Ise and Nagoya

Lesson3: At Ise.

東京駅での待ち合わせかた

 東京駅。今日は天気も良く、朝日が煌々と輝いている。一泊二日の伊勢・名古屋のロケハンというだけあって、その朝はいつもよりかなり早かった。


 時計の針は、ちょうど8時を指している。普段のあたしの土曜日だったら、ようやく布団から脱出する時間だよ……。


 ふぁー、眠い…………。


 東海道新幹線のホームにたどり着くと、もう見覚えのある面々が集まってることに気づいた。あの編集さん、恵ちゃん、波島出海ちゃんに、知らない男性と女性が1人ずつ。はぁ〜、もうほとんどみんな集まってるじゃん……。するとまず最初に目が合ったのは、出海ちゃんだった。出海ちゃんはぴくっと目を丸くさせると、するするっとあたしのところへ駆け寄ってくる。


「お久しぶりですぅ~。会いたかったですぅ~!!」


 わー、出海ちゃんだ。

 あたしはまもなく、ぎゅっと出海ちゃんに抱きつかれた。


「お久しぶり。出海ちゃん!」

「お久しぶりです! サガノフミオ先生っ!!!」


 ぎゅっとされればされるほど、とても大きな胸があたしの身体に当たってくる。


「……いやあの、あたし、文雄の妹の真由なんだけど!!!」


 えっと、今のこれ、あたし特に間違ったことは言ってないよね?


 出海ちゃんと出逢ったのは、一年前にブースで隣同士になったその日以来。『不肖の兄を持つ妹同士』として、会話が弾んだのだった。ちょうどその時出海ちゃんはスランプに陥っていたと言ってたけど、今ではすっかり立ち直って、『blessing software』の2代目イラストレーターとして、立派に成長しつつある。


 その次にあたしの存在に気づいた編集さんだった。編集さんは近づいてきたかと思うと、他のみんなにあたしの紹介を始めた。


「あー、この人は来れなくなってしまった詩羽先輩の代わりとして来ていただいた、嵯峨野文雄先生の妹の~……」


 するとあたしの知らないイケメン男子……うん、間違えなくイケメンだ……に、編集さんの話は途中で制止される。


「倫也くん、そんな紹介しても無駄じゃないかな~。嵯峨野文雄の正体はここにいるメンバーは全員知ってると思うけど?」


 ……えっ? そうなの??

 するとやっぱりあたしの知らない、スタイル抜群でボーイッシュな女性が答える。


「あー、あたしはエチカから聞いてるよ。『サガノフミオって女性だったんだよ』って。」


 エチカー!!!! 秘密だって言っといたはずなのに、その言い付けは全然守られてなかったようだ。

 ……ということは、この人が『icy tail』ボーカル兼『blessing software』音楽担当の氷堂美智留さんか。確か『cutie fake』のゲームに出てくる工藤くみこのモデルさんだったよね。だとしたら、後でスケッチさせてもらわなきゃ!


 するとさっきのもう1人の男性の方は……。

 間もなくその男性はあたしに話しかけてきた。


「相楽真由さん、初めまして。波島伊織です。真由さんのことはお兄さんの文雄さんからよく聞いてるよ。」

「……あ、どうも。出海ちゃんのお兄さんですね?」


 なるほど。不肖の兄を持つ妹同士な出海ちゃんとあたしが知り合いなように、兄同士も知り合いだったというわけか。

 そういえば兄から聞いていたことを思い出した。『blessing software』プロデューサー兼ディレクター、波島伊織。元『rouge en rouge』の代表で、その手腕は紅坂朱音にも買われているという。ちなみに、兄もイケメンということになってて某そっち系掲示板ではいろんな意味で大人気だけど、この伊織さんもやっぱりいろいろ大人気である。

 ……イケメンってのはいろいろ大変なんだな~。


「ちょっと誰よ? 東京駅に朝8時なんて言い出した非常識な人は! ……あれ、真由じゃん?」


 そんな会話をしていたところに、いかにもご機嫌斜めの金髪ツインテールのお姫様が現れた。


「英梨々、おはよう!」

「おはよう。……あ、そっか。あの根暗女は仕事溜まり過ぎてて、来れなくなったってゆってたもんね。真由はその代わり?」

「うん!」


 すると恵ちゃんも、英梨々のところに駆け寄ってきた。


「おはよ、英梨々。ちゃんと起きれた?」

「恵、おはよう。こんな朝早いのは苦手だよ。それにしても、あたしや真由みたいな『blessing software』とは関係ない人を呼んじゃって、本当に大丈夫だったの?」

