とぼけた編集さんの操りかた

「加藤さん。この人、知り合い?」


 あたしはいかにもわざとらしく、加藤さんにこう聞いてみた。


「うん、高校から一緒だった安芸くん。ちょっと軟調鈍感で最低なところがあるけど、許してあげてね。」

「ちょっと、恵? 初対面の方を相手になんて紹介してくれてるの? そんでもってなんでまだ『安芸くん』?」

「今のもさすがにちょっと許せないから、『安芸くん』でいいよね?」


 加藤さんは完全にフラットになって、編集さんの対応をしている。それにしても霞さんからちょくちょく聞いてたこの2人の関係性、何となく見えてきたよ。

 ……というか誰が初対面だって!?


 ま、いいや。ちょっとの間だけ、この状況を楽しんじゃおっと。

 あたしは加藤さんにウィンクを見せて、合図をした。


「はじめまして。あたし、相楽真由と言います。『blessing software』の大ファンで、加藤さんにサインもらってました。」

「うおっ、こんなところに『blessing software』のファンの方が!! はじめまして。『blessing software』代表の、安芸倫也です。」

「わー。あたし、霞先生のシナリオ、柏木さんや出海ちゃんの絵とかもう最高で、大好きなんですっ! 今年も新作出るんですよね?」

「ありがとうございます! 今年も新作出しますよ!! ……あれ、二作目のシナリオについては……どう…………???」


 というより、もうひとり登場人物を忘れている気もしなくもないけど……。うん、音楽ももちろん好きですよ。


「あ、二作目のシナリオって、へんしゅ……安芸さんが書いたんですか?」

「はい、そうです。一作目も少しだけ書かせていただきましたが。」

「そうだったんですかー。二作目といえば、あたしは『詩葉うたは』のルートが大好きでした。」


 詩葉……つまりそれは、霞ヶ丘詩羽をもじっただけの名前。霞さんがモデルであることは、そのパートナーであるあたしにはバレバレだった。でもそういう先入観を除いても純粋に『詩葉』と呼ばれる女性はとてもいじらしく、可愛らしい存在で、あたしの中では巡璃ルートよりも好きなルートだった。


「今年の新作、『坂道三部作』も完結編。なので絶対楽しみにしててください!!」


 それにしても編集さん、今年もやる気満々だな〜。

 ……ツッコみたい箇所は山のようにあるけど。


「でも、安芸くん。今年は霞ヶ丘先輩の編集の仕事もあるし、本当に大丈夫なの?」

「去年だってゲーム制作と受験勉強を、なんとか両立させてたじゃん!! それにしてもなんでまだ『安芸くん』なの?」

「だって安芸くん、今のこの状況を考慮してみても、本当に編集の仕事が中途半端にならないって誓えるの?」

「『今のこの状況』ってだからなに!?」


 だから、『今のこの状況』というのは、ようするにあたしのことだよ!!!


「え、安芸さん、編集ってなんのことですか?」


 あたしはしらばっくれて聞いてみる。もうヤケクソだ。


「あー、ちょっと商業の話なので詳しくは話せないんだけど、前からお世話になってる先輩が作家をやってて、その人の手伝いをすることになったんです。」

「へぇ〜。ひょっとして、その作家という先輩って、『blessing software』の二作目に出てきた『詩葉』のモデルとかだったりして?」

「う、うん、まぁー、そんなとこです。」

「でもゲームに出てきた『詩葉』って、主人公である編集さんにべったりだったじゃないですか? 実際もあんな感じなんですか。」

「いや、あれはゲームの中の話で、完全にフィクションですから!!!」

「でも霞ヶ丘先輩、安芸くんに一途なのはそれはもう紛れもない事実だよね。」

「ちょっ、恵っっ!!!!」


 いい感じに横から突き刺してくれる加藤さんが、あたしには清々しかった。


「だって安芸くん、霞ヶ丘先輩や英梨々に対しては、ほんと痛々しい『信者』なんだもん。」

「それはそうさ。霞詩子も柏木エリも『フィールズ・クロニクル』が発売された今となっては、日本を代表すると言っても過言じゃない、そんな最高のクリエイターじゃないか。恵だってそう思うだろ?」

「うん、それはたしかにそうなんだけどね。でも、安芸くんはやっぱしあの2人に固執しすぎてないかなー。2人のことになると周りが見えなくなる程度に。」


 加藤さんのその言葉に、あたしはどきっとした。

 こいつの彼女さんでもある加藤さんでもそう思うことはあるんだ……?


「そ、そんなことはないさ。そもそも詩羽先輩も、英梨々も、美知留も、出海ちゃんも、みんな一緒にやってきた同士じゃないか。俺がサークルのディレクターをやってる以上、クリエイターの皆を信用して……」

「じゃー安芸くん、ついでだから確認するけどさ。今担当してる『純情ヘクトパスカル』の挿絵の嵯峨野先生も、安芸くんが信用して霞ヶ丘先輩に推薦したんだよね。そしたら安芸くんにとって、出海ちゃんや嵯峨野先生の絵も、英梨々と同じように『特別な絵』だって思えたりするの?」

「ちょっ…………加藤さん!??」


 突然あたしの名前を出されたことは、不意打ちのように感じた。でも、疑問を抱いていることはあたしも加藤さんと同じだった。それは、霞さんから倫理りんりくんの愚痴話を、何度も、嫌と言うほど聞かされていたから。ひょっとしたら加藤さんはあたしと同様の疑問を抱いていたのかもしれない。あるいは…………。


 ねぇ、TAKIくん。あんたにとってあたしは一体どういう存在?


