絵描き同士のだべりかた

 今年度の『cutie fake』、1回目のミーティングが終わった。


 決まったことと言えば、作品の方向性、簡単なスケジュールの確認……4時間くらい喋り続けてそんな感じだった気がする。まぁ一番重要な箇所だし、1回目のミーティングとしてはまとまった方かもしれないけどね。

 GW明けまでに恵ちゃんがプロットを作成し、あたしがメインヒロイン『河村かおり』と、サブヒロイン2人分のキャラデザを描く。


 で、あたしは『河村かおり』……ではなく、そのモデルである柏木さんと、喫茶店へ入った。もうすっかり辺りは暗くなってきたけど、キャラデザをするのに印象をちゃんと掴んでおきたかったから、あたしが柏木さんを誘ったのだ。

 恵ちゃんじゃなくてあっちの暗黒作家……じゃなかった、霞さんにも柏木さんをモデルにした小説の絵を頼まれていたしね。ちょうどいい機会だ。


 あたしはアイスコーヒーを飲みながら、柏木さんの顔を紙に彩っていく。


「ねぇ、真由。霞ヶ丘詩羽の例の小説の絵も描くって聞いたけど、それ、もう読んだの?」

「え、真由……?」

「あ、ごめん。いつも文雄がそう呼んでるから、移っちゃった。」


 英梨々はあどけない表情でそう答えた。それって妹のあたしとしてはなんだか複雑な気分だけど。


「うん、真由でいいよ。あたしのことみんな『さん』付けで呼ぶんだもん。いらないってゆってるのに!」

「うん、わかった。そんじゃ真由も『柏木さん』はやめてよ。これ以上仕事持ち込まれたくない。」

「だね。わかったよ、英梨々。」


 そんな話をしながらあたしはペンを走らせる。こんな風に笑う英梨々、とてもピュアで素敵で、描いてるあたしの方が得した気分になりそうだ。


「でもあたしが恵をこうやっていつも描いてる側だったのに、逆の立場になるとなんだか不思議だね。」

「そうなの……?」

「うん。真由はこれまで誰かのモデルになったことはないの?」

「ないよ。霞詩子の小説に出てくる『真唯』に似てるって言われたことあるけど、あたしがモデルだったわけじゃないしね。」

「あ、そうだったんだ。てっきり『真唯』って真由が松原先生のモデルになったんだとばかり思ってた。」

「違うって! ……ところで英梨々、何か話の途中じゃなかったっけ?」

「……え?」


 あれ? 確か、一番最初に何かを聞かれた気もするんだけど。話に夢中になっててすっかり忘れてしまった。


「あ、思い出した。霞ヶ丘詩羽の例の短編だ。」

「そうだった。あー、うん。あっちも描くことになってるよ。」

「ふーん、そうなんだ……。」


 というか、今あたしが描いてるこのイラストはどっちなのか自分でもよくわかってないのだけど、そもそもどちらの作品のメインヒロインも、性格まで英梨々がモデルなわけだから、両方のイラストってことでいいんだよね。これ、言ってて自分でもよくわからないんだけど。


 英梨々はどこかもぞもぞしていた。あたしにはなんとなくだけど、その理由はわかってしまう。


「で、霞ヶ丘詩羽の例の短編、もう読んだの?」

「え? ……いや、まだだけど??」

「ふーん…………。」


 英梨々はそう言うと、今度はあたしから目を逸らした。

 あの短編、霞さんは『ほろ苦い恋の物語』と言っていた。つまりは英梨々が経験した苦い恋愛のお話。だけど、その相手って確かあの編集さんだったはず。編集さんとの間にいったい何があったのだろう?

 まぁそれは霞さんの小説を読めばはっきりするよね。たしかもうそのお話自体は出来上がっていたはず。


 いずれあたしも目を通さなくちゃいけないその小説。

 はたしてあたしはちゃんと向き合うことができるんだろうか。


「そうだ、真由。あんた、霞ヶ丘詩羽に宣戦布告したって? そのされた方の張本人から聞いたんだけど……。」


 おっと。そっちからその話を切り出してくるとは。


「うーん、なんだか自分でもよくわからないんだー。どっちかというと霞さんに見事に挑発されたというか。」

「まぁあんな倫也なんかに、急に本気になれって方が無理ってもんよね。あんな自分勝手で、相手を振り回してばかりで、いつも熱くて、うざくて…………ふぇ~~~ん!!!」

「…………あのー、英梨々???」


 今のって、あたしが英梨々を泣かせたわけじゃないよね? 勝手に英梨々が自爆スイッチ押したんだよね!?


「ねぇー、英梨々? 本当はまだあの編集……安芸君のことが好きなんじゃないの?」


 あたしは前から気になってたことを、ずばり聞いてみた。

 英梨々の本当の気持ちってどこにあるんだろう?