「大丈夫だよ。英梨々も真由さんも、『blessing software』の中では知らない人いないみたいだし、むしろ私達のゲームも進めたいしね。」


 恵ちゃんは小さな声で英梨々に答えた。


「真由さん。今日と明日、よろしくお願いしますね!」

「うん。こちらこそ、誘ってもらってありがと。」


 なんにしても、あたしは『泣き虫メインヒロイン』の最高の笑顔をこの合宿で描き上げるんだって、そう決めたんだから。あたしにもこのロケハンの意味はちゃんとあるんだ。


 ……そんなことを考えていると、たまたまあたしのすぐ真後ろにいた男達のひそひそ話が、偶然にもあたしの耳元に入ってきてしまった。


「……いかい、倫也くん。名古屋までずっとあの子の隣の席にいて、メインヒロインを嫉妬させるんだ。」

「……で、でも……。」

「倫也くん。これはロケハンなんだよ? 彼女との旅行は別の機会にしてくれよ。」

「いや、そういう話じゃなくてだな……。」


 なお、この会話は他の女の子には誰にも聞こえてないようだ。みんなあたしや男2人とは少し離れた距離でそれぞれ会話している。

 あたしは聞いてはいけない話を聞いてしまったような気がした。でも、これは『blessing software』の代表とディレクターが決めたこと。あたしとは関係のない『blessing software』の成功のため、あたしは聞かなかったことにしておこう。

 ……それにしても、『メインヒロイン』はともかく、『あの子』って一体誰のことなんだろう?


「そんじゃ英梨々も来たことだし、名古屋へ向かおうか。」


 編集さん、さっきのひそひそ話はとりあえずなかったことにして、『blessing software』のメンバーにロケハン出発の号令をかけた。


「お~!!!!」


 ☆ ☆ ☆


 のぞみ号12号車。指定席に7人で座る。D席とE席の2列席が2組、A席からC席の3列席が1組となる。そうなると、自ずとこんな座席配置になった。


10列A~C席 = 窓側から、美智留さん、恵ちゃん、出海ちゃん

10列D、E席 = 通路側に英梨々、窓側にあたし

11列D、E席 = 通路側に編集さん、窓側に伊織さん


 まぁ英梨々とあたしは本来は部外者だし、これはなんの駆け引きもない、ごく自然な座席配置だよね。あたしとしては、今回は英梨々といろいろ話をしてみたかったし、むしろ好都合な気がする。


 新幹線はゆっくりと東京駅を発車し、もう少し行くと品川駅に到着だ。


「真由。霞ヶ丘詩羽から聞いたわよ。あんた、あたしを描けないんだって?」


 うっ……。英梨々にそう話しかけられたのは、出発したばかりの新幹線で、やっとペットボトルのお茶を一口飲んだその時だった。まさか英梨々の方からその話をしてくるとは想定していなかったので、あたしは飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになる。


「あはは。まったくどうしたもんかねぇ~。」


 なんというか、笑ってごまかすしかなかった。本当はそのつもりはないのだけど、いつの間にかそんな態度をとっていた自分が本当に情けなく思えてくる。


「あたしもその原稿のプロットしか読んでないけど……まったく、あの根暗女もよくも本気でそんな小説を書く気になったものね。」

「でも、霞さんも書くのすごくためらってたみたい。先日のGWの失踪ぶりはあたしも初めて見たし。」

「ま、自業自得よ。あたしをネタにしようだなんて……。」


 英梨々はつんとした顔でそう答えた。でも口でそんなことを言ってはいるけど、それほど嫌がってないようにも見える。

 ……なんでだろ?


「ねぇ英梨々? 霞さんのその小説、英梨々はそれでいいの?」

「ん? なんのこと??」


 特に躊躇することもなく、英梨々はすっと聞いてきた。


「英梨々はあの小説、世に出てもいいのかな?って。」


 これが今のあたしの、一番理解できてない部分かもしれない。あたしにはどうしてもそれが不自然に感じられたんだ。

 あのヒロインがもしあたしだったら……。そう考えたとき、どうしても腑に落ちなかった。


「あたしだってあんな小説、最初は書いてほしくないって、泣きながら霞ヶ丘詩羽と喧嘩したわよ。」

「じゃあ〜どうして今は…………?」


 英梨々は目をぱちくりさせて、きょとんとした顔であたしを見ている。

 その顔はとても何か言いたそうだ。


 しばらくの沈黙の間があった。……でも。

 その次に発した言葉は、本当に英梨々が言いたかった話とは別物だったように思えた。

 英梨々は何かを悟ったように、こんなことを言うのだ。


「そっか。真由があたしを描けなくなった理由って、それね?」

「え、ちょっと? 英梨々???」


 すると間もなく新幹線は、品川駅ホームに滑り込んだかと思うと、それと同時に英梨々は立ち上がり、あたしの隣の席から離れようとする。


「うん、とりあえずあたしの用は一旦済んだ。」

「……え、どういうこと?」

「ここから先は真由の問題。あたしが全部話しちゃったら面白くないでしょ。……というわけで、波島出海。あなたはお兄ちゃんの隣りの席に座ってなさい! あたしは恵と話したいの。」

「えぇ〜〜〜!??」


 突然の英梨々の強引な態度に、出海ちゃんは子犬のような声を出して抵抗する。


 ……あれ? だって、出海ちゃんのお兄さんの隣の席には……?

 だけど後ろを振り返っても、その人は席にいなかった。

 なぜならもう―


 あたしの耳元に、よく聞き慣れた男性の優しい声が届いたのは、その時だった。


「真由さん、『純情ヘクトパスカル』の件で相談が…………。」


 これは、明らかに仕組まれたシナリオの始まりだと、すぐに気づいた。


 さっき、伊織さんとこの編集が話してた『あの子』って、あたしのことだったんだ……。

 まさか英梨々までグルだったなんて―


 新幹線は静かに、品川駅を出発した。

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