も普通、運動神経も特段優れていたわけでもないけど、ただ人より少しだけ絵を描くのが好きな美術部の女子高生だった。
それは、かおりが高校二年の秋の日――
かおりの母親は交通事故に巻き込まれて亡くなってしまう。
独り身となったかおりは、自分の父親を探そうと試みる。だが、母親から聞いていた父親の住所はなぜか全て
さらに、かおりの周りで不思議な事が起き始める。
ひとりで歩いていると、ふと誰かにつけられているような感覚に陥ることがあった。足音を感じて自分の足をぴたっと止めると、その後ろの足音も同時に止まる。また歩き始めると、その足音はまた聞こえてくる。
そしてその異変はついに現実のものとなって現れ、かおりの人生は大きく狂い始めた。
かおりがひとりで住んでた家が、何者かによって放火されたのだ。
決して大きくはない家だけど、母親との思い出がたくさん詰まった家――
それを失い、かおりは行き場もなく、絶望の縁へと追いやられた。
……が、焼け跡の前で立ちすくんでいるかおりの前に、中年の男性が現れた。
話を聞けば、かおりの父親の会社の関係者らしく、父親とは昔から旧知の仲だという。その証拠にその男性は、かおりの父親と幼い頃のかおり本人が写った写真を手にしていた。
記憶がない父親の顔を見せられて戸惑うかおりだったが、その男性は自分の家でかおりを引き取ることを提案する。当然その提案には躊躇したが、他に行き場のなく、父親の手がかりを得たいと考えたかおりは、その提案を受け入れることにした。
ところがその男性は、かおりのクラスメート、
かくして、かおりは朋雄の家の
かおりと朋雄は最初こそ反発ばかりだったが、同じ時間を共有していくことによって、徐々にその距離を縮めていく。
だけどそのことについて、面白くないと思う女の子がいた。かおりの大親友で、且つ朋雄の幼なじみの里美だ。里美と朋雄は小さい頃からすぐ近所に住んでいて、親公認の友達同士のつもりだった。でも里美の本当の想いは、ただのお友達という枠の中では抑えきれなくなっていたんだ。
朋雄のことを想う里美の気持ちに、その態度からかおりは当然気づいていた。朋雄との距離が縮まれば縮まるほど、里美との距離が広がっていく。
だけどかおりは、朋雄のことがやっぱり好きだっていうことに、気づいてしまった――
そんなある日、かおりは朋雄の父親から、かおりの父親が会いたがっていることを聞かされる。かおりはなぜ今更と疑問に思ったが、父親に会うことを決心する。すると朋雄の父親は、自分の会社の社長室を訪ねるよう、かおりに伝えた。
そう。かおりの父親は、誰もが知る大企業の社長だったんだ。
かおりは社長室の扉を開ける。記憶のない父親との再会に胸をどきどきさせながら――
ところが、社長室にいたのは父親ではなく、高校の美術部の先輩である、
舞羽はかおりが来るのを待っていた。そこで、かおりに真実を伝え始める。自分がこの会社の社長令嬢であること……かおりの義理の姉であること。そして、舞羽と朋雄は親同士が決めた許嫁であること。つまり朋雄は、次期社長になることを運命づけられた存在であること。
さらに、かおりの家を放火した犯人は、名前こそ明かさないが、舞羽の側近であることも――
舞羽は一通りのお話を終えると、かおりに対して謝罪した。
信じがたいことをいろいろ聞かされ、かおりの頭の中は大混乱に陥る。
憧れの存在だったはずの先輩が、自分の家を燃やした?
違うの? ……そうじゃないの?
誰かに見つかる前に早く社長室を出るよう舞羽に促され、かおりは社長室を後にする。
すると、同じ学校の制服を着た女子高生が、かおりと入れ替わるように社長室へ入っていくのをふと見かけてしまった。その女子高生はかおるの存在には気づかなかったようだ。
――あれは、隣のクラスの
☆ ☆ ☆
「……ってこれ、恋愛ものというより、サスペンスものじゃん!?」
これがあたしの率直な感想だった。ロケハンで聞いていた内容からどんな方向性の話になるのか、ちょっと心配だったけれど、なるほど、こんな風に持ってくるとは。
「でもこれ、ゲームでやるとスリルがあって楽しそうだね〜」
「とりあえず今書けてるのはこの辺りまでなんだけど、どうかな〜?」
エチカもあたしと同じような感想のようだ。
うん、こんな感じで話を進めていけばいいんじゃないかな。
「納得いかないわね、この展開……」
ところが、英梨々にはこのシナリオは気に入らなかったようだ。
英梨々はそれほど大きくもない声で、ぼそっとこんなことを言ってきた。
「英梨々……? どこがどう気に入らないのか、話してもらえるかな〜?」
恵ちゃんは英梨々に尋ねた。だけどその表情は、なぜか小さな笑みを浮かべている。まるで英梨々がそんなふうに言ってくることを想定していたかのように。
それに対して英梨々は、文字通り納得がいかない表情というものではなく、どこかもぞもぞしている。
「そんなの……決まってるじゃない…………」
「……ん?」
「なんで、幼馴染ヒロインが、ぽっと出のメインヒロインに男を奪われているのよ〜!!」
…………え、そこ?
「英梨々……わたしがこれ言うのもなんだけど、それってかなり痛々しい感想だよ?」
「う、うっさいわね〜……だって、これじゃあ里美が、なんだか浮かばれないじゃない〜……」
気づくと英梨々は半泣き状態になっていた。これでは泣き虫英梨々の大復活だ。
「……えっと〜、とりあえずエチカと真由さんはこの話の流れでいい?」
「うん、いいよ〜」
「あ、うん。いいんじゃないかな? ……英梨々はとりあえず放っておいて。」
明らかに英梨々のは私情なので、そこは無視して十分に納得できる内容であることは間違えなさそうだ。
「じゃ〜、この流れで進めていくね! 読み合わせ付き合ってくれてありがとう。」
恵ちゃんは最後に笑顔で、そう答えた。
……それにしても、あたしはどこか引っかかるものを感じていた。
英梨々が泣いていたのは、単に幼馴染が報われないからだろうか。もう一度印刷されたシナリオをひとりで読み返してみる。気になるのはこんなところ。
メインヒロインのモデルが英梨々で、幼馴染ヒロインのモデルが恵ちゃん――
モデルとゲームの中のヒロインの設定が、完全にスワップしているんだ。
そのことだけはあたしも読んでいて、すぐに気がついた。だけど、どうして恵ちゃんはこんな設定にしてきたのだろう? 里美の設定って、わざわざ朋雄と幼馴染にする必要なんて、本当にあったのだろうか?
そしてもう一つ。なにかとても大きな違和感を感じていた。
さっきちらっと読んでて『あれ?』と思ったんだけど、それがどこだったか忘れるくらいに小さなこと。
だけど、それは本当に『小さなこと』と流してしまってよかったのか……?
雨の音が徐々に大きくなっているのを感じた。
今日は一日止みそうにないね……。もうすぐ六月だから、しかたないか。
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