Lesson2: Game Start!

胸キュンゲームなミーティングの進めかた

「そんじゃー『cutie fakeキューティーフェイク』新プロジェクトの第一弾ゲームについて、ミーティングを始めるね!」


  4月のよく晴れた日曜日の午後。場所は都内某所にある恵ちゃんの部屋。そこはオタクグッズが並んでいるわけでもなく、いかにも今時の女の子らしいこの部屋だった。集まった女子4人は、新作ゲームについてのミーティングを始めようとしている。嵯峨野文雄のサークル『cutie fake』の今年の目玉、恋愛ゲーム制作についてだ。

 恵ちゃんからサークルについて相談を受けたとき、『新しいサークルを作ったら?』と提案したのだけど、『私はあっちのサークルのメインヒロインってことになってるから、新しいサークルを作るのは無理』という話になった。恵ちゃんが無理というならあたしのサークルでやるしかない。なので、この新作ゲームは『cutie fake』の新プロジェクトとして立ち上がることになった。

 そもそも新作ゲームを作ってたら、その他に同人誌というのはとてもじゃないけど難しそうだしね。


「ちょっと恵。これは一体どういうことよ!? なんであたしもそれに呼ばれてるわけ?」


 と、まだ納得できてない人が若干一名。

 長い金髪ツインテールをすらっと靡かせ、小さくまとまったその顔はまるで綺麗な西洋のお人形さんを彷彿させる。そんな美貌の持ち主、柏木先生だ。

 ……あれ? たしかになんで柏木さんがいるんでしたっけ?


「それはこっちのセリフ〜!! あたしミーティングなんてな〜にも聞いてなかったんですけど〜!!!」


 ……と、納得できていない人がもう一名。

 その女の子の名前は、水原叡知佳。『blessing software』の音楽を担うバンド『icy tail』のベース担当で、現在は都内の専門学校に通ってるとのことだった。彼女のことをみんな『エチカ』と呼んでいるので、あたしもそれに倣うことにした。

 恵ちゃんはエチカを『日曜日空いてる?』とだけ伝え電話で呼び出し、今日に至る。うん、あたしその電話している現場に居合わせていたし、その怒りの理由はよく知っているよ。


「あれ、エチカ。ゆってなかったっけ?」

「聞いてないから〜!!」


 だがしかし、エチカの素朴(?)な疑問を恵ちゃんはさらりとかわし、とっとと本題に入ろうとする。

 …………さらっとかわしすぎでしょ!!!


「ごめんね真由さん。プロの方にお願いしておきながら、人数はこれだけでやろうと思うんだ。」

「そこは気にしなくていいよ。……でも柏木さんってここではどういう役回りなんだっけ? 絵の監修してくれるとか?」


 あの有名な柏木先生と一緒に絵が描けるなんて、それはそれで楽しみだ。でも、絵はあたしに依頼していたはずなのに、その世界ではあたしの遥か上を行く知名度の柏木先生がこの場にいるというのは、やはり不思議な感じもする。


「ううん。英梨々はこのゲームのメインヒロインだよ。」


 恵ちゃんは笑顔で、相変わらずさらりと返す。

 ………………はい?


「ちょっっ、恵〜! あたしそれ初耳だよ!!!」


 これはきっと、いつもの『恵ちゃん節』が炸裂しているのだろう。

 それはあたしはまだよく知らない『blessing software』のいつもの光景。常に情熱的なあの編集がまくし立て、周囲を操るのに長けている霞さんが冷静に事を運び、そして無邪気な天才絵描きの柏木さんがいつもどおりに振り回される……恵ちゃん、そんな人たちと対等に渡り歩いていれば、こんな具合になるのかもしれない。

 『blessing software』の本当の恐ろしさが今更ながらわかった気がする。


「わたしね、このメンバーだったら、女の子の誰もが憧れるようなそんな恋の物語が書けるんじゃないかなって思ったんだ。英梨々、最近好きな人ができたからかすごく垢抜けてるし、エチカは元々彼氏いるし、わたしはほら……ね。真由さんは………………そう、女の子が羨むような可愛い絵を描けるし。」