 英梨々は何一つ答えようとせず泣き顔のままだった。

 それは、答えたくないから泣いてるようにも、あたしには見えた。


「あたしは……。あたしは、文雄が大好きだもん!!」


 そしてぐすんと泣きながら、次に出てきた言葉はこうだった。

 強く言い放ったその言葉は、まるでそれを自分に言い聞かすように。そんな感じに聞こえなくもなかった。


 英梨々とあの編集、その2人の間……いや、霞さんや恵ちゃんをひっくるめると4人なのかもしれない……その間に何があったのか、あたしにはよくわからない。でもその原因が、彼女たちが関わっていた『blessing software』で起きた何かであることだけは、はっきりとわかっていた。


 話は、今からおよそ一年前に遡る。


 『blessing software』……その2作目の告知については妙なことが続いていた。

 ことのきっかけは、昨年のGW直後に行われた『フィールズクロニクル』の新作発表だ。そのプロモーションを観た人々の多くは、紅坂朱音の名前に強くどよめいていた。でも、あたしや絵描き仲間の間では紅坂朱音の名前よりも、その中に登場してきたキービジュアルの方に注目していた。


 その絵はどう見ても柏木エリの絵であって、柏木エリの絵ではなかったのだ。


 絵描き仲間の間では、その完成度の高さにぞくぞくしたものを感じていた。これは本当に柏木エリなんだろうか? そんな疑いを持つ人も少なくなかった。

 それは、『cherry blessing』で魅せた柏木エリではなく、またさらに進化した柏木エリだった。


 『rouge en rouge』の波島伊織が『blessing software』へ電撃移籍したという情報が流れたというのも、ほぼ同じタイミングだった。『rouge en rouge』と言えば紅坂朱音が作った伝説のサークル。その当時の代表が『blessing software』へ移籍し、『blessing software』のイラストライターが紅坂朱音の元へ移籍した。

 そして後から知った話だけど、『blessing software』のシナリオライターであった霞さんまで、紅坂朱音のところへ移籍してたわけだけど。


 この天と地がひっくり返ったような同人界の大激震が起きたのが、ちょうど去年の今頃。その渦中にいたのが、今あたしの目の前にいる柏木エリだ。


 そんな状況だから当然何事もなく、すんなりと事が進んでいったとは誰も思わないだろう。英梨々と霞さんは『フィールズ・クロニクル』のクリエイターとして、紅坂朱音に大抜擢された。当然『blessing software』……というよりあの編集さんを中心にして、ありとあらゆるものが変化していく。


 その変化を、英梨々も、霞さんも、本当に受け入れることができたのだろうか。

 そして、そうなった理由って、いったい誰が悪いの?


 ふとあたしは、先日ベッドの上で泣いていた英梨々の顔を思い出した。

 いろいろ想像するだけで、胸が張り裂けそうだ。


 多分だけど、あたしは霞さんの短編の絵を描くことで、それを受け止めなきゃいけなくなる。

 本当にそんな絵、あたしに描けるのだろうか? 可愛いだけの絵が得意と言われているようなあたしにとって、これはチャンスではあるけど、それ以上にこのお仕事は…………。


 ☆ ☆ ☆


「それより真由。倫也が好きって、本当に本気なの? なんだかビミョーな感じにしか思えなかったけど。」


 いつの間にか泣きやんでいた英梨々は、そこまで仕切り直したようだ。

 ……いやもう仕切り直しとかいらないんだけど。


「さっきから言ってる通り、あたしには何がなんだかよくわかってないんだって。」

「なによそれ。まるで他人事じゃない?」


 しかも今度はさっきと反応が真逆だし。まぁこれ以上泣かれてもフォローできるか謎だけど。


「英梨々、……ちょっと怒ってる?」

「怒ってるに決まってるでしょ! 霞ヶ丘詩羽に聞いたんだけど、真由が吐き捨てたセリフって、あたしに対する挑戦状でもあるんだから。そんな中途半端な気持ちじゃあたしだって納得いかないわよ!!」


 ……え、それってそうなっちゃうの???


『霞さん。恵ちゃんからあの編集を奪えばいいんだね?』

『こんなオタク女子に彼氏ができて、それでいて多くの人に認めてもらえる神イラストレーターにでもなれたりしたら、こんな素晴らしいことないじゃん。』


 あたしが言ったセリフって、……たしかこんなセリフだったよね?


「……あの〜、思い返すだけでも、『あたし何言っちゃってるんだろう〜?』て思えてしまうのですけど。」

「真由。あんたはちゃんと幸せになって、あたしを見返してきてよ! イラストレータとしても、メインヒロインとしてもね!!」

「いやだから、メインヒロインは英梨々でしょ……。」


 もはやあたしには返す言葉がなくなってきていた。

 それって単にあたしが自信ないだけなのかもしれない。でも、もしそれが理由だったら、英梨々の言うとおり、ちゃんと向き合わないとダメなのかもしれなかった。


 すると英梨々は、さらに強い表情であたしに迫ってきた。


「じゃー、せめて例の短編の方はあたしをしっかり描いてよ! それが真由の回答用紙だって、あたしもちゃんと受け止めるから。」


 うっ……それはまた強烈なプレッシャーだ。

 英梨々も霞さんも受け止めて、あの編集さんともちゃんと向き合って……。

 それができたとき、あたしの回答用紙になる。

 だけどまだ……。


 でもあたしは、英梨々にはもうこれ以上嘘をつきたくない。


「わかったよ、英梨々。あたしはみんなをちゃんと受け止めて、可愛いだけじゃない、綺麗でピュアな英梨々を描ききってみせるよ。」

「……お願いね。」


 きゅんとなる笑顔で英梨々は答えた。そのピュアな瞳は本当に素敵だ。

 絶対にこの笑顔をあたしは描ききってみせるよ。


「でも英梨々? 英梨々も、ちゃんとうちの兄と幸せになってね。」

「…………うっ。」


 ……今何か小さな『音』が聴こえた気がしたけど、気のせいかな?






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