「出海ちゃんの絵も、嵯峨野先生の絵も、俺はすごいと感じてるよ。柏木エリには敵わないかもしれないけど、でも出海ちゃんどんどんうまくなってるし、嵯峨野先生もいつも上手な絵を描いてる。」


 ふーーーーん。……それがあんたの今の評価か。


「うん、わかった。じゃー安芸くんは早く、出海ちゃんや嵯峨野先生を英梨々と同じ場所へ立たせてあげることが、これからの目標だね。」

「……お、おぅ。」


 加藤さんは確かに何かを理解したような、すっきりとした表情になった。それがあたしと同じそれなのかはわからないけど、そのフラットな表情で何かを隠そうとしている。そんなふうにあたしには思えた。


 びりりりりり。


 ここであたしと編集さんのスマホが同時に鳴った。あたしは自分のスマホを取り出し、メールの差出人を確認すると、それはまさにこのタイミングという相手からのメールだった。


「あ、霞さんからだ。え〜っとなになに? 『純情ヘクトパスカルの新しい原稿を添付したから、明日までに確認してほしい』ってさ。そんじゃよろしくね。霞先生とあたしの担当編集さん?」

「…………え。」


 あたしは舌をぺろっと出し、あたしが編集さんと同じ大学だってことを、そろそろ気づかせることにした。


☆ ☆ ☆


 辺りはすっかり暗くなってしまった。随分と長い間、3人で話をしていたようだ。

 校門を出ると、『嵯峨野さんとだけでもう少し話をしたい』と加藤さんに呼び止められ、あたしと加藤さんは2人で帰ることにした。

 編集さん、今日は彼女にも見捨てられて、ひとりで気まずそうに先に帰っていった。


 大学の前の交差点で赤信号に捕まってしまった。


「よかった。嵯峨野さんがどんな人かって前から気になってたけど、いい人だったから。」

「大学では『真由』でいいよ。嵯峨野さんっていうと、仕事か兄のイメージが出てきちゃうから。」

「えーやだよー。嵯峨野さんってわたしより年上でしょ? なんか気まずいよー。」

「じゃ〜せめて『真由さん』にしてよ。その代わり加藤さんは『恵ちゃん』でいい?」

「うん、いいよー。真由さん。」


 恵ちゃんは笑って答える。


「でも…………本当はちょっとだけ真由さん怖い。」


 でもちょっと不安そうな表情を見せて、その後聞こえないくらいの、いや本当は聞かせたくなかったであろう小さな声を、あたしは微かに聞き取ってしまった。


「……ん、なんか言った?」

「え、なんでもないよ。」


 俯き加減だった恵ちゃんは、もう一度前を向く。


「ねぇ、真由さん。わたしと一緒に、ゲーム作らない?」

「え、ゲーム?」

「うん。わたしがシナリオを書くから、真由さんに絵を描いてほしいの。でも、プロの方に頼むのって、失礼かな?」

「ううん。あたしは最近でも同人誌出してるし、プロと言っても『純情ヘクトパスカル』1本だけだし。それにこの前柏木さんの話聞いてたら、ゲームの絵、あたしも描いてみたいな〜とは思ってたところだけど……。」

「じゃー、いい?」

「いいけど…………なんであたしとって思ったの? それに恵ちゃんは『blessing software』もあるだろうし。」

「ふふっ、なんとなく。」


 ようやく青信号。あたしたちは前に向かって歩き出した。


「わたし『blessing software』は、スクリプトと演出担当だから、夏くらいまではそれほど忙しくないんだ。だから夏までにわたしがシナリオを書き上げてしまえばなんとかなるって。『blessing software』ほどのボリュームさえ求めなければね。」

「でも、こっちのゲームはまだシナリオとイラスト担当しかいないよ。スクリプトと音楽はどうするの?」

「あー、それなら……。」


 すると恵ちゃんはスマホを取り出し、ささっとある場所へ電話をかけた。


「あー、もしもしエチカ? 今週の日曜って空いてる? …………うん、そう。……うん、わかった。じゃー、今度の日曜日にわたしのうちでね。じゃーねー。」


 ぴっ。


「うん、スクリプトと音楽、大丈夫そうだって。」

「……え、今そんな話の内容にはとっても全然聞こえなかったんだけど!!!」


 恵ちゃん、どこかの誰かが『ブラック副代表』とか言ってたとか、そんな話を聞いたことがある気がしたけど、まさにこんなそういう話だったのかもしれない。


「とりあえず、今週の日曜日にミーティングしよ。それとも仕事?」

「ううん、今週末は大丈夫。」

「じゃー決まりね。よろしく。」


 その加藤さんのあまりにも清々しい表情は、やはり何かを隠しているようにも感じた。

 ただ、それよりもあたしはゲームのシナリオという新境地に胸を躍らせていた。あれだけ楽しそうに語っていた柏木さんの顔が頭の中にずっと刻み込まれていたから。


 その瞬間、あいつのあのときの顔も頭に思い浮かんだ。


 ……お仕事も頑張らなくちゃ!

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