 恵ちゃんは照れながらもにこって笑みをこぼし、そう言う。確かにこのメンバーなら、『blessing software』では描けないような、そんな面白そうな作品ができそうな気がしてきた。

 ……あたしは急に泣きたくなったという点は置いといて。


「でも恵〜。あたしをメインヒロインにしようって、恵は一体どんなシナリオを想定してるのよ。」


 柏木さんは相変わらずやっぱり納得いかない様子だ。


「それ、今から聞き出していい? 今好きな人とどんな感じなのか。」

「っ…………。」

「まぁ今回は前回と違ってぶっちぎりのメインヒロインだから、いろいろ話してくれるよね。英梨々?」

「……あたしまだメインヒロインやるって、1ミリも言ってないんだけど。」


 柏木さんはちょっと苦笑をうかべてるようだった。


「あたしも聞きたいな。どうやって『その男』は柏木さんを口説き落としたのか?って。」


 実はそれはあたしも気になっていた。その男の人がどうやって柏木さんを口説き落とし、どうやったら柏木さんをここまで夢中にさせられるのだろうって。

 だってその男の人って、あたしの兄なんでしょ? 妹のあたしが言うのもなんだけど、なんでよりによってあんなゲスイ兄が、こんな純粋な柏木さんみたいな人を……。


 たぶんこの場でその話は秘密なんでしょうけどね。


 すると柏木さんは観念したかのように、『彼』についての話を始めた。


「あたし、最近仕事ばかりで、自分が描きたいと思える絵が描けなかったの。どれもこれもあたしが描いているのはお仕事の絵。そしたら、何のために絵を描いているんだろう?って思い始めちゃって。本当に絵なんか描いてて、あたしは幸せになれるのかなって。」


 自分が描きたいと思える絵……か。


「でもある日ね、知らない男の人が夢の中に出てきて、『それでも絵を描くのが好きなんでしょ?』って、すっごく優しい声で語りかけてくれたんだ。それでね、目が覚めたらなぜかその男の人があたしの目の前にいて、朝食を作ってくれてたの。」


 柏木さんは急に無邪気な表情になって、なんだかどこかで聞いたことがある『夢物語』というより、あたし自身が見覚えがあるような『体験』を語り始めた。

 ……それ、本当は夢じゃないし、そもそも『知らない男』って部分が誤りな気がするんですけど。


「それでね、朝食を食べながらふと思ったの。この人と一緒になれば幸せになれるんじゃないかって。」


 ちなみに、恵ちゃんとエチカはぽかんとした顔で聞いている。

 なんだか卵からかえったばかりのひよこが初めて男の人を見て、それを自分の親……じゃなくて恋人だと認識するみたいな、そんな話のようにも聞こえる……のはきっとあたしの気のせいかと思ったけど、どうやらそれを感じているのはあたしだけではなかったようだ。


「それから彼とデートするようになったの。彼ね、一緒にデートへ行くと、いつもあたしのことを気遣ってくれて、すっごく優しいんだ。普段はそっけない言葉で返してくるんだけどね、ここって時に甘い言葉で誘ってくるの。あたし、これまで年上の男とかあまり近くにいなかったんだけど、男の人に甘えるのってきっとこんな感じなんだなーって。」

「あ、それはわかる~ 普段ちょっと頼りない素振りを見せておいて、ここって時に反則的な言葉を使ってくるんだよね~」


 と、ここはすかさずエチカ。エチカもいい人いるんだね。羨ましいなー。


 てか、それ以前にあの兄、柏木さんとデートしてたんだ。……いつの間に!??

 ちなみに、デートでは優しい兄の話は、『兄の知人』と名乗る女性からも聞いたことがあった。デートするときの兄は、あたしが想像もできないほど、女性のエスコートが得意らしい。

 ……ただし、その『兄の知人』と名乗る女性が、今にも殺人事件を起こしそうな顔をしながら『cutie fake』のブースに訪ねてきたという話については、柏木さんには黙っておかないとダメだよね。


 なお、恵ちゃんはそんな柏木さんの話には少しも同情する素振りを見せていなかった。その代わりに『倫也くんのバカ』って言葉が聞こえてきそうな顔をしている。あー、これは完全にフラットな顔だ。まぁあの男から甘い言葉とか、どう考えても出てこなそうだよね。出てきたところで単にきもいかもしれないけど。


「そっか。英梨々の好きな人って、そんなに優しい人なんだ。幸せそうだね?」

「うん、幸せだよ。」


 柏木さんははっきりと答えた。

 その顔は、もうこの幸せを誰にも邪魔されたくないと宣言しているかのようで、すっきりとしている。


 幸せ…………なのかな?


「ね〜、真由さんはそ〜ゆ〜好きな人とかっていないの?」


 ……と質問してきたのは、今日があたしと初対面のエチカだった。

 てかここであたしに振らないでよ!!!


「あたしはね〜……ヒ・ミ・ツ。」

「え〜、なによそれ〜?」


 まずはちょっと意地悪を返してみた。

 ……というより、あたしの本音はもっと別の場所にあったから。


「本当は自分でもよくわかんないんだ。確かに彼氏とかほしいと思うときもあるし、周りの人がある人に夢中になってたりするのをみてると、あたしも羨ましいなって思うんだけど、あたしにそんなことできるのかな?って。」


 だって、本当にそう思ってしまうんだから、どうしようもないじゃん。

 たとえば霞さん。どうしてあの編集にあそこまで夢中になれるのか、今のあたしには理解できなかった。それに付き合わされるあたしはたまったもんじゃないけど、でも内心は正直羨ましい。


「なんだかすっきりしないんだけど〜、じゃ〜気になってる人とかっていないの?」


 気になってる人…………。そう聞かれると、あたしは当然のようにあいつの顔を思い浮かべてしまう。

 でもそれってやっぱり―


「……いる……のかな?」


 と、なんとなく、答えてしまう。それがここで答えるべき回答なのかは全て無視して。


「え〜やっぱしいるんじゃん〜!!!」


 大きな声を出して反応したのはエチカだったけど、一番反応が大きかったのはエチカではなく別の人だったことにあたしは気づいてしまう。柏木さんもなんだかよくわからないけど、興味津々で聞いていた。


 だけどね。……あたしはもうちょっとだけ話に補足を加える。


「でもどっちかというとその人、『過去の人』なんだよね。今はもうこの世にはいない人。」


 だって、『TAKIのHP』は、あいつがあたしの担当編集になったと同時に、閉鎖されたから。

 だからあたしが本当に好きだった彼は、あたし自身がこの世から消し去ってしまったようにも感じている。インターネット上に確かに存在していた彼は、もうこの世にはいないはずなのだから。


 ……そう、過去だよね、きっと。


 そんな事情を当然知らないエチカは、今度は心配そうな表情であたしに質問を続けた。


「え、その彼、死んじゃったの?」

「まぁそんなようなもんなのかな……?」


 あたしは小さく舌をぺろっと出した。


「ねぇ、真由さん。真由さんの想いもゲームの中に取り込まれていくんだって、わたし楽しみにしてていいよね。」


 そんなあたしを見かねたのか、恵ちゃんはぐっと何かを秘めながら、そう言ってきた。


「もちろん。だって、メインヒロインはあの柏木先生だよ。絶対面白くなるに決まってるじゃん。」

「ちょっと!! あたしを題材にして、面白くなりそうって一体どういうことよ、真由さん〜! 恵ぃ〜!!」

「たしかにこのメンバーだったら、いい感じのゲームができそうだよね〜」


 窓の外はまだすっきりとした青空が覗いている。


「面白いゲームに仕上げてみせるよ、絶対に。」


 あたしのゲームデビュー作、ちゃんと作り上げていかないとね!